白髭海賊団クルー+エース/言葉にできない気持ちを
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「カタル、今日も朝はやいな」
「おはようございます、マルコさんこそ」
今日も天気が良い。窓辺に置いた花瓶に活けてあるピンクの胡蝶蘭がレースカーテン越しに朝日に照らされて輝いている。
「ほーん、今回は胡蝶蘭か。エースも粋な真似するよい」
「ふふ。私に似てるって買ってきてくれたんです」
「まあ、確かにお前らしいよい」
――長期任務など、決まって船を離れるとき。エースくんはいつも、俺の代わりにと何か花を置いて行ってくれる。
その花が枯れるまでには帰ってくると言って花瓶を置いていく彼が、それぞれの花の寿命をどこまで知っているのかは私も知らない。けれど、今のところ彼はその約束を破っていない。
「今回は長くなるかもしんねぇからな。お前も心配だろい」
「…ええ。でも、彼がこうして置いて行った花が元気ですから」
凛とした茎に瑞々しい花びらをさげて、胡蝶蘭は今日も静かに窓辺にたたずんでいる。
俺の代わりにとこれを置いていった彼の言葉とおり、この花が元気なうちはなぜか心配する気分にもならないのだから不思議だ。
『行ってくるからよ。俺の代わりにこの花がいるから、泣くんじゃねぇぞ』
花が好きな私を思って、私が寂しい思いをしないようにとエースくんが置いて行ってくれた胡蝶蘭。
数日前の元気な彼の声を思い出して心がぽかぽかするのを感じながら、じょうろで胡蝶蘭に水をあげた。
――――――
エースくんが任務に行ってから一か月がたった。
今日も朝早く起きて胡蝶蘭に水をあげる。この花は毎日あげなくてもいいから、時々あげるこの水やりの時間が結構大切なんだ。
「カタル、相変わらずはやいな」
「おはようございます、イゾウさんこそ」
今日も天気がいい。風がそよそよと吹いていて、窓辺に置いてあるこの胡蝶蘭にも少し風を当ててあげたいくらいだ。
でも直射日光は葉っぱが日焼けしてしまう。こんなに綺麗なお花、葉っぱがやけてしまうのはもったいない。
「…もう一か月になるか。エースが出てから」
「そうですね。長くなるとは少しきいていたので」
胡蝶蘭は花の中でも割と長く咲き続ける方だ。エースくんがどこまでこの花のことを知っていて選んだのか知らないけど、もしかして長くなるのを見越して、日持ちする花を選んだのかな、なんて思ってしまう。
「でんでんむしは。少し話はしたのか」
「いいえ。彼のお仕事の邪魔はしたくないので」
「……そういうもんか」
水やりを終えた胡蝶蘭の花びらに、一滴、水が垂れる。
元気な花弁は水滴の重さにもびくともせず、水を丸の形のままその花弁の上に置かせている。
花には水をあげればいいのだろうと、エースくんが適当に水をあげていて叱ってしまったことを思い出す。花も様々で、毎日水をあげるとむしろ水分が多いものもあるのだと。
エースくんは、私がそんなにムキになるなんて珍しいと、叱られたのに呑気にぽかんと驚いた表情をしていた。彼の気の抜けた表情を思い出すと、それだけでふっと笑ってしまう。
もう、彼が昨日いたかのような鮮明な声までは思い出せないけど。彼の表情はまだはっきりと思い浮かぶ。
「カタル、お前は強いな。だが、あまり頑張りすぎるなよ」
「?そうでしょうか。ありがとうございます」
胡蝶蘭の花弁にそっと触れ、重そうな水滴をぴっと弾いてあげた。
―――――――
最近、花びらがよく垂れるとは思っていた。凛とした花の輪郭は保てていないと思っていた。
今朝。胡蝶蘭の花は、まだ全体の大半が綺麗な箇所が多いものの、花弁の端はしおれ始めていた。
「………」
「カタル、朝メシ……。お前体調悪いのか?」
「あ、サッチさん。おはようございます」
今日もいつも通りに早起きして胡蝶蘭を眺めていた。サッチさんが朝食に呼んできたということは、どうやらもうそんな時間らしい。
この花が綺麗に咲いていられるのがもうあと少しだと思うと、切なくて目を離しているのがもったいなくてどうしても見つめてしまう。
サッチさんが無言で近寄ってきたと思ったら、おでこに手のひらを当てられた。
とたんに焦ったような表情で、「お前熱あんじゃねぇか!」なんて言っている。
「熱…?あぁ、体が重いのはそういうことだったんですね」
「あぁってお前なぁ…」
「いえ、てっきり。花が元気ないからかな、なんて」
エースくんが置いていったこの胡蝶蘭と過ごし始めてもう2か月になる。
毎日同じ花を見ていれば、この花のその日の調子もわかるようになるものだ。
毎日毎日、懸命に美しく咲くこの花が、もう少しでその役目を終えようとしている。
ずっとこの花に寄り添っているうちに、一心同体になってしまったかのように私の体力も暗示がかかって弱ってしまったということなんだろうか。
「最近元気なかったからな。自分も気づかねぇうちに疲れてたんだよ、お前」
「…そうなんですね、きっと。少し、気を張りすぎていたのかもしれません」
「ゆっくり休め。そういや、明日にでも街に寄れそうなんだけどよ。なんか買ってきてやるよ」
サッチさんが元気をつけようと気にかけてくれているのが伝わってくる。
買い物。―ひとつだけ、お願いしたいことがあった。
「花を…。私の言う、花を買ってきてくれませんか」
「おう、お安い御用だ。だからもう今日は寝てろ」
「すみません…」
サッチさんにベッドに案内され、おとなしく横になる。ちらりと窓辺にある胡蝶蘭を見る。
―あの花も、疲れたら休みたい。その気持ちは同じなんだろうか。
そう考えている間に、とろとろと微睡に吸いこまれ、私はすぐに意識を手放していた…。
―――――
「おう、カタル。顔色は復活したようだな」
「マルコさん。お見舞いどうもありがとうございました」
「いいってことよい」
数日横になっているだけで体力は回復し、熱も出なくなった。
私が休んでいる間胡蝶蘭ももう休みたくなったようで、窓辺に置いてあった花瓶には今、花弁は一つもない。綺麗な葉と花茎だけ残して、花はすべて落ちてしまった。
「花…落ちちまったんだな。エースのやつ、とうとう約束破りやがったか」
「ふふ。いいえ、それはどうでしょうか」
え?と首をひねるマルコさん。
私は胡蝶蘭にそっと近づき、まだ新鮮で生き生きとした葉と茎をそっと一撫でする。
「エースくん、どこまで知っててこのお花をくれたんでしょう。…それによってはちょっと、ずるいかもしれませんね」
葉と茎からは、胡蝶蘭の命をありありと感じる。
その命を感じながら、私は丁寧に花茎を手に取り、根元からぱちんと茎を切った。
「え、切っちまっていいのかよい、それ」
「いいんです。これで」
葉と花瓶だけを残す形になった胡蝶蘭を再び窓辺に戻す。
そしてその横に、サッチさんが買ってきてくれたお花をそっと活けた。
その花を見たマルコさんが、あ、と声をあげる。
「その花、お前の髪飾りと同じやつかよい」
私のアイリスの花の髪飾り。エースくんが、お前によく似合うと照れながらも褒めてくれたもの。
私はくすっと笑ってマルコさんを振り返る。
「似てますよね。でも違うんです。このお花は花菖蒲―ハナショウブといいまして」
中央で紫の小さな花弁が花の形で咲き、そこからまた大きな花弁が垂れている。大きな方の花弁は中央が細く黄色く、花弁の先に向かって紫色、ときには紫と白に色が分かれていて、厚みはなくとても薄い。
胡蝶蘭は凛と花弁の輪郭を保っていられるほど、厚みと強さを感じられた花だけど、これはまた違う。薄すぎて風によっては簡単に輪郭が変わり、儚さが感じられる。
「自分が弱ってしまったときに思ったんです。こんなんじゃだめだなって。だから、これは私の気持ちとして」
「へぇ…」
エースくん。あれほど声明に思い出せていたあなたの声が、あれほど鮮明に思い出せていたあなたの表情が、日に日にぼやけていきそうです。
早く帰ってきてほしい。エースくん、待っています。
願いを込めて、エースくんがくれた胡蝶蘭の隣に花菖蒲をそっと並べた。
――――
その日の朝も、私はいつもと同じ時間に目を覚まして真っ先に窓辺に向かう。
胡蝶蘭の横に花菖蒲が並ぶようになってから何日たったのか。だけど今日はいつもと風景が違う。
窓辺に置かれた、見覚えのある帽子。
「あ…!」
バッと部屋を見渡すと、いつの間に帰ってきていたのか、エースくんの姿。
場所を選ばずどこでも寝れる彼は、何もこんなところで寝なくともいいのに、私の部屋の床で横になりくかーといびきをかいている。
「エースくん…!あっ」
嬉しくて飛びつきそうになってしまったところを、エースくんが眠っているのだと思いなおしぐっと抑え込む。
長期の任務帰りで疲れているんだろう。起こしてはかわいそうだと、気持ちをぐっと抑え、だけど彼に触れたくてとてとてと彼に近づき、その場にしゃがみこんだ。
ぐーぐーと眠っている彼。能力者だからとはきいていたけど、今日も無傷で本当によかったと心から安心する。長期の任務だから正直心配していた。
―と、気配で起こしてしまったのか、エースくんが「んぁ」と間の抜けた声をあげながらぱちりと目を開ける。とたんガバリと起き上がり、「お前起きたのか!」なんて言ってくるものだから、こちらの台詞だとくすっと笑みが漏れる。「
「おはようございます、エースくん。エースくんこそ、いつ帰ってたんですか」
「昨日の夜中だな。お前の顔みてぇと思って夜中だし起こすのもと思って顔だけ見たら帰ろうと思ったんだけど…なんだか顔見たらすげぇ眠くなっちゃってな」
「ふふ、なんですかそれ」
眠気に従って私の部屋の床でそのまま寝転がってしまうところがエースくんらしい。
くすくすと笑っていたら、がしがしとバツが悪そうに髪をかいているエースくんの視線が窓にあることに気が付いた。
「あーその…花、だめになっちまったか」
「あ…」
エースくんが言っているのは胡蝶蘭のことだろう。彼が置いて行ったときに綺麗に身に着けていたピンクの花弁は今は跡形もなく、ただ葉が残るのみとなっている。
だけど私はふるふると頭を横に振って、窓辺により胡蝶蘭に触れた。
「違うんですよ、エースくん。胡蝶蘭は今休んでいるだけなんです」
「…休んでるだけ?」
「えぇ。一度めのお花はもう咲き終わってしまったんですが、こうして残しておくとまた元気な花を咲かせてくれるんです。…ですから、枯れてないんですよ、胡蝶蘭は」
―なので、エースくんは約束を守ってくれたんです。こうして帰ってきてくれた。
そう言って嬉しくてにこっと笑うと、エースくんが顔を真っ赤にしながら私を抱きしめてくれた。あったかいエースくんの身体。ずっと包まれたかったぬくもり。
エースくんの大きな背中に腕を回してぎゅうと抱きつく。
「…お隣に、青いお花があるでしょう。あれは花菖蒲と言って、私がエースくんを待っている間、自分を叱るためにおきました」
「…叱る?」
「胡蝶蘭のお花がしおれてしまったとき。寂しくて、私、お花と一緒に自分も弱ってしまったのか熱を出してしまったんです。でも、胡蝶蘭自体はまだ元気に命があるのに私がそんなんじゃだめだなって。それで、自分の心を表してくれるお花をお隣において、エースくんを待っていようと思ったんです」
エースくんは私の長い髪をゆっくり撫でてくれる。このなんでもない時間がとても大好きで、いつまでもエースくんに髪を撫でてもらいたいと思ってしまう。
「…カタル、辛い思いさせたな。待たせて悪ぃ」
「そんな…。エースくんが一番頑張ってるんですから」
「もう、お前にそんな思いさせねぇ」
エースくんに肩を掴まれ、抱きしめていた距離からお互いの顔が見える距離まで少し離れる。
間近に見る、エースくんの力強い目。決心した目。
「…お前さえよかったら、次からは任務にお前も一緒に連れていきたいと思ってる。…危険な任務はちょっと、…考えるけど」
「え!…ほ、本当ですか?」
「…だからその、つまり…毎回一緒に来るってことは」
エースくんは何か言おうとして言いよどんでを何度か繰り返した後、一度気を取り直すように明後日を見てふーと息を吐いている。
一体何に緊張しているのかわからない私は、ただ目の前でかっこいいエースくんが真っ赤な顔になるのが面白くてじっと見ていた。
「いや、結局俺がそうしたいだけで…任務に同行するのはお前の自由だし…あー何が言いたいかっていうと…」
「……」
「………俺が耐えられねぇから、一緒に来てほしい。親父に頼みこむから。……家族…だって言ったら、親父もその…許可出すんじゃねぇかなって…」
ぱちぱち。エースくんが何が言いたいのかよくわからなくて瞬きを繰り返して彼をみる。
彼は舌打ちを一つして、「あ~!!」と叫んでから、決意を固めた様に私に向き直って、
「…っ、だから、俺と結婚してほしい…っ」
「!?」
真っ赤な顔で、私の手を握りながら真剣な顔でそう言ってきた。
いつも冗談ばかり言うエースくんだけど、こんなに恥ずかしそうで真っ赤な顔で、こんなに真剣な表情の彼はきっと、真剣に。
「その、…俺ガキの頃とかは特に、自分が生まれてきてよかったのかとかよく考えてたけど。…お前は、俺をすげぇ大事にしてくれて、俺を信じてくれるだろ」
「…は、はい」
「だから、お前に…俺の家族になってほしいんだ。お前が俺だけの家族だって周りに自慢してぇ。…そん代わり、絶対守るからよ。…だめか?」
エースくんの言葉がじんじんと言葉に染みてくる。いつも意地っ張りで冗談ばっかり言うエースくんが、時々見せる本音の強さときたら。
「~~~…」
「え!?なんで泣くんだよ!?」
「う…」
エースくんがそんなに私のことを思ってくれていたなんて知らなくて、知らずのうちにぽろぽろと涙がこぼれてくる。
任務中も、離れてて寂しいなんて思ってくれてたなんて。ずっと私と一緒にいたいと思ってくれていたなんて。
「こっ…こんな私でよければ…っ、よろしくお願いします…!」
「……お、おう」
ぼろぼろなく私をエースくんが困ったようによしよしと頭を撫でてくれる。
―と、ミシ…と、私の部屋のドアが音を立てた気がして。
「…え?」
次の瞬間には、バキィィッと派手な音とともに扉が盛大に壊れ、扉に乗るような形でマルコさん、サッチさん、イゾウさん、その他クルーのみんながズシャァッと床にたたきつけられていた。
―そう、いかにも聞き耳をたてていました、というような形で。
「てッ…」
今までに見たことのないくらい顔を真っ赤っかにしたエースくんが、「てめぇら~~~ッ!!」と罵声が響くのは、この直後のお話で。
しばらく私は皆に祝福されたり、エースくんはプロポーズの駄目だしをされたり弄られるわで、わいわいと騒がしい日々が続くのだった…。
END.
――――
ルクリア様、リクエストありがとうございました~!
お花にまつわるお話でエースの甘夢ということでしたが、いかがでしょうか…!
少し主人公喋らせすぎてしまったかなと反省…!そしてエース出番少なくてすみません!
胡蝶蘭(ピンク)の花言葉…あなたを愛しています
花菖蒲の花言葉…あなたを信じています
「おはようございます、マルコさんこそ」
今日も天気が良い。窓辺に置いた花瓶に活けてあるピンクの胡蝶蘭がレースカーテン越しに朝日に照らされて輝いている。
「ほーん、今回は胡蝶蘭か。エースも粋な真似するよい」
「ふふ。私に似てるって買ってきてくれたんです」
「まあ、確かにお前らしいよい」
――長期任務など、決まって船を離れるとき。エースくんはいつも、俺の代わりにと何か花を置いて行ってくれる。
その花が枯れるまでには帰ってくると言って花瓶を置いていく彼が、それぞれの花の寿命をどこまで知っているのかは私も知らない。けれど、今のところ彼はその約束を破っていない。
「今回は長くなるかもしんねぇからな。お前も心配だろい」
「…ええ。でも、彼がこうして置いて行った花が元気ですから」
凛とした茎に瑞々しい花びらをさげて、胡蝶蘭は今日も静かに窓辺にたたずんでいる。
俺の代わりにとこれを置いていった彼の言葉とおり、この花が元気なうちはなぜか心配する気分にもならないのだから不思議だ。
『行ってくるからよ。俺の代わりにこの花がいるから、泣くんじゃねぇぞ』
花が好きな私を思って、私が寂しい思いをしないようにとエースくんが置いて行ってくれた胡蝶蘭。
数日前の元気な彼の声を思い出して心がぽかぽかするのを感じながら、じょうろで胡蝶蘭に水をあげた。
――――――
エースくんが任務に行ってから一か月がたった。
今日も朝早く起きて胡蝶蘭に水をあげる。この花は毎日あげなくてもいいから、時々あげるこの水やりの時間が結構大切なんだ。
「カタル、相変わらずはやいな」
「おはようございます、イゾウさんこそ」
今日も天気がいい。風がそよそよと吹いていて、窓辺に置いてあるこの胡蝶蘭にも少し風を当ててあげたいくらいだ。
でも直射日光は葉っぱが日焼けしてしまう。こんなに綺麗なお花、葉っぱがやけてしまうのはもったいない。
「…もう一か月になるか。エースが出てから」
「そうですね。長くなるとは少しきいていたので」
胡蝶蘭は花の中でも割と長く咲き続ける方だ。エースくんがどこまでこの花のことを知っていて選んだのか知らないけど、もしかして長くなるのを見越して、日持ちする花を選んだのかな、なんて思ってしまう。
「でんでんむしは。少し話はしたのか」
「いいえ。彼のお仕事の邪魔はしたくないので」
「……そういうもんか」
水やりを終えた胡蝶蘭の花びらに、一滴、水が垂れる。
元気な花弁は水滴の重さにもびくともせず、水を丸の形のままその花弁の上に置かせている。
花には水をあげればいいのだろうと、エースくんが適当に水をあげていて叱ってしまったことを思い出す。花も様々で、毎日水をあげるとむしろ水分が多いものもあるのだと。
エースくんは、私がそんなにムキになるなんて珍しいと、叱られたのに呑気にぽかんと驚いた表情をしていた。彼の気の抜けた表情を思い出すと、それだけでふっと笑ってしまう。
もう、彼が昨日いたかのような鮮明な声までは思い出せないけど。彼の表情はまだはっきりと思い浮かぶ。
「カタル、お前は強いな。だが、あまり頑張りすぎるなよ」
「?そうでしょうか。ありがとうございます」
胡蝶蘭の花弁にそっと触れ、重そうな水滴をぴっと弾いてあげた。
―――――――
最近、花びらがよく垂れるとは思っていた。凛とした花の輪郭は保てていないと思っていた。
今朝。胡蝶蘭の花は、まだ全体の大半が綺麗な箇所が多いものの、花弁の端はしおれ始めていた。
「………」
「カタル、朝メシ……。お前体調悪いのか?」
「あ、サッチさん。おはようございます」
今日もいつも通りに早起きして胡蝶蘭を眺めていた。サッチさんが朝食に呼んできたということは、どうやらもうそんな時間らしい。
この花が綺麗に咲いていられるのがもうあと少しだと思うと、切なくて目を離しているのがもったいなくてどうしても見つめてしまう。
サッチさんが無言で近寄ってきたと思ったら、おでこに手のひらを当てられた。
とたんに焦ったような表情で、「お前熱あんじゃねぇか!」なんて言っている。
「熱…?あぁ、体が重いのはそういうことだったんですね」
「あぁってお前なぁ…」
「いえ、てっきり。花が元気ないからかな、なんて」
エースくんが置いていったこの胡蝶蘭と過ごし始めてもう2か月になる。
毎日同じ花を見ていれば、この花のその日の調子もわかるようになるものだ。
毎日毎日、懸命に美しく咲くこの花が、もう少しでその役目を終えようとしている。
ずっとこの花に寄り添っているうちに、一心同体になってしまったかのように私の体力も暗示がかかって弱ってしまったということなんだろうか。
「最近元気なかったからな。自分も気づかねぇうちに疲れてたんだよ、お前」
「…そうなんですね、きっと。少し、気を張りすぎていたのかもしれません」
「ゆっくり休め。そういや、明日にでも街に寄れそうなんだけどよ。なんか買ってきてやるよ」
サッチさんが元気をつけようと気にかけてくれているのが伝わってくる。
買い物。―ひとつだけ、お願いしたいことがあった。
「花を…。私の言う、花を買ってきてくれませんか」
「おう、お安い御用だ。だからもう今日は寝てろ」
「すみません…」
サッチさんにベッドに案内され、おとなしく横になる。ちらりと窓辺にある胡蝶蘭を見る。
―あの花も、疲れたら休みたい。その気持ちは同じなんだろうか。
そう考えている間に、とろとろと微睡に吸いこまれ、私はすぐに意識を手放していた…。
―――――
「おう、カタル。顔色は復活したようだな」
「マルコさん。お見舞いどうもありがとうございました」
「いいってことよい」
数日横になっているだけで体力は回復し、熱も出なくなった。
私が休んでいる間胡蝶蘭ももう休みたくなったようで、窓辺に置いてあった花瓶には今、花弁は一つもない。綺麗な葉と花茎だけ残して、花はすべて落ちてしまった。
「花…落ちちまったんだな。エースのやつ、とうとう約束破りやがったか」
「ふふ。いいえ、それはどうでしょうか」
え?と首をひねるマルコさん。
私は胡蝶蘭にそっと近づき、まだ新鮮で生き生きとした葉と茎をそっと一撫でする。
「エースくん、どこまで知っててこのお花をくれたんでしょう。…それによってはちょっと、ずるいかもしれませんね」
葉と茎からは、胡蝶蘭の命をありありと感じる。
その命を感じながら、私は丁寧に花茎を手に取り、根元からぱちんと茎を切った。
「え、切っちまっていいのかよい、それ」
「いいんです。これで」
葉と花瓶だけを残す形になった胡蝶蘭を再び窓辺に戻す。
そしてその横に、サッチさんが買ってきてくれたお花をそっと活けた。
その花を見たマルコさんが、あ、と声をあげる。
「その花、お前の髪飾りと同じやつかよい」
私のアイリスの花の髪飾り。エースくんが、お前によく似合うと照れながらも褒めてくれたもの。
私はくすっと笑ってマルコさんを振り返る。
「似てますよね。でも違うんです。このお花は花菖蒲―ハナショウブといいまして」
中央で紫の小さな花弁が花の形で咲き、そこからまた大きな花弁が垂れている。大きな方の花弁は中央が細く黄色く、花弁の先に向かって紫色、ときには紫と白に色が分かれていて、厚みはなくとても薄い。
胡蝶蘭は凛と花弁の輪郭を保っていられるほど、厚みと強さを感じられた花だけど、これはまた違う。薄すぎて風によっては簡単に輪郭が変わり、儚さが感じられる。
「自分が弱ってしまったときに思ったんです。こんなんじゃだめだなって。だから、これは私の気持ちとして」
「へぇ…」
エースくん。あれほど声明に思い出せていたあなたの声が、あれほど鮮明に思い出せていたあなたの表情が、日に日にぼやけていきそうです。
早く帰ってきてほしい。エースくん、待っています。
願いを込めて、エースくんがくれた胡蝶蘭の隣に花菖蒲をそっと並べた。
――――
その日の朝も、私はいつもと同じ時間に目を覚まして真っ先に窓辺に向かう。
胡蝶蘭の横に花菖蒲が並ぶようになってから何日たったのか。だけど今日はいつもと風景が違う。
窓辺に置かれた、見覚えのある帽子。
「あ…!」
バッと部屋を見渡すと、いつの間に帰ってきていたのか、エースくんの姿。
場所を選ばずどこでも寝れる彼は、何もこんなところで寝なくともいいのに、私の部屋の床で横になりくかーといびきをかいている。
「エースくん…!あっ」
嬉しくて飛びつきそうになってしまったところを、エースくんが眠っているのだと思いなおしぐっと抑え込む。
長期の任務帰りで疲れているんだろう。起こしてはかわいそうだと、気持ちをぐっと抑え、だけど彼に触れたくてとてとてと彼に近づき、その場にしゃがみこんだ。
ぐーぐーと眠っている彼。能力者だからとはきいていたけど、今日も無傷で本当によかったと心から安心する。長期の任務だから正直心配していた。
―と、気配で起こしてしまったのか、エースくんが「んぁ」と間の抜けた声をあげながらぱちりと目を開ける。とたんガバリと起き上がり、「お前起きたのか!」なんて言ってくるものだから、こちらの台詞だとくすっと笑みが漏れる。「
「おはようございます、エースくん。エースくんこそ、いつ帰ってたんですか」
「昨日の夜中だな。お前の顔みてぇと思って夜中だし起こすのもと思って顔だけ見たら帰ろうと思ったんだけど…なんだか顔見たらすげぇ眠くなっちゃってな」
「ふふ、なんですかそれ」
眠気に従って私の部屋の床でそのまま寝転がってしまうところがエースくんらしい。
くすくすと笑っていたら、がしがしとバツが悪そうに髪をかいているエースくんの視線が窓にあることに気が付いた。
「あーその…花、だめになっちまったか」
「あ…」
エースくんが言っているのは胡蝶蘭のことだろう。彼が置いて行ったときに綺麗に身に着けていたピンクの花弁は今は跡形もなく、ただ葉が残るのみとなっている。
だけど私はふるふると頭を横に振って、窓辺により胡蝶蘭に触れた。
「違うんですよ、エースくん。胡蝶蘭は今休んでいるだけなんです」
「…休んでるだけ?」
「えぇ。一度めのお花はもう咲き終わってしまったんですが、こうして残しておくとまた元気な花を咲かせてくれるんです。…ですから、枯れてないんですよ、胡蝶蘭は」
―なので、エースくんは約束を守ってくれたんです。こうして帰ってきてくれた。
そう言って嬉しくてにこっと笑うと、エースくんが顔を真っ赤にしながら私を抱きしめてくれた。あったかいエースくんの身体。ずっと包まれたかったぬくもり。
エースくんの大きな背中に腕を回してぎゅうと抱きつく。
「…お隣に、青いお花があるでしょう。あれは花菖蒲と言って、私がエースくんを待っている間、自分を叱るためにおきました」
「…叱る?」
「胡蝶蘭のお花がしおれてしまったとき。寂しくて、私、お花と一緒に自分も弱ってしまったのか熱を出してしまったんです。でも、胡蝶蘭自体はまだ元気に命があるのに私がそんなんじゃだめだなって。それで、自分の心を表してくれるお花をお隣において、エースくんを待っていようと思ったんです」
エースくんは私の長い髪をゆっくり撫でてくれる。このなんでもない時間がとても大好きで、いつまでもエースくんに髪を撫でてもらいたいと思ってしまう。
「…カタル、辛い思いさせたな。待たせて悪ぃ」
「そんな…。エースくんが一番頑張ってるんですから」
「もう、お前にそんな思いさせねぇ」
エースくんに肩を掴まれ、抱きしめていた距離からお互いの顔が見える距離まで少し離れる。
間近に見る、エースくんの力強い目。決心した目。
「…お前さえよかったら、次からは任務にお前も一緒に連れていきたいと思ってる。…危険な任務はちょっと、…考えるけど」
「え!…ほ、本当ですか?」
「…だからその、つまり…毎回一緒に来るってことは」
エースくんは何か言おうとして言いよどんでを何度か繰り返した後、一度気を取り直すように明後日を見てふーと息を吐いている。
一体何に緊張しているのかわからない私は、ただ目の前でかっこいいエースくんが真っ赤な顔になるのが面白くてじっと見ていた。
「いや、結局俺がそうしたいだけで…任務に同行するのはお前の自由だし…あー何が言いたいかっていうと…」
「……」
「………俺が耐えられねぇから、一緒に来てほしい。親父に頼みこむから。……家族…だって言ったら、親父もその…許可出すんじゃねぇかなって…」
ぱちぱち。エースくんが何が言いたいのかよくわからなくて瞬きを繰り返して彼をみる。
彼は舌打ちを一つして、「あ~!!」と叫んでから、決意を固めた様に私に向き直って、
「…っ、だから、俺と結婚してほしい…っ」
「!?」
真っ赤な顔で、私の手を握りながら真剣な顔でそう言ってきた。
いつも冗談ばかり言うエースくんだけど、こんなに恥ずかしそうで真っ赤な顔で、こんなに真剣な表情の彼はきっと、真剣に。
「その、…俺ガキの頃とかは特に、自分が生まれてきてよかったのかとかよく考えてたけど。…お前は、俺をすげぇ大事にしてくれて、俺を信じてくれるだろ」
「…は、はい」
「だから、お前に…俺の家族になってほしいんだ。お前が俺だけの家族だって周りに自慢してぇ。…そん代わり、絶対守るからよ。…だめか?」
エースくんの言葉がじんじんと言葉に染みてくる。いつも意地っ張りで冗談ばっかり言うエースくんが、時々見せる本音の強さときたら。
「~~~…」
「え!?なんで泣くんだよ!?」
「う…」
エースくんがそんなに私のことを思ってくれていたなんて知らなくて、知らずのうちにぽろぽろと涙がこぼれてくる。
任務中も、離れてて寂しいなんて思ってくれてたなんて。ずっと私と一緒にいたいと思ってくれていたなんて。
「こっ…こんな私でよければ…っ、よろしくお願いします…!」
「……お、おう」
ぼろぼろなく私をエースくんが困ったようによしよしと頭を撫でてくれる。
―と、ミシ…と、私の部屋のドアが音を立てた気がして。
「…え?」
次の瞬間には、バキィィッと派手な音とともに扉が盛大に壊れ、扉に乗るような形でマルコさん、サッチさん、イゾウさん、その他クルーのみんながズシャァッと床にたたきつけられていた。
―そう、いかにも聞き耳をたてていました、というような形で。
「てッ…」
今までに見たことのないくらい顔を真っ赤っかにしたエースくんが、「てめぇら~~~ッ!!」と罵声が響くのは、この直後のお話で。
しばらく私は皆に祝福されたり、エースくんはプロポーズの駄目だしをされたり弄られるわで、わいわいと騒がしい日々が続くのだった…。
END.
――――
ルクリア様、リクエストありがとうございました~!
お花にまつわるお話でエースの甘夢ということでしたが、いかがでしょうか…!
少し主人公喋らせすぎてしまったかなと反省…!そしてエース出番少なくてすみません!
胡蝶蘭(ピンク)の花言葉…あなたを愛しています
花菖蒲の花言葉…あなたを信じています
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