エース/君が軽率だから
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パリン、
脱力した手からすり抜けたグラスが呆気なく床で砕け散る。
きっと後で怒られる。でもそれ以上に頭の整理がつかなくて、目の前のある一点から目線が外せない。
目の前にはさっき帰ってきたと思えば、「カタル~、ただいま~…メシ…」と倒れこんで眠っているエースがいる。
そこまでは普通だ。よくある光景。むき出しになった背中も、いつものこと。
だけどその首筋に見える赤い口紅の痕は何だろう。これだけが異常だ。しかもこんな真っ赤な、派手な色。見つけてくれと言わんばかりの。
エースにはちょうど気づけない位置だ。でも問題は、つけられたことがどうか依然に、その距離を許した女性がいたということで。
「……」
私の勘違いじゃなければ、エースの恋人は私なわけで。
―ああ、眩暈がする。
―――――
「おいカタル、頼むから話をきけって」
「……」
「だからその…、店に行ってたのは悪かったよ。どうしても話がしたいって言われちまって、それで…」
翌朝。眠たそうに眼をこするエースに、鏡をみせて首筋の痕をわかりやすく本人に見せたところ、冷水を浴びたかのような勢いで目覚めたエースが抗議を初めて10分そこらかたったくらいか。
悪いことをしていないならそこまで焦らなくていい気もするし、そう考え始めるとエースの言っていることは全部嘘なんじゃないかという気すらおきてくる。
エースの主張はこうだ。もともと彼には私と付き合う以前、そういう体だけの女性関係が数人あった。それは私も知っていた。
彼女たちがいるのはいつも決まったBARで、彼女たちにとってもエースがお気に入りだったのは話にきいていた。
特にその店に行かないでほしいと言った覚えもないし、あえて彼女たちと一切合わないようにと頼んだ覚えもない。
そう、そんなことを言わなくてもエースなら自ずとそういう関係はすべて洗ってくれるものだと思っていた。
「…店に行くのは別にいいよ。行きつけのお店なら行きたいだろうし。そこで女の子たちに会っちゃうのだって仕方ないよ」
指先をすりすりとこすり合わせながら淡々と語る。昨日割れたグラスを片付けた際に指先を切ってしまったようで、少しだけ痛い。
「…でもエースなら、そんな知らない間に痕つけられたりとかしないでしょ?まさか気を失うほど飲んだわけでもないよね」
「あ、ああ、そんな飲みすぎちゃいねぇ。昨日だってちゃんと一人で帰ってきたんだ。ただ…」
「…つまり、エースはわかってて女の子を近づけるのを許したってこと、だよね」
う、とエースが気まずそうな顔をする。そうして押し黙って目をそらす。
本当に嘘がつけない人だ。すぐ顔に出る。
―別に、一生この人をつなぎとめられる自信があったわけじゃない。色んな海を渡って、いろんな街を渡る人だ。それだけ出会いがある。それだけ魅力的な人と出会うこともある。
でも私と付き合ってまだ間もないのに。しかも過去の人に戻るって、つまり、そういうことじゃないだろうか。
「…もう私に飽きちゃった?」
「っ!何をバカな、」
「だって…」
ああ、こらえていたのに。もう無理みたいだ。目じりに涙が浮かんできた。
エースはぎょっとした顔をしてガタリと席を立ち、わたわたした様子で私の前に駆け寄ってくる。
「な、泣くなよカタル!飽きたとかそんなわけねぇだろ…っ」
「……じゃあどうしてほかの女性に触らせるの?私より魅力あったからでしょ、」
「ちげぇって!…あ~、だからその、お前が好きだからもうやめるって言ったけどなかなか向こうが折れなくて!それで、最後にハグさせたら諦めるって言うから…」
じろりとエースを見上げる。バツが悪そうにがしがしと頭をかいている。だけど今度は目をそらさず、申し訳なさそうに私を見下ろしていた。
「……でも、その、…しょうがないとは言え触らせたのは事実だから。お前がいい気しないだろうと思って、言えなかった」
「…ばっかみたい。なにそれ」
「う…」
私の一言一言でエースが面白いくらいにたじろぐ。一応浮気するつもりじゃなかったみたいだけど、だからって女性に甘すぎじゃないだろうか。
「そんなの、最後にキスさせてって言ったらさせてたの?最後に思い出でもう一度だけ抱いてって言われたら抱いてたの?」
「そんなことしねぇよ!…実際、最初はそういわれたけど、無理だっつって断り続けてたらじゃあハグでいいからって…。なんつうか、俺もそれくらいならいいかって、正直思っちまったから、それは…ごめん」
「…………」
はぁ~~…と深い深いため息をつく。モテる男が彼氏だとこういう苦労があるんだな、と。
正直もうエースに対してあまり怒ってはいなかったけど、なんだかこのまま引き下がるのも癪だ。エースには軽々しく女性に触らせたことをもう少し反省してほしい。
そう、だから。
「…じゃあ私も、マルコにハグくらいさせてあげた方がよかったかな~…」
「…え?……はッ!?」
「なんかエースの話きいてたら、それくらいさせてあげるのも優しさだったのかなぁって。…私きっぱりと断っちゃったし、マルコかわいそうだったよね…」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!は!?マルコ!?」
わかりやすいくらいに取り乱すエース。がばっと私の両肩を掴んでは「どういうことだ!?」なんて凄い形相だ。
ちなみにこれ、まーーーーったくの嘘なんだけど。マルコは別に私のこと好きだったとかそんなことは何一つないし、エースと付き合うときに何かねだられたわけでもまったくないんだけども。
「マルコにきいてみれば?あっ私はもうエースのこと怒ってないから、もうこの話はここまでね」
「えっちょ、カタル!お前マルコに、」
ばいばいとエースを振り切ってその場を離れる。エースはきっと無駄なことを考えているんだろう、頭を抱えてその場に立ち尽くしていた。
そうしてその日の夜、すごく疲れた様子のマルコから、「お前…エースに何言ったんだよい……」とクレームがきたのは後のお話。
脱力した手からすり抜けたグラスが呆気なく床で砕け散る。
きっと後で怒られる。でもそれ以上に頭の整理がつかなくて、目の前のある一点から目線が外せない。
目の前にはさっき帰ってきたと思えば、「カタル~、ただいま~…メシ…」と倒れこんで眠っているエースがいる。
そこまでは普通だ。よくある光景。むき出しになった背中も、いつものこと。
だけどその首筋に見える赤い口紅の痕は何だろう。これだけが異常だ。しかもこんな真っ赤な、派手な色。見つけてくれと言わんばかりの。
エースにはちょうど気づけない位置だ。でも問題は、つけられたことがどうか依然に、その距離を許した女性がいたということで。
「……」
私の勘違いじゃなければ、エースの恋人は私なわけで。
―ああ、眩暈がする。
―――――
「おいカタル、頼むから話をきけって」
「……」
「だからその…、店に行ってたのは悪かったよ。どうしても話がしたいって言われちまって、それで…」
翌朝。眠たそうに眼をこするエースに、鏡をみせて首筋の痕をわかりやすく本人に見せたところ、冷水を浴びたかのような勢いで目覚めたエースが抗議を初めて10分そこらかたったくらいか。
悪いことをしていないならそこまで焦らなくていい気もするし、そう考え始めるとエースの言っていることは全部嘘なんじゃないかという気すらおきてくる。
エースの主張はこうだ。もともと彼には私と付き合う以前、そういう体だけの女性関係が数人あった。それは私も知っていた。
彼女たちがいるのはいつも決まったBARで、彼女たちにとってもエースがお気に入りだったのは話にきいていた。
特にその店に行かないでほしいと言った覚えもないし、あえて彼女たちと一切合わないようにと頼んだ覚えもない。
そう、そんなことを言わなくてもエースなら自ずとそういう関係はすべて洗ってくれるものだと思っていた。
「…店に行くのは別にいいよ。行きつけのお店なら行きたいだろうし。そこで女の子たちに会っちゃうのだって仕方ないよ」
指先をすりすりとこすり合わせながら淡々と語る。昨日割れたグラスを片付けた際に指先を切ってしまったようで、少しだけ痛い。
「…でもエースなら、そんな知らない間に痕つけられたりとかしないでしょ?まさか気を失うほど飲んだわけでもないよね」
「あ、ああ、そんな飲みすぎちゃいねぇ。昨日だってちゃんと一人で帰ってきたんだ。ただ…」
「…つまり、エースはわかってて女の子を近づけるのを許したってこと、だよね」
う、とエースが気まずそうな顔をする。そうして押し黙って目をそらす。
本当に嘘がつけない人だ。すぐ顔に出る。
―別に、一生この人をつなぎとめられる自信があったわけじゃない。色んな海を渡って、いろんな街を渡る人だ。それだけ出会いがある。それだけ魅力的な人と出会うこともある。
でも私と付き合ってまだ間もないのに。しかも過去の人に戻るって、つまり、そういうことじゃないだろうか。
「…もう私に飽きちゃった?」
「っ!何をバカな、」
「だって…」
ああ、こらえていたのに。もう無理みたいだ。目じりに涙が浮かんできた。
エースはぎょっとした顔をしてガタリと席を立ち、わたわたした様子で私の前に駆け寄ってくる。
「な、泣くなよカタル!飽きたとかそんなわけねぇだろ…っ」
「……じゃあどうしてほかの女性に触らせるの?私より魅力あったからでしょ、」
「ちげぇって!…あ~、だからその、お前が好きだからもうやめるって言ったけどなかなか向こうが折れなくて!それで、最後にハグさせたら諦めるって言うから…」
じろりとエースを見上げる。バツが悪そうにがしがしと頭をかいている。だけど今度は目をそらさず、申し訳なさそうに私を見下ろしていた。
「……でも、その、…しょうがないとは言え触らせたのは事実だから。お前がいい気しないだろうと思って、言えなかった」
「…ばっかみたい。なにそれ」
「う…」
私の一言一言でエースが面白いくらいにたじろぐ。一応浮気するつもりじゃなかったみたいだけど、だからって女性に甘すぎじゃないだろうか。
「そんなの、最後にキスさせてって言ったらさせてたの?最後に思い出でもう一度だけ抱いてって言われたら抱いてたの?」
「そんなことしねぇよ!…実際、最初はそういわれたけど、無理だっつって断り続けてたらじゃあハグでいいからって…。なんつうか、俺もそれくらいならいいかって、正直思っちまったから、それは…ごめん」
「…………」
はぁ~~…と深い深いため息をつく。モテる男が彼氏だとこういう苦労があるんだな、と。
正直もうエースに対してあまり怒ってはいなかったけど、なんだかこのまま引き下がるのも癪だ。エースには軽々しく女性に触らせたことをもう少し反省してほしい。
そう、だから。
「…じゃあ私も、マルコにハグくらいさせてあげた方がよかったかな~…」
「…え?……はッ!?」
「なんかエースの話きいてたら、それくらいさせてあげるのも優しさだったのかなぁって。…私きっぱりと断っちゃったし、マルコかわいそうだったよね…」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!は!?マルコ!?」
わかりやすいくらいに取り乱すエース。がばっと私の両肩を掴んでは「どういうことだ!?」なんて凄い形相だ。
ちなみにこれ、まーーーーったくの嘘なんだけど。マルコは別に私のこと好きだったとかそんなことは何一つないし、エースと付き合うときに何かねだられたわけでもまったくないんだけども。
「マルコにきいてみれば?あっ私はもうエースのこと怒ってないから、もうこの話はここまでね」
「えっちょ、カタル!お前マルコに、」
ばいばいとエースを振り切ってその場を離れる。エースはきっと無駄なことを考えているんだろう、頭を抱えてその場に立ち尽くしていた。
そうしてその日の夜、すごく疲れた様子のマルコから、「お前…エースに何言ったんだよい……」とクレームがきたのは後のお話。
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