即興SS

 ゼロロがジララの部屋に居ることは珍しくなかった。誰もが恐れるジララに名を呼ばれるとき、ゼロロは青い目を輝かせて返事をするのだった。
 兵舎の奥にある重い扉を引くとジララがゼロロを待っていた。テーブルにはワイングラスが二つ並べて置かれ、ゼロロは柔和な笑みを浮かべた。
 壁に掛けられた時計は午後九時半を指していた。あと三十分で消灯時間が来てしまう。訓練が終わりシャワーを浴びて夕食を済ませるとどんなに急いでもこのくらいの時間になってしまう。本当はもっと早くジララのもとを訪ねて長い時間一緒に居たい、それがゼロロの本心だった。ゼロロはジララの一番の気に入りだった。そしてゼロロはそれを嬉しく思っていた。ゼロロはソファに座るとジララの顔を見つめる。薄暗い室内でもゼロロの目は訓練によって明瞭に見えるようになっていた。
「今日のワインはどちらのものですか?」
 ジララはワイングラスに手を掛ける。指先でステムを掴み、ゆらゆらとワインを揺らす。立ち上る香りを吸い込んでゆっくりと口を開いた。
「部下の土産だ」
 ジララはグラスに口をつける。ゼロロもグラスを持ってそっと傾けた。グラスの中に華やかな香りが充満していた。
「……悪くない」
 ジララは味わうようにワインを飲み込むとそう言った。ゼロロもワインを一口飲んだ。ジララに供されて様々なワインを飲んできたが、正直なところまだゼロロにはあまり違いが分からなかった。ゼロロはこくん、と飲み込んで頷く。文句なしに美味しい。だがそれはいつもジララが美味しいワインを開けているからかもしれない。そうぼんやりと思いながら壁の時計に目をやった。終わりの時間はどんどん迫って来る。限られた時間の中で少しでもジララと特別な時を過ごしたい、そうゼロロは思う。ゼロロは右手をジララの腕に伸ばす。そして金属の腕に触れた。ジララはそんなゼロロを見て少し呆れたように瞬きをした。
「こんなことをするのはお前くらいだ」
「僕以外に居たら妬いてます」
 ゼロロはガスマスクの中で口を尖らせる。完全プライベートの二人は上官と部下という関係を超えた関係にあった。ジララは右手でゼロロのガスマスクを外す。露わになった唇がワインで濡れていた。ゼロロは横目で時計を見る。ジララはゼロロの顎を掴むと正面を向けさせる。
「目の前のことに集中しろ」
 ゼロロは見つめられた赤い目に頷いてくすりと笑うとゆっくりとまぶたを閉じた。
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