即興SS

 兵舎にいると閉塞感に気が滅入るが、街に行けば何でもあった。一歩外に出るだけで全くの別世界で、どちらが現実なのか分からなくなった。
 僕は道草を食わずに歩くと重厚な造りの宝石店へ入った。ガラスのドアを抜けるとスーツを着た店員が深々と頭を下げた。
 別に、宝石に興味があるわけではない。ただ、欲しい石があった。絶対に手に入らない物を模した宝石を僕は買いに来た。僕は案内されたソファに着く。そしてしばらくすると店員はいくつか石を持ってきた。白い手袋をしてそっと石に触れると僕に見せてきた。石は綺麗だった。だがそれはその石が綺麗だというよりも僕には石ではなく彼の瞳に見えたし、彼の瞳のようで美しいと思った。と言った方が正しいだろう。店員の手の上にある赤い石を僕は覗き込んだ。深い赤でありながら繊細さを持ち合わせていて、見る角度によって表情を変える。あの人はこんなに表情を見せてはくださらないが、どこかこの石は彼に似てると思った。僕は店員にこの石をくださいと告げた。石は紙袋の中に更に小箱に入れられて渡された。
 僕は兵舎に帰ると自室に石を飾った。小箱から取り出した石を窓辺に置くと陽の光を浴びてより一層美しく見えた。僕にこの石の価値は分からない。だが実際以上の価値を感じていると思う。僕はベッドに座り石を眺める。値段に関しては決して安くはなかった。だがあの人がここに居るように感じられて、そう考えれば安い買い物だと言えた。手に入らないあの人を模して、こうして触れることができる。不思議な気分だった。そして何故か後ろめたささえ感じた。
 その日の夜、僕は彼の夢を見た。夢の中の彼は僕と恋人関係にあった。僕は夢の中でこれが夢であると気付かずにいた。ただ楽しい時間を二人きりで過ごした。兵舎に響き渡るけたたましいベルの音で目を覚ます。一瞬にして現実に引き戻されたが、僕は窓に目をやった。赤い石がぽつんと置かれている現実。これさえも夢だったのではないかと思わされた。これが今僕ができる精一杯だった。
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