即興SS

 訓練を終えた夜。ジララは自室でゆっくりとコーヒーを飲むのが日課だった。革張りのソファに腰掛け、白いカップに口をつける。だが一口コーヒーを啜るとすぐに違和感を覚えた。部下が入れてくれたそのコーヒーは全く持ってジララの好みではなかったのだった。そして思った。……ゼロロ。目の前に青い姿が浮かぶ。ゼロロはコーヒーを淹れるのが上手かった。真面目な性格で、いつだってジララの好みを熟知したコーヒーを淹れるのだった。だがゼロロは兵舎のどこを探してもいない。何故なら数日前にジララがゼロロを除隊させたからだった。
 ゼロロはまるで廃墟に咲く一輪の花だった。綺麗な青い花は石造りのぼろぼろの床に何とか根を張っていたが、ジララは自らの手でその根を断った。アサシン部隊に相応しくない純粋さ。闇を知らない青い目。ここにいては根から腐る。そうなる前に自分の下からゼロロを離した。ゼロロに除隊命令を告げた際、彼は必死にしがみつこうとした。なんとしててでもここに居たい、そんな思いはジララにも伝わった。だがそれはゼロロの為だった。ゼロロを思ってジララはその細い根を切り落とした。
 ジララはカップをソーサーに置いた。
「もういい、帰れ」
 部下は戸惑うように「お口に合いませんでしたか」と口を開いた。ジララは頷きもせず閉めたカーテンを見つめていた。部下は気まずそうに扉を開けると部屋を出て行った。ジララはカップを見つめる。黒い液体がゆらゆらと揺れていた。ジララは何もない空間にゼロロを見出した。コーヒーカップを持って静かに歩くゼロロ。ゆっくりとテーブルの上にカップを置いて、ジララがコーヒーを飲むのを黙って見ているゼロロ。ジララが「美味い」と言うだけで嬉しそうに微笑むゼロロ。やはり、アサシンになど向いていない。彼はもっと穏やかな場所で平和に生きるべきだ……ジララはそう思った。そしてソファから立ち上がると重いカーテンを開けた。星一つ見えない空を見上げる。ゼロロは今どこで何をしているのだろうか。毎晩空を見ながら考えた。既に除隊の身。ジララの知ったことではないのだが、それでもジララはゼロロの動向が気になり、そして心配だった。一般兵だとしてもゼロロは致命的に優しすぎた。ジララはカーテンを閉める。ゼロロのことを考えようが何にもならないというのに、つい考えてしまうのが上官というものなのだろう。ゼロロ。声のない息だけの音が部屋に消えた。
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