即興SS

近々休暇があるから地球を訪ねる予定だとゾルルから連絡が届いて数日が経った。詳しい日程が届くわけでもなく、ただ漠然ともうすぐ地球に行くというだけだった。こういうとき、結構困る。ドロロは通信機とにらめっこする日が続いていた。一体いつ来るのか分からないからなるべく家にいなくてはいけない。ゾルルは地球に詳しくない。かといってもし日向家にでも行こうものなら大騒ぎになってしまう。穏便に事を済ませたく、ここ数日ドロロはほとんど家の中で過ごしていた。
 と、手にしていた通信機が震えた。
「もうすぐ、着く……」
 ゾルルの声がノイズ混じりに聞こえる。
「今どこにいるの?」
「銀河鉄道の駅だ……」
 通信機からガヤガヤと声が聞こえた。彼はもう地球に着いている。はやる気持ちを抑えながらドロロは口を開いた。
「僕、家で待ってるから。気をつけて来てね」
 ドロロはそれだけ言うと通信を切った。そしてゆっくりと息を吸って、それからゆっくり吐いた。何度ゾルルに会っても、毎回緊張するのは久しぶりに会うからなのだろうか。変な顔してないかな、帽子にしわはついてないかな。そんなことが気になって仕方がない。そわそわと体を動かしながらゾルルを待つ。そして、その時は来た。突然がらりと引き戸が開かれた。ゾルルにノックなどという文化はない。毎回ノックを教えても全く覚える気配がない。
「ぞ、ゾルルくん」
 ドロロは肩を跳ね上がらせてゾルルを見た。相変わらずボロボロの軍帽。久々に会うのに何も変わっていない様子に安心する。
「びっくりするから、まずはノックを……」
「要らん……」
 ゾルルはそう言って冷たい床に座った。ドロロは慌てて座布団を差し出したがゾルルは受け取らなかった。ドロロは囲炉裏で沸かしていた鉄瓶の様子を見た。
「どうする、宇宙人街でも行く? 最近美味しい蕎麦のお店ができて」
 ゾルルは興味なさそうにただじっとドロロを見ていた。
「長旅でお腹空いてない?」
 どんな言葉も返さず、ただ黙ってドロロを見る。ドロロは流石に困り果てて眉根を寄せた。するとゾルルは察したようにゆっくり口を開いた。
「……電車の中で昼食は摂った。宇宙人街は、騒がしすぎる」
 その声がやけに苛立たしげでドロロは優しい声色を作る。
「じゃあ今日も家でのんびり……で、いいのかな?」
 ゾルルはフンと鼻を鳴らした。それは了承の合図……と言っていいのだろう。ドロロは鉄瓶の湯でお茶を淹れた。湯気の立つお茶をゾルルの前に差し出す。簡単なお茶菓子も皿に乗せて供する。ゾルルの口に合うかはよく分からない。ゾルルはこの類いのものを口にしなかった。とはいえ来客をもてなすのにお茶菓子がないのも味気ない。そんな思いで結局自分で食べる羽目になるお茶菓子を今日も用意するのだった。
「ゾルル君は、つまらなくない?」
 ドロロはお茶を啜って言った。だがよく考えればつまらなければわざわざ来ることもないわけで。そう思うと自分は結構好かれているのかもしれないなと思った。
「宇宙人街には静かなお店だってあるし。こうやってお茶だけ飲んでるのも」
「……何故、嫌がる?」
「嫌……ってわけじゃないよ。ただ僕はゾルル君が退屈じゃないかなって」
 ドロロがそう言うとゾルルは立ち上がった。ドロロはゾルルを見上げる。ガタイの良い影が落ちる。ゾルルはドロロの横に片膝を立てて腰を下ろした。
「俺は、貴様の顔を見ている時が、一番愉快だ……」
 赤い目が緩やかに弧を描いた。心底嬉しそうな顔にドロロはぞくりとして少し身を引いた。だがゾルルの手がドロロの顔に触れる。冷たい義手で顎を掴み、そのまま頬を持ち上げた。
「んむっ」
 ドロロはされるがままになって、押し潰された両頬の真ん中にある唇が細く尖った。ゾルルがドロロに顔を近づける。くっつきそうなほどの近距離でゾルルが笑う。
「この顔を、見るために、俺は地球に来た……」
 ドロロはゾルルから目を離す。湯呑みはもう湯気を立てていなかった。
「俺を見ろ、ゼロロ……!」
 ゾルルはぐいとドロロの顔を自分の方に向けた。ドロロはそのまっすぐな瞳に圧倒される。頬に感じる力も、自分より格下のはずの相手に畏怖の念を抱いた。ゾルルはもう片方の手で口布に指をかけた。何度見られていても、やはり顔を見られるのは恥ずかしい。ドロロは少し顔をそらしたがゾルルによって力ずくで剥がされてしまう。ドロロは顔に熱が集まるのが分かった。ゾルルはその指で自らの包帯を毟り取る。露わになった唇がドロロの唇に触れる。ゾルルの乾燥した唇はところどころ切れていて鉄の味がした。唇を押し付けるような雑なキスにドロロは少し呆れ、同時にそれがゾルルなのだと思うのだった。丁寧に扱われた試しはないが、それでも愛されているのだと認識することはできた。それでも。
「っは」
 ドロロは口を離す。ゾルルの手からふっと力が抜けた。その隙をついてドロロがゾルルから距離を取った。
「何故、離れる……」
 身の危険を感じた、素直に言うならそんな理由だった。取って食われるようなそんな気さえした。刀を抜くことはないものの、距離を取りたい。それはアサシンとして身につけてきたものなのだろうか。そして何よりも強く教わったのは、逃げるということだった。戦わずして逃げる。そんな戦法。死んでは元も子もないのだから、当然といえば当然のことだった。そして今まさにその教えが役に立ちそうになっていた。三十六計逃げるに如かず。ドロロは床に煙幕を叩きつけた。途端にもくもくと白い煙が立ち上る。だがゾルルはその程度では撒けない。ゾルルは煙の中に飛び込み、ドロロの腕を引っ捕らえた。
「逃さんぞ……ゼロロ……!」
 遥々ケロン星から来たゾルルからしたら、ドロロに逃げられては地球に来た意味がないというものだ。だが。ドロロは諦めたようにその場に立ち尽くした。そしてゾルルの赤い目を覗く。ゾルルはそれに気付いたようにドロロを見た。
「貴様は、俺から離れられん……覚悟するんだな……」
 ゾルルは自信に満ちた目をしてドロロを抱き寄せた。地球で鈍った細い身体がゾルルの腕の中に収まった。ドロロはゾルルから離れることなどできないのだ。ゾルルは再びドロロの口布に手をかけた。手荒さにドロロがその手に触れる。
「いい、けど……もう少し優しくして」
 ドロロの目が伏せた。ゾルルは金属の指先を器用に使ってそっと口布を下ろした。その綺麗に整った素顔をまじまじと見て、独占欲に浸る。
「ゼロロは、俺のものだ……」
 唇にゾルルの息がかかり、ドロロはぎゅっと目を瞑る。恥ずかしげもなくよくそんなことを……。などと考えているともう一度唇が触れた。今度は優しく、丁寧なキスだった。
「……文句は、あるまい」
 ゾルルが口を離して言った。ドロロが小さく頷くと、ゾルルは何度も優しいキスを繰り返した。
(やればできるのに)
 ドロロが薄く目を開けるとゾルルと目が合った。慌てて目を閉じるとゾルルの手がドロロの頭を撫でた。ドロロは驚いてもう一度目を開けた。
「ぞるる、く」
 そう言いかけて言葉を奪われた。甘い口づけがドロロの頭の中を溶かしていく。先程までとはまるで別人のようで、逃げようなどと考えていた自分が嘘のようだった。と、ゾルルの手が突然ドロロの顎を掴む。そして頬へ手を滑らせると不気味に笑った。
「これで、満足か……?」
 前言撤回。やはり逃げるに如かず。ドロロは煙幕を取り出そうと潜らせた手をゾルルに掴まれた。逃げられない。額に滲んだ汗が嫌な予感を伝えていた。
「貴様は俺のもとに、居ればいい……」
 ゾルルはそう囁いてドロロの尖った唇へ自らの唇を押し当てた。
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