即興SS
折角の休日にどこに行くのかと思えばゼロロは美術館などと言うものだから拍子抜けしてしまった。外出届けまで出してわざわざ美術館に行こうという神経が俺には分からない。ゼロロは俺の隣で浮かれた様子で笑っていた。
そもそも、俺は美術になど興味はない。美術館に行ったこともない。行こうとも思ったことがなかった。だがゼロロは違うようだった。兵舎の自由時間にこっそり落ち合い次の休みにどこに行こうかという話をしていたら「美術館がいい」と言ったのだった。
「絵など見て何になる……」
俺が呆れたように言うとゼロロは少し考えて絞り出すように言った。
「創造性を育む……とか……?」
曖昧な回答に溜め息を吐いた。アサシンが創造性を育んでどうする。とはいえゼロロの気持ちを無下にするようなことはしたくない。俺は渋々了承をするとゼロロは嬉しそうに「約束だからね」と囁いてその場を去った。
ゼロロがここだよ、と足を止めた。見上げると立派な建物が構えていた。中はクーラーがかなり効いていて肌寒いほどだった。受付でチケットを買い、奥へ進む。人はいるのに声のしないしんと静まり返った空間が妙に居心地が悪い。俺は思わず左手を動かすと、静かにしてとゼロロに注意された。カチャカチャと音を鳴らすのが癖になっていた。だがここにいる奴は俺のように改造された肉体を持っている者など一人としていないようだった。居心地が悪くて当然だった。だがゼロロは周りに溶け込むように大きな絵に見入っていた。そんなにいいものなのかと俺は少々疑いながらもその絵を見てみた。大きなキャンバスにたっぷりと絵の具が重ねられている。横から見たら立体になるほど重ねられた絵の具は筆致まで分かるほど大胆に使われていて贅沢なものだなと少し呆れた。所詮金持ちの道楽なのだろうなと思い隣の絵に目を移す。その絵はキャンバス一面が青く、見た瞬間にゼロロのようだなと思った。澄んだ青の下に淀んだ暗い青が覗く。
「ゼロロ……」
思わず口をついて出た。ゼロロが驚いたようにこちらを見た。その青い目が厚く塗られた絵の具のように見えた。
ゼロロの後を追いながら美術館を一回りした。結局絵の良さなど俺には分からなかった。途中から食い入るように見つめるゼロロを見るような形になっていた。
「僕を見てどうするのさ」
美術館を出て開口一番にゼロロが言った。俺は言い訳をしようと思い言葉を探したが上手い言葉が出てこなかった。
「ゼロロを、見ていたほうが楽しい……」
「何言ってるの」
俺は左手をカチャカチャと動かす。ゼロロは少し照れたようだった。
「僕は子供の頃よくお母様に連れられて美術館に行ったんだよ。芸術のことはよく分からないけど、絵を見てると落ち着いたり、不思議な気持ちになったりして。それが好きなんけど……」
続きの言葉は嫌味なのだろう。不自然に口を噤んだゼロロに俺は返す。
「理解など、できん……」
「素敵だなと思う絵はなかった?」
そう言われ、ふとあの青い絵が頭に浮かんだ。
「青い、絵……」
「あ、あれか」
ゼロロはすぐに分かったようだった。そして吹き出すように笑った。
「あの絵を見て僕の名前呼んだよね。びっくりしたよ」
「……貴様が、浮かんだ」
「そんなに似てたかな?」
ただの青い絵なら何も思わなかったはずだ。あの澄んだ青と淀んだ青。それがまるで昔のゼロロと今のゼロロのように見えたのだろうと漠然と分析する。美術館に連れられるような金持ちの息子がアサシン部隊で汚れていっている、まるでそう見えたのだろう。俺がずっと追いかけてきた昔の病弱だったゼロロはもういない。だがあの絵のように上の絵の具を剥がせば、下に潜った昔のゼロロはいて……。
「君も少しは芸術に興味を持ったらいいよ。まあ、持たなくても僕が連れて行くけど」
ゼロロはふふ、と笑った。その無邪気な笑みは昔のゼロロに似ていた。このまま上面を剥がしてやりたい。だがようやくアサシンになれたゼロロがそれを望むとは思えなかった。薄汚れた大人のまま、アサシンとして生きていく。その汚れすら俺は愛さねばならない。だが淀んだ青も包み込む優しさなど、とても今の俺にはない。そう考えをこね回しているとふと右手にゼロロの手が触れた。そして俺の手を握り込む。
「これくらい、いいでしょ?」
ゼロロの手はクーラーのせいか冷え切っていた。俺はその手を握り返した。目に入った横顔が彫刻みたいに綺麗だと思った。
そもそも、俺は美術になど興味はない。美術館に行ったこともない。行こうとも思ったことがなかった。だがゼロロは違うようだった。兵舎の自由時間にこっそり落ち合い次の休みにどこに行こうかという話をしていたら「美術館がいい」と言ったのだった。
「絵など見て何になる……」
俺が呆れたように言うとゼロロは少し考えて絞り出すように言った。
「創造性を育む……とか……?」
曖昧な回答に溜め息を吐いた。アサシンが創造性を育んでどうする。とはいえゼロロの気持ちを無下にするようなことはしたくない。俺は渋々了承をするとゼロロは嬉しそうに「約束だからね」と囁いてその場を去った。
ゼロロがここだよ、と足を止めた。見上げると立派な建物が構えていた。中はクーラーがかなり効いていて肌寒いほどだった。受付でチケットを買い、奥へ進む。人はいるのに声のしないしんと静まり返った空間が妙に居心地が悪い。俺は思わず左手を動かすと、静かにしてとゼロロに注意された。カチャカチャと音を鳴らすのが癖になっていた。だがここにいる奴は俺のように改造された肉体を持っている者など一人としていないようだった。居心地が悪くて当然だった。だがゼロロは周りに溶け込むように大きな絵に見入っていた。そんなにいいものなのかと俺は少々疑いながらもその絵を見てみた。大きなキャンバスにたっぷりと絵の具が重ねられている。横から見たら立体になるほど重ねられた絵の具は筆致まで分かるほど大胆に使われていて贅沢なものだなと少し呆れた。所詮金持ちの道楽なのだろうなと思い隣の絵に目を移す。その絵はキャンバス一面が青く、見た瞬間にゼロロのようだなと思った。澄んだ青の下に淀んだ暗い青が覗く。
「ゼロロ……」
思わず口をついて出た。ゼロロが驚いたようにこちらを見た。その青い目が厚く塗られた絵の具のように見えた。
ゼロロの後を追いながら美術館を一回りした。結局絵の良さなど俺には分からなかった。途中から食い入るように見つめるゼロロを見るような形になっていた。
「僕を見てどうするのさ」
美術館を出て開口一番にゼロロが言った。俺は言い訳をしようと思い言葉を探したが上手い言葉が出てこなかった。
「ゼロロを、見ていたほうが楽しい……」
「何言ってるの」
俺は左手をカチャカチャと動かす。ゼロロは少し照れたようだった。
「僕は子供の頃よくお母様に連れられて美術館に行ったんだよ。芸術のことはよく分からないけど、絵を見てると落ち着いたり、不思議な気持ちになったりして。それが好きなんけど……」
続きの言葉は嫌味なのだろう。不自然に口を噤んだゼロロに俺は返す。
「理解など、できん……」
「素敵だなと思う絵はなかった?」
そう言われ、ふとあの青い絵が頭に浮かんだ。
「青い、絵……」
「あ、あれか」
ゼロロはすぐに分かったようだった。そして吹き出すように笑った。
「あの絵を見て僕の名前呼んだよね。びっくりしたよ」
「……貴様が、浮かんだ」
「そんなに似てたかな?」
ただの青い絵なら何も思わなかったはずだ。あの澄んだ青と淀んだ青。それがまるで昔のゼロロと今のゼロロのように見えたのだろうと漠然と分析する。美術館に連れられるような金持ちの息子がアサシン部隊で汚れていっている、まるでそう見えたのだろう。俺がずっと追いかけてきた昔の病弱だったゼロロはもういない。だがあの絵のように上の絵の具を剥がせば、下に潜った昔のゼロロはいて……。
「君も少しは芸術に興味を持ったらいいよ。まあ、持たなくても僕が連れて行くけど」
ゼロロはふふ、と笑った。その無邪気な笑みは昔のゼロロに似ていた。このまま上面を剥がしてやりたい。だがようやくアサシンになれたゼロロがそれを望むとは思えなかった。薄汚れた大人のまま、アサシンとして生きていく。その汚れすら俺は愛さねばならない。だが淀んだ青も包み込む優しさなど、とても今の俺にはない。そう考えをこね回しているとふと右手にゼロロの手が触れた。そして俺の手を握り込む。
「これくらい、いいでしょ?」
ゼロロの手はクーラーのせいか冷え切っていた。俺はその手を握り返した。目に入った横顔が彫刻みたいに綺麗だと思った。
