即興SS
少し眠るはずが、いつの間にかぐっすり眠ってしまっていた。突っ伏した机が体温で温まっていた。
アサシンの兵舎では嫌な夢ばかり見た。任務の記憶、過去の記憶、あるいは起こってもいないのにありもしない不安に駆られたり散々な夢ばかりを見た。
まるで自分が社会の歯車に組み込まれたような感覚になり、他者から自分を俯瞰的に見ているようなそんな気持ちになった。そうなることを望んでいたはずなのに、いざそうなるとそこから抜け出したいと思う。おかしな話だ。
そして僕はジララ大尉の恐ろしさに伏しながら、何故だか惹かれていく。好きだなどとは決して思えないのに、何故か彼の姿を目で追ってしまう。それが恋であることに、そう時間はかからなかった。
僕は机から離れると窓へ歩いて行った。ここからはいつも真っ暗な空が見えた。星一つ見えない暗い暗い空を見ていると何故だか心が落ち着く気がした。
子供の頃は夜空を見上げて星座を作ったりしたことを思い出す。星と星を繋げて新しい星座を作るのだ。自分だけの星座は日に日に増えて夜空を彩った。だが今の空には星一つ輝いていない。心を埋め尽くす闇のような空に向かって溜め息を吐いた。行き場のない、秘めた思いを一人で抱え続けるのはどんなに苦しいことだろうか。この思いを言葉に出来たならばどれだけ楽だろうかと思う。だがそれは決して許されることのないことだった。
僕は自室を出て食堂へ向かう。食堂は終了時間が近づき、既に人もまばらになっていた。急いで食事のトレーを席まで運び、飲み込むように咀嚼する。すると背後から声をかけられた。低い声が背筋を貫いて肩が跳ね上がった。僕は声のする方を振り返る。ジララ様が僕を見下ろしていた。僕は咄嗟に口の中のものを飲み込んだ。
「今日は遅かったな」
僕は頷く。
「少し、うたたねを……」
恥ずかしさに声が小さくなった。寝過ごして夕食を食べ損ねるなどあってはならないだろう。
「珍しいな」
その声には嫌みも何も含まれて居らず、ただの感想のような調子だった。僕には用もなく話しかけてくる意図が分からず、少し戸惑いながらジララ様の次の言葉を待った。だがジララ様は僕を見ながらも何の言葉も発さなかった。
「あの……」
僕は思わず促すように口を開いた。早く夕食を食べなければ食堂が閉まってしまう。ジララ様は僕の向かい側の席に腰掛けた。そして正面から僕を見た。僕は食事どころではなくなり、ジララ様を見返した。
「食事に集中しろ」
そう言われ慌ててスプーンを動かす。しかしこんなにも見つめられてはとても食事に集中などできない。そもそもジララ様が何故僕の目の前に座ったのかさえ分からないのだから、集中などできるはずがない。そう思いながらも黙々と食事を進めているとようやくジララ様が口を開いた。
「最近夢見はどうだ」
僕はその問いに驚いた。そして驚いたのを見透かしたようにジララ様が続ける。
「悪夢ばかり見る……そうだろう」
赤い目がじっと僕を見た。粘つくような視線だった。僕は少しずつ言葉を紡ぐ。
「兵舎からは星が見えなくて……自分が閉じ込められているような感覚になるんです」
ジララ様は僕の言葉を黙って聞いていた。
「星を繋げて星座を作っていた頃が遠い昔のように感じます」
僕は実家からの窓の眺めを思った。あの空は澄み渡って少し空気が冷たくて、星々が空いっぱいに瞬いていた。鼻から吸い込んだひんやりとした空気が心地良くて、何より楽しかった。
「……なんて、どうでもいいですよね……」
僕は回想から我に返る。つい自分の思い出話を語ってしまった。
「お前には星の見えるところが似合う」
ジララ様はぽつりと呟いて続けた。
「こんなところに居ても腐るだけだ」
僕にはその言葉の意味が分からなかった。だがこの悪夢の原因がもしそうだとしたら。僕の体はとっくに腐りかけていたのかもしれない。だがそれは僕がこの兵舎に居られないことを意味していた。やっと掴んだチャンスを自らの手で離すことになる。そしてジララ様からも離れることになってしまう。スプーンを持つ手に力が入って先端が滑る。
「それでも僕は……ここに居たいです」
本心だった。嘘など何一つついていなかった。だが口から出た言葉は震え、掠れていた。
「そうか……」
ジララ様がそう言うと食堂のベルが鳴った。僕は残ったスープを飲み干してトレーを片付けた。もう一度自分が座っていた席を見ると既にジララ様はいなくなっていた。僕は自室へ帰った。そして窓から夜空を見上げた。僕は驚いた。真っ暗な空に一つ強い光を放つ星があった。まるでジララ様が用意したかのようなタイミングだった。僕は星をじっと見つめる。ジララ様の目のように落ち着いていながらも鋭い光だった。僕はその晩ぐっすり眠れるような気がした。懐かしい日の夢を見て、同時に手放したくない今を抱えて眠りについた。
アサシンの兵舎では嫌な夢ばかり見た。任務の記憶、過去の記憶、あるいは起こってもいないのにありもしない不安に駆られたり散々な夢ばかりを見た。
まるで自分が社会の歯車に組み込まれたような感覚になり、他者から自分を俯瞰的に見ているようなそんな気持ちになった。そうなることを望んでいたはずなのに、いざそうなるとそこから抜け出したいと思う。おかしな話だ。
そして僕はジララ大尉の恐ろしさに伏しながら、何故だか惹かれていく。好きだなどとは決して思えないのに、何故か彼の姿を目で追ってしまう。それが恋であることに、そう時間はかからなかった。
僕は机から離れると窓へ歩いて行った。ここからはいつも真っ暗な空が見えた。星一つ見えない暗い暗い空を見ていると何故だか心が落ち着く気がした。
子供の頃は夜空を見上げて星座を作ったりしたことを思い出す。星と星を繋げて新しい星座を作るのだ。自分だけの星座は日に日に増えて夜空を彩った。だが今の空には星一つ輝いていない。心を埋め尽くす闇のような空に向かって溜め息を吐いた。行き場のない、秘めた思いを一人で抱え続けるのはどんなに苦しいことだろうか。この思いを言葉に出来たならばどれだけ楽だろうかと思う。だがそれは決して許されることのないことだった。
僕は自室を出て食堂へ向かう。食堂は終了時間が近づき、既に人もまばらになっていた。急いで食事のトレーを席まで運び、飲み込むように咀嚼する。すると背後から声をかけられた。低い声が背筋を貫いて肩が跳ね上がった。僕は声のする方を振り返る。ジララ様が僕を見下ろしていた。僕は咄嗟に口の中のものを飲み込んだ。
「今日は遅かったな」
僕は頷く。
「少し、うたたねを……」
恥ずかしさに声が小さくなった。寝過ごして夕食を食べ損ねるなどあってはならないだろう。
「珍しいな」
その声には嫌みも何も含まれて居らず、ただの感想のような調子だった。僕には用もなく話しかけてくる意図が分からず、少し戸惑いながらジララ様の次の言葉を待った。だがジララ様は僕を見ながらも何の言葉も発さなかった。
「あの……」
僕は思わず促すように口を開いた。早く夕食を食べなければ食堂が閉まってしまう。ジララ様は僕の向かい側の席に腰掛けた。そして正面から僕を見た。僕は食事どころではなくなり、ジララ様を見返した。
「食事に集中しろ」
そう言われ慌ててスプーンを動かす。しかしこんなにも見つめられてはとても食事に集中などできない。そもそもジララ様が何故僕の目の前に座ったのかさえ分からないのだから、集中などできるはずがない。そう思いながらも黙々と食事を進めているとようやくジララ様が口を開いた。
「最近夢見はどうだ」
僕はその問いに驚いた。そして驚いたのを見透かしたようにジララ様が続ける。
「悪夢ばかり見る……そうだろう」
赤い目がじっと僕を見た。粘つくような視線だった。僕は少しずつ言葉を紡ぐ。
「兵舎からは星が見えなくて……自分が閉じ込められているような感覚になるんです」
ジララ様は僕の言葉を黙って聞いていた。
「星を繋げて星座を作っていた頃が遠い昔のように感じます」
僕は実家からの窓の眺めを思った。あの空は澄み渡って少し空気が冷たくて、星々が空いっぱいに瞬いていた。鼻から吸い込んだひんやりとした空気が心地良くて、何より楽しかった。
「……なんて、どうでもいいですよね……」
僕は回想から我に返る。つい自分の思い出話を語ってしまった。
「お前には星の見えるところが似合う」
ジララ様はぽつりと呟いて続けた。
「こんなところに居ても腐るだけだ」
僕にはその言葉の意味が分からなかった。だがこの悪夢の原因がもしそうだとしたら。僕の体はとっくに腐りかけていたのかもしれない。だがそれは僕がこの兵舎に居られないことを意味していた。やっと掴んだチャンスを自らの手で離すことになる。そしてジララ様からも離れることになってしまう。スプーンを持つ手に力が入って先端が滑る。
「それでも僕は……ここに居たいです」
本心だった。嘘など何一つついていなかった。だが口から出た言葉は震え、掠れていた。
「そうか……」
ジララ様がそう言うと食堂のベルが鳴った。僕は残ったスープを飲み干してトレーを片付けた。もう一度自分が座っていた席を見ると既にジララ様はいなくなっていた。僕は自室へ帰った。そして窓から夜空を見上げた。僕は驚いた。真っ暗な空に一つ強い光を放つ星があった。まるでジララ様が用意したかのようなタイミングだった。僕は星をじっと見つめる。ジララ様の目のように落ち着いていながらも鋭い光だった。僕はその晩ぐっすり眠れるような気がした。懐かしい日の夢を見て、同時に手放したくない今を抱えて眠りについた。
