即興SS
ジララ様の部屋で僕はワインを飲んでいた。ワインの味はよく分からない。ただ出されたワインをグラスで飲む。そうやって夜を過ごすのが当たり前になっていた。毒の耐性をつけているからか、まずアルコールで酔うことはない。意識を冷静に保ったままワインの味だけを楽しめるのはアサシンの特権かもしれないなと思う。このグラスも高いものなのだろう。鉛が入っているのか強い輝きを放っている。僕は細いステムを掴んでグラスを傾けるとワインの香りを胸に吸い込んだ。
なぜ、ジララ様が僕を部屋に呼ぶのかは分からない。密かに流れている噂ではジララ様は僕を一番気に入っているから、そんな根も葉もないような噂を僕は信用していない。だが、それならば他に理由がない。僕以外を部屋に呼んでいる様子もなさそうだった。
「酒が強くなったな」
ジララ様は僕を見ながら言った。僕たちは横に長いソファに並んで座る。黒のレザーのソファは高価なのだろう。座り心地がいい。だが落ち着かないのは毎晩のことだった。すぐ隣にジララ様が居れば、落ち着くものも落ち着かない。僕はからからに乾いた喉を潤わせるために何杯もワインを飲んだ。
「それは、ジララ様のワインが美味しいので」
僕は自然に嘘をついた。見え透いた嘘だとしても、こうして自分を守ることしかできない。僕は苦し紛れにグラスに触れる。舌が乾いて言葉が出なくなりそうだった。だが、その指はグラスを押した。指の間を滑り、テーブルから床へと落ちていった。その瞬間大きな音を立ててグラスは砕け散った。溢れたワインが飛び散り、グラスはまるで砂のように細かく散った。僕は驚いてその場に立ち上がった。
「も、申し訳ありません……!」
ジララ様は驚きも怒りもせずに僕の手を掴んだ。僕は驚いてジララ様を見た。
「怪我はしてないか」
「……大丈夫、です」
その言葉に驚きのあまり声がひっくり返った。ジララ様はグラスには目もくれず、真っ先に僕の心配をしたのだ。確かに、僕はジララ様にとって商品のようなものだ。僕が怪我をすれば使い物にならなくなる。心配をするのも当然と言えるかもしれない。だがジララ様は僕の手を掴んだ。その意味が僕には分からなかった。
「あの、掃除をしますから、手を……」
僕はジララ様を見て言ったが、ジララ様は手を離そうとしなかった。僕は少し力を入れて手を引っ張ろうとしたがジララ様はそれを阻止した。
「歩くな。怪我をする」
そういうとジララ様は僕の腕を引っ張りソファへと座らせた。ジララ様は右手を前に出すと人差し指を軽く動かした。指先から伸びる赤い糸が床に落ちたガラスの破片を絡め取っていく。やがて小さな塊になるとジララ様はその破片を手元へ引き寄せ、テーブルに置いた。
「……すみません」
「怪我をさせるわけにはいかない」
ジララ様はそう言って右手から糸を切り離した。昔小さなガラスの破片を踏んだことがある。爪の先ほどもないような欠片だったというのに、足の裏に激痛が走った。
「ですが、グラスが……」
「お前の身の方が大事だ」
ジララ様はそうきっぱりと言い放った。
「俺はお前に怪我などして欲しくない」
どうしてそんなことを言うのか僕には分からない。僕がアサシンだからなのか、それともアサシンの僕ではなくただ″僕に″怪我をして欲しくないのか。だとしたら、どうしてそう思うのだろうか。頭の中が疑問では溢れそうになった。
「グラスはいくらでも換えが効く。だがお前は他にいない」
「優秀なアサシンならいくらでも」
「ゼロロ」
ジララ様は僕の言葉を遮った。そしてゆっくりと首を振った。アサシンは星の数ほど居れど、僕は、ゼロロはこの世に一人しかいない。どんなにクローンを作ろうと本物の僕はたった一人だ。グラスのように粉々に砕ければそれでお終い。そんな存在だ。ジララ様はアサシンではなく、人として僕を見ている。その事実に驚いて僕は両手を握り締めた。嬉しさが湧き上がって、胸の奥が熱くなる。噂はあながち嘘ではないのかもしれない。自惚れるつもりはないが、少しだけ信じたくなった。僕は目を閉じて息を吸う。興奮が少し落ち着いた。
「今度の休みに新しいグラスを買ってきます」
「……ほう」
僕はブランドの店を思い浮かべた。ジララ様の好みはよく知らないが、少しでもいいものを買おうと思った。よく透き通ったキラキラしたグラス。鉛がたっぷり入った、割れると粉々になるグラスを。
なぜ、ジララ様が僕を部屋に呼ぶのかは分からない。密かに流れている噂ではジララ様は僕を一番気に入っているから、そんな根も葉もないような噂を僕は信用していない。だが、それならば他に理由がない。僕以外を部屋に呼んでいる様子もなさそうだった。
「酒が強くなったな」
ジララ様は僕を見ながら言った。僕たちは横に長いソファに並んで座る。黒のレザーのソファは高価なのだろう。座り心地がいい。だが落ち着かないのは毎晩のことだった。すぐ隣にジララ様が居れば、落ち着くものも落ち着かない。僕はからからに乾いた喉を潤わせるために何杯もワインを飲んだ。
「それは、ジララ様のワインが美味しいので」
僕は自然に嘘をついた。見え透いた嘘だとしても、こうして自分を守ることしかできない。僕は苦し紛れにグラスに触れる。舌が乾いて言葉が出なくなりそうだった。だが、その指はグラスを押した。指の間を滑り、テーブルから床へと落ちていった。その瞬間大きな音を立ててグラスは砕け散った。溢れたワインが飛び散り、グラスはまるで砂のように細かく散った。僕は驚いてその場に立ち上がった。
「も、申し訳ありません……!」
ジララ様は驚きも怒りもせずに僕の手を掴んだ。僕は驚いてジララ様を見た。
「怪我はしてないか」
「……大丈夫、です」
その言葉に驚きのあまり声がひっくり返った。ジララ様はグラスには目もくれず、真っ先に僕の心配をしたのだ。確かに、僕はジララ様にとって商品のようなものだ。僕が怪我をすれば使い物にならなくなる。心配をするのも当然と言えるかもしれない。だがジララ様は僕の手を掴んだ。その意味が僕には分からなかった。
「あの、掃除をしますから、手を……」
僕はジララ様を見て言ったが、ジララ様は手を離そうとしなかった。僕は少し力を入れて手を引っ張ろうとしたがジララ様はそれを阻止した。
「歩くな。怪我をする」
そういうとジララ様は僕の腕を引っ張りソファへと座らせた。ジララ様は右手を前に出すと人差し指を軽く動かした。指先から伸びる赤い糸が床に落ちたガラスの破片を絡め取っていく。やがて小さな塊になるとジララ様はその破片を手元へ引き寄せ、テーブルに置いた。
「……すみません」
「怪我をさせるわけにはいかない」
ジララ様はそう言って右手から糸を切り離した。昔小さなガラスの破片を踏んだことがある。爪の先ほどもないような欠片だったというのに、足の裏に激痛が走った。
「ですが、グラスが……」
「お前の身の方が大事だ」
ジララ様はそうきっぱりと言い放った。
「俺はお前に怪我などして欲しくない」
どうしてそんなことを言うのか僕には分からない。僕がアサシンだからなのか、それともアサシンの僕ではなくただ″僕に″怪我をして欲しくないのか。だとしたら、どうしてそう思うのだろうか。頭の中が疑問では溢れそうになった。
「グラスはいくらでも換えが効く。だがお前は他にいない」
「優秀なアサシンならいくらでも」
「ゼロロ」
ジララ様は僕の言葉を遮った。そしてゆっくりと首を振った。アサシンは星の数ほど居れど、僕は、ゼロロはこの世に一人しかいない。どんなにクローンを作ろうと本物の僕はたった一人だ。グラスのように粉々に砕ければそれでお終い。そんな存在だ。ジララ様はアサシンではなく、人として僕を見ている。その事実に驚いて僕は両手を握り締めた。嬉しさが湧き上がって、胸の奥が熱くなる。噂はあながち嘘ではないのかもしれない。自惚れるつもりはないが、少しだけ信じたくなった。僕は目を閉じて息を吸う。興奮が少し落ち着いた。
「今度の休みに新しいグラスを買ってきます」
「……ほう」
僕はブランドの店を思い浮かべた。ジララ様の好みはよく知らないが、少しでもいいものを買おうと思った。よく透き通ったキラキラしたグラス。鉛がたっぷり入った、割れると粉々になるグラスを。
