長め

 体を這う金属の手の冷たさはいつまで経っても慣れない。ジララ様に愛されながら頭の片隅でぼんやりと考える。僕は一人行き場のない愛憎の狭間に居た。
 僕の初めてのキスの相手はジララ様だった。勿論、それ以上のことも全てジララ様によって知った。優しく体を抱かれて頭を撫でられれば意識が朦朧として何も考えられなくなる。何も考えなくて済むのなら全てを投げ出してしまいたかった。僕がジララ様に抱かれるのは自分の意志ではない。ただジララ様に求められるがままになっていると、そう思いたい。本当に嫌なら断ればいい。そうも考えた。だが上官命令でもなくあの目に見つめられると断ることなどできなくなってしまう。僕を求めてくれるのならば僕は自分を差し出す。ジララ様は満足そうに僕のマスクを外して指で唇の形をなぞる。
 こんなに人に愛されたのは初めてだった。だというのに体は言うことを聞かずジララ様の部屋に呼ばれるたびに拒否したいと思う。愛されることの喜びを知ったというのになぜか同時に離れたいとも思う。ジララ様は僕の唇にキスを落として満足そうな顔をした。呼ばれるがままに訪れるこの部屋が憎くてたまらない。柔らかく大きなベッドも部屋に漂うコーヒーの匂いも、ジララ様に結びつく全てを僕は軽蔑した。ジララ様の手が僕の肌を撫で、体に熱がこもっていく。愛おしい相手だからこそしたい行為と捉えればそれは喜ばしいことなのだ。それでも僕は今すぐこの場から逃げ出したい。肌を撫でる手を振り払って部屋を出たい。だが体が動かない。まるで蜘蛛の巣に捕らわれたかのようにされるがままになってしまう。ジララ様は軽々と僕を抱き上げるとベッドへ横たわらせる。直に触れる唇が温かい。冷たい手は下へ下へ滑り落とされる。僕の体は熱く火照ってジララ様の気分を昂らせた。
 なぜ身を委ねてしまうのか。いくら考えても分からなかった。ベッドの上の気だるい雰囲気の中でジララ様を見つめながら考えた。毎晩悶々と僕の思考を支配した。また明日も呼ばれるのだろうと覚悟している。こんなにも自分を求めてくれているのに僕は素直に喜べないことに後ろめたさを感じていた。ジララ様がそのことに気がついたらどう思うだろうか。僕を侮蔑するだろうか。心のないままに抱かれることはいけないことだろうか。罪悪感から胸が痛んだ。ジララ様は僕の体に腕を回す。愛おしむような優しさが痛い。僕はあなたを好いていない。そうはっきりと告げたらどんな顔をするのだろうか。ジララ様は僕を見て口を開く。
「明日も来てくれるか」
 低い声に僕は反射的に頷いた。そしてすぐ後悔に襲われた。いつも部屋のドアを開ける手が震えるのだ。この歪んだ関係を絶ちたい。赤い目が僕を見て頭を撫でた。その途端脳まで侵される甘さが僕を蝕む。本当にこうされることが嫌なのか分からなくなる。僕はジララ様の体に腕を回して優しく抱き返した。密着する体が熱く溶け合う。触れ合った部位が疼く。僕の体がジララ様を求めていた。まるで心と体が別々に作用しているようだった。自分が自分でなくなるような怖さを感じた。
 ジララ様の部屋を出るとやっと自分に戻ったような気分になった。もう二度とこの部屋を訪れたくない。自分という自分が全て流されてしまう。だがいかに自分が愛されているかを知ると胸が満たされた。こんなにも自分を求めてくれる人がいるのだと愛おしさが芽生えてしまった。あの手に撫でられたい、優しく抱かれたい。あれほどに強い愛情を感じられることは他にはない。強い刺激に慣れた体は無意識にジララ様を求めた。自分でもどうしたいのか分からなかった。この感情に名前を付けるなら紛れもなく愛憎だろう。僕はジララ様を愛しながら憎んだ。そして明日もまたこの部屋を訪ねるのだろう。抱かれに行くという浅い目的が情けなく胸を締め付ける。抱かれている時だけ愛を感じられるのだ。誰からも向けられたことのない重たい愛情に僕は溺れている。溺れて溺れてそのまま深いところまで行ってしまった。もう抜け出せない。きつく縛られた心が僕を支配する。僕は自らジララ様を求める。気が付けば愛しいジララ様に抱かれることが僕にとって何よりの喜びになっていたのだった。
 愛していると告げたならジララ様はどんな顔をするだろう。どんな顔をして僕を抱きしめ、そして頭を撫でるだろう。いつもより優しいキスをして僕の名前を呼ぶだろうか。その時僕は嬉しいのだろうか。煮え切らない心の奥底が沸々と音を立てる。やはり、憎い。愛憎を天秤にかけたなら同時の重さになるくらい、ジララ様が愛おしく、憎い。
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