長め

 モノクロの世界に色がつくようにジララ様が一際鮮やかに見えた。あの方は僕の希望だ。この荒んだ部隊でただ唯一の生きる希望だった。絶対に生き抜いてやると誓ったのは全て恐ろしくも輝かしい、あの方に近付くためだった。だというのにあの方はあろうことか自分から僕を遠ざけた。。
「これからは一般兵としてその技術を役立てるがよい…」
 そう言われた時崖の上から突き落とされるような気持ちになった。罪を犯したというのならどんな罰でも受ける。僕はジララ様に懇願した。だが除隊は決定されたことで理解が追いつかないままジララ様の命令のままにX1を去った。僕がアサシンとしていられない理由が何なのか明確に分からないままだった。僕は荷物をまとめると兵舎を後にした。冷たいコンクリートの造りがよりジララ様との別れを辛いものにさせた。
 僕はこれからどうなるのだろう。どうしたらいいのだろう。そもそもどうしたいのだろう。それすらも分からないほど僕の全てがジララ様のもとにあった。自分でも驚くほどジララ様が主軸となって行動の全てを司っていた。そこに自分の意志はなくジララ様の命令によって動いていただけだったのだと気付かされる。僕の胸の中は突如積み上げられていた大切な感情のブロックが崩されていくようだった。
 実家に帰るのは久しぶりだった。帰省シーズンにもあえて帰らない決断を下していた。家族に会ったらアサシンとしての覚悟が薄れる気がしたからだった。僕はインターホンを鳴らすとママが驚いた顔をしてドアを開けた。
「どうしたのゼロロ」
 動揺した甲高い声が耳に突き刺さって痛い。今は状況を説明するよりもとにかく一人になりたかった。僕はママを遮って自室にこもると白い便箋にジララ様に宛てた手紙を書いた。一文字一文字を丁寧に感情の赴くままに書いた。
 僕はあなたのおっしゃるとおり一般兵として生きていくつもりです。けれど本音を言えばもう少しあなたの部隊にいたかった。僕はあなたを尊敬しています。あなたほど素晴らしいアサシンはこの宇宙を探してもいらっしゃらないことでしょう。
 そしてもう一つお伝えしたいことがあります。僕はあなたを慕っていました。これはつまり恋愛に似た気持ちです。あなたのお側にいたい。ただそれだけの気持ちです。ですがあなたはそれを許してはくださらなかった。その理由は今も僕には分かりません。アサシンの闇というものが分からないのなら僕はこれ以上アサシンとして生きていくのは難しいのでしょう。あなたの下した判断に異論はありません。僕は一般兵として生きていきます。ジララ様のご武運をお祈り致します。
 力がこもりすぎてペンが折れた。言葉にしてみても自分の気持ちに整理がつかなかった。どうして僕はジララ様の側にいられないのだろう。ジララ様の命令なら何だってする。だから側にいさせてほしかった。浅い願いだった。手紙は破いてゴミ箱に捨てた。その日はなかなか寝付けず結局ほとんど眠れなかった。
 目が覚めると懐かしい部屋にいた。そうだ、僕はもうアサシンではない。ジララ様がいなくとも当たり前に時間は過ぎた。まるで僕だけが世界に取り残されている感覚に陥った。カーテンを開けると空はいつもと変わらず青い。清々しいほどの快晴が却って僕の胸を痛めた。自室を出てリビングへ行くとママがパンと温かいスープを出してくれたが味がしなかった。食事をしたというのに僕の体は冷えてたまらない。手足が氷のように冷たく震える。頭の中は今もジララ様のことでいっぱいだった。そしてあの方の言う「闇」の意味を問い続けた。
「アサシンの闇は想像のはてよりも深いのだ」
 その言葉が頭の中で木霊し続けた。ジララ様のおっしゃる闇が僕には分からない。幼少期より抱えた小さな闇。いじめられたこと、仲間外れにされたこと、忘れられたこと。存在感の薄さからいつも辛いを思いをしてきた。僕がアサシンになれたのはケロロ君のおかげであり、ケロロ君のせいでもあった。心に眠る数々のトラウマが僕の闇を作った。だが、それでは足りない。圧倒的な闇がジララ様を支配しているのだった。まるで燃えたぎるような漆黒の炎があの方の背後で揺れている。僕にその闇があるだろうか。
「覚えているか、トップになれなかった貴殿のうしろにいた者たちの事を」
 僕はナンバーワンとして突っ走ってきた。だからこそ、背後にある闇を見ることはなかった。一番になりたくてもなれない、その悔しさ。あいつだけには負けられないとむきになったことがあっただろうか。常に一番でいたい。背後から逃げ切って来た僕は彼らの闇を知らない。一番になればジララ様は僕を見てくださると思っていたというのに、現実は違った。
「記憶にも記憶にも残らず闇に消える…それこそがアサシンたる真の境地…!」
 頭が痛む。ジララ様の言葉の意図が分かったとき、僕はどうすることもできなかった。どうしたらジララ様のお側にいられたのだろう。僕が除隊されるのは時間の問題であり、運命(さだめ)だ。僕とジララ様は同じ時間を共有することを許されていなかった。ジララ様に優しくされたことやしゃがれた低い声、その他にも様々な思い出が頭の中を駆け巡った。覚えるのは簡単なのに忘れるのはどうしてこうも難しいのだろうか。まだ瑞々しい思い出もいつか忘れる日が来るのだろうか。色褪せた思い出に白い靄がかかってぼやけていくように、断片的な記憶を抱えて生きていくのだろうか。僕は必死に手を伸ばしてどうか忘れないでくれと願う。僕に残されたのは有限な時間と圧倒的な喪失感だけだった。

 荷物をまとめて兵舎を出るゼロロを見た。ゼロロは綺麗な敬礼をして去っていった。最後までそういう男だった。致命的に優しすぎる。ゼロロに足りない闇と、その優しさがゼロロを滅ぼしていく。これ以上部隊に属していても時間の無駄だと思った。だから俺は潔くゼロロを遠ざけた。俺の心に残った一握りの優しさがゼロロを遠ざけたのだ。ゼロロは俺と居てはならない。俺と居れば居るほどに朽ちて腐っていく。そういう奴だった。自分を厳しく律している割に甘いところがある。それは心の優しさだ。生まれ持った優しさをゼロロは捨てられなかった。また満たされずに育ったのか俺が褒めるとゼロロは嬉しそうに目を瞬かせた。裕福な出たと聞いていたが幼少期の経験からか、ゼロロはそういう事がよくあった。優しいゼロロははっきり言ってアサシンには向いていない。何故ゼロロがアサシントップの座に君臨したのか今でも分からなかった。何がゼロロをそこまで震え上がらせるのか。
 そして一つ思うことがあった。憶測に過ぎないがゼロロは恐らく俺を好きだった。恋愛としてか上官としては定かではないが好意を持っていることは確実だった。ゼロロは俺と話すと柔らかい空気を纏った。澄んだ風のような清々しさにほんの僅かな湿っぽさを感じ取れた。それは歳上に対する憧れを恋だと勘違いしているだけかもしれない。どちらにせよ俺を好きならば尚更、この部隊には居させられない。口うるさく感情を捨てるように言い続けようがゼロロは決して感情を捨てなかった。それどころか俺に好意を抱いた。これは罪である。
 ゼロロが去っても部隊の様子は変わらなかった。アサシンの部隊では人数が減ることは珍しくなかった。ただ、いつものように点呼を取る際にゼロロの声が聞こえないことに違和感を覚えた。
 俺の体がゼロロを欲していることに気が付いたのは他にもあった。
「ゼロロはどこだ」
「ジララ様、ゼロロ二等兵は除隊しております」
 俺の中に当たり前にいたゼロロが突然居なくなったことで多大な影響を与えていた。何かがすっぽりと抜け落ちたようにゼロロの存在を意識した。
 俺は自室で椅子に座り考えた。ゼロロには一般兵への道を提案した。それがゼロロの為になると思ったからだ。だがそれはゼロロが壊れるよりも先にアサシンを辞めさせたいというのが本音だった。ある日突然取り乱し壊れる者を何度も見た。ゼロロがそうならない為に、俺なりの優しさのつもりだった。俺は書類からゼロロの経歴書を取り出す。右上に貼られた顔写真が最早懐かしく感じられた。俺は人差し指で触れた。ゼロロに名前を呼ばれたような気がした。
 机に置いたワインを煽り窓の外を見た。青い空は初めてゼロロを見た時と似ていた。指の先までしっかりと伸ばした綺麗な敬礼は去る時まで変わらなかった。もう居ないというのに俺は気が付けばゼロロのことばかり考えていた。もう一度ワインを飲んで頭からゼロロを振り払った。俺は酷い喪失感に襲われている。そしてゼロロを求めている。これはつまり俺もゼロロに好意を持っていたということになる。俺は溜め息を吐いた。ワイン程度では酔えるはずがなかった。俺は再びゼロロの写真を見る。指で撫でて名前を呼んだ。こうでもしなければ俺が取り乱しかねないと思った。ゼロロへの意識が強くなればなるほど、俺が乱される。長く隊長としてやって来たが今までこのようなことはなかった。こんなにもゼロロの存在が俺を支配していたことを知った。
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