その他

 実体化ペンを指の背でくるくると回す。ぼんやりと考えるのはいつだってドロロのことだった。先生の声が遠くでラジオのように聞こえてくる。教室から窓を眺めると外は綺麗な青空だった。そう、それはまるでドロロの瞳の色。瞬きをすると長いまつげが揺れて青い目が覗く。なんて綺麗な目をしているのだろうと初めて見たときは驚いた。いや、何度見ても慣れない。つくづく綺麗だなと感じるだけだ。
 俺は机の下でそっと携帯を取り出した。周りを伺いながらドロロにメールを打つ。
 今から会えない?
 送信中の文字が出て俺は黒板を見た。先生は俺が携帯を触っていることに気が付いていない様子だった。あとはドロロからの返信を待つだけ。期待に胸を躍らせながら退屈な授業を受けた。
 だがいくら待ってもドロロから返信は来なかった。そろそろメールに気付いてもいい頃合いだというのに。俺はもう一度ドロロにメールをした。
 今どこにいるの?
 結局次の授業が終わってもドロロから返信はなかった。頭の中はドロロのことでいっぱいになり、何も手に着かない。昼休みに俺は学校を出た。と、その時携帯が鳴った。俺は慌ててメールを確認する。
 サボりはいけないでござるよ。
 その言葉に思わず周りを見回した。ドロロは近くにいる。再び携帯が鳴る。
 学校が終わったらまた連絡して欲しいでござる。
 どこだ、周囲を見てもドロロはいない。強力なアンチバリアでも使っているのか。
 今昼休みだから少し会えない?
 携帯が鳴る。俺はメールを見てポケットから実体化ペンを取り出した。そしてメモ帳に紙飛行機を描くと空に向かって投げた。ポン、と生まれた紙飛行機に飛び乗ると風に乗って屋上へ上がった。
 屋上には生徒はいなかった。と言うのも鍵がかかっていて本来は辿り着くことができない。だがドロロにはそのくらい朝飯前だ。俺にも実体化ペンがある。俺は紙飛行機から降りると、ドロロへゆっくりと歩み寄る。
「屋上は立ち入り禁止でござろう」
「それ、ドロロが言う?」
 ドロロは屋上から下を指差した。そこには校庭に植えられた桜の木が何本も続いていた。なかなか上から桜を見ることはない。
「このために俺を屋上に呼んだの?」
 ドロロは何も言わない。ただ黙って桜を見ていた。桜の季節は短い。花が好きなドロロなら尚更そう思うだろう。実体化ペンがあれば一年中花見だってできる。だがドロロはそれを嫌がるだろう。春に見る桜がいいのだと強く説得されそうだ。俺はその場に腰を下ろす。春の風が心地よく吹いていた。
「昼食は?」
 俺はごろりと寝転ぶ。まーだ。そう言って空を見上げた。と、視界にドロロが映り込んだ。空と同じ青い目。美しさに吸い込まれそうになるのを自制する。
「このまま昼寝しよっかな」
「ダメでござる」
 ドロロはぴしゃりと言い放った。
「ちゃんと午後の授業を受けて……」
 俺は口布の上からドロロの口に触れると言葉が止まった。
「睦実君」
 ドロロは至って真剣な大人の顔をして言った。子供の悪ふさげくらいに思っているのだろうか。このまま口布を引き下ろして顔を見たい。直接唇に触れたい。そしてそのまま……。
「大人をからかうものじゃないでござるよ」
 ドロロは柔らかくもそう言って俺の腕を掴んで下ろした。
「……冗談じゃなかったらどうする?」
 思わず口をついて出た言葉に自分の心臓が跳ねる。珍しいくらいのドロロの驚いた顔。沈黙に風の音だけが聞こえた。俺はドロロの腕を掴む。まさかこの状況で逃がすわけにはいかない。ドロロは少し困ったような顔をして俺を見た。
「本気なんだけどな」
 ドロロの長い髪が風で揺れる。青い髪にだって本当は触れたい。俺は体を起こしてドロロを見つめた。
「……放課後、日向家の屋根で将棋」
 ドロロはチラリと俺を見た。
「で、いいでござるか?」
 その目が少しだけで照れたように色付いていたのを俺は見逃さなかった。ポーカーフェイスのドロロが動揺を隠せないのは珍しい。完全に嫌がっているわけではないのだろう。だったら、その代替案は何のために? 聞きたい気持ちをぐっとこらえて頷く。
「しからば御免!」
 ドロロは背を向けると遠くの木を渡って地面へ降りていった。あっという間に見えなくなる姿に、俺はゆっくりと息を吐く。妙に緊張して手が汗ばんでいた。放課後、将棋の予定が入ったはいいものの、どんな顔をしてドロロと会えばいいのか分からない。調子を狂わされて頭を抱えかきむしった。大人はずるい。俺はポケットから携帯を取り出して屋上からの桜の写真を撮った。
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