ゾルドロ

 目の前で照れくさそうに笑うゼロロは果たして本物のゼロロなのだろうか。昔から変わらない温和な笑顔。少しだけ気が弱く、俺の顔色を伺うように探る仕草も全てがゼロロを構成するものだというのに、俺はそれが信じられなかった。
 ゼロロの帽子が風に揺れる。地球に来て「ドロロ」などと名乗ったこいつは俺に言った。
「好意を抱くのは迷惑でござろうか」
 古風な言葉遣いでそう言うと、ちらりと俺を見た。返事を待っている目は不安気だった。俺は察した。これはつまりは告白なのだと。何故、ゼロロが俺を好くのかは分からない。ましてや俺が何百年も追い続けてきたゼロロの方から思いを告げるなど、まるで現実味がなかった。俺は首を振った。迷惑ではない。その逆だ。俺だって、ずっと昔から、そう口から出そうになった。
 ふわりとなびく帽子が綺麗で見惚れていた。「ゾルル殿」と名前を呼ばれゼロロは俺に身を寄せた。触れ合ってもいないのに体が熱くなった。心臓が激しく脈打ち、自制できない。任務でもこんなに緊張することはなかった。俺はゼロロに触れようと手を伸ばした。だがずっと夢を見ている感覚に陥っていた。手を伸ばしてもゼロロは遠くにいるような気がした。そんな夢をもう数え切れないほど見てきた。だがゼロロは俺の手を掴んだ。確かに体温を感じる皮膚は紛れもなくゼロロのものだった。
「冷たいでござるな」
 ゼロロはそう言って笑った。金属の腕だから冷たくて当然だ。俺は反対の手でゼロロの手に触れた。まるで壊れ物を扱うように丁寧に指先で触れた。柔らかい感触に驚きながらそのまま手のひらでゼロロの手を握り込んだ。少しでも力を入れたら崩れてしまうような気がした。手の届く距離どころか、俺はゼロロに触れている。何とも居心地が悪く不思議に思えた。
 俺は至近距離でゼロロの顔を見た。口布で半分隠れていても分かる端正な顔。その素顔を見てみたいとどれだけ願ったことだろう。
「……顔が、見たい」
 そう呟くとゼロロは少し戸惑って目を泳がせた。そして決心したように俺から手を離すと口布に手をかけた。
「少しだけでござるよ」
 そしてはらりと口布が外された瞬間、その唇は俺の唇に触れていた。いや、厳密には包帯越しの唇に触れていた。
「……」
 あまりの速さに素顔を見ることなどできずただ呆然とゼロロを見つめた。ゼロロは口布を戻すと「ゾルル君の番でござるよ」と言った。俺は言われるがままに包帯を引っ張り顔を晒した。俺はゼロロと違ってアサシンになる前はマスクを付けて生活をしていなかったため素顔を晒すことに抵抗はなかった。ゼロロだって幼年時代に俺の顔を見たことはある。珍しいものでもないだろう。だがゼロロは嬉しそうに俺の唇に触れた。指先でそっと唇の形をなぞる。
「ふふ」
 そして満足そうに笑った。俺もゼロロの真似をして口布の上からゼロロの唇に触れた。ゼロロは驚いて目を丸くしたが、なすがままになっていた。ゆっくりとなぞると指先越しに熱を感じられた。じっと見つめるゼロロの瞳が色気を帯びていて俺は思わず口布を下ろした。
「わっ!」
 ゼロロが抵抗するよりも先に俺はその唇に自分の唇を押し付けた。逃げられないように肩を抱くと、ゼロロの呼吸、吐息、匂い、全てが情報として五感を刺激した。今までに感じたことのない幸福感だった。胸の中が甘いもので満たされて離れられないと言わんばかりに何度も唇を重ねた。
 ようやく俺が顔を離すとゼロロは息を乱していた。その頬は薄っすらと赤く、思わず妙な気を起こしそうになった。
「君って結構積極的なんだね」
 ゼロロは俺から目線を逸らしながら言った。その口調は余裕がなさそうに昔のゼロロの口調に戻っていた。ゼロロは俺の頬に手を置いた。
「好きにしていいよって言ったら君はどうする?」
 期待に満ちた目が俺を射すくめる。答えは一つしかないというのに突然目眩がして視界が歪んだ。これは本当に夢ではないのだろうか、ゼロロに触れてもなおそんなことを思う。俺は頬に置かれたゼロロの手を掴む。ゼロロが壊れないようにできる限り優しく。
「……ゼロロ」
 名前を呼ぶ声が上擦った。ゼロロは俺に体を預けた。その重みが、熱が、夢ではないことを告げていた。俺の名前を呼ぶ声が耳に流れ込む。今まで聞いたゼロロの声の中で一番甘く優しい声だった。
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