ゾルドロ

 地球の平和のため。街をパトロールするのはドロロの日課だった。小雪と手分けして街全体を見て回る。何かあればすぐさま駆け付ける。投げつけた手裏剣は数知れず。意外にも地球の治安は悪い。というのも他の宇宙人によるものが大半だったが、それでもドロロはそれを許さない。相手が誰であろうが平和を乱すものには容赦なく制裁を下した。
 ドロロは今日も電柱の上で街を見下ろす。夜は雨が降っていたから地面が濡れている。朝にはすっかり晴れて気持ちのいい青空になっていた。地上を歩く子供が空を見上げる。
「お母さん、虹が出てるよ」
 そう言って上空を指さした。隣の母親は空を見上げる。
「本当ね。綺麗だわ」
 ドロロも釣られて空を見た。そこには見事なアーチを描いた虹が鮮やかにかかっていた。
「お父さんにも見せたかったなぁ」
「今頃見てるんじゃないかしら?」
 ドロロはふと思う。この虹を誰と共有したいか。そう考え、一番最初に頭に浮かんだのはなぜかゾルル兵長の姿だった。本星で虹を見ることはできない。ましてや地球と同じ空を共有するなど。だからなのか、意外な人物がドロロの頭を覆い尽くす。赤橙黄緑青藍紫、どの色にも当てはまらない灰色の体。薄曇りの空のような色。ドロロは胸に手を当てる。なるべく考えたくないというのが本音だった。ゾルルは昔からドロロの背を追ってばかりいた。気が付けばいつもそばにいた。だがドロロが名を呼んだことなど一度もない。しゃがれた声が耳に響く。「ゼロロ……」。ゆっくりと声が口元の包帯をすり抜けて行く。ドロロは我に返る。あの親子はもう去っていた。
「ドロロー! こっちは異常なしだよ」
 遠くから小雪が飛んできた。ドロロの乗った電柱へ飛び乗ると腰を曲げて顔をのぞき込む。
「また何か考えてるの? お友達のこと?」
「い、いや、なんでもないでござる」
 ドロロは必死に誤魔化そうとするがゾルルの姿が頭から離れない。
「それより見てよドロロ、虹が出てるんだよ」
 小雪はそう言って空を見た。
「夏美さんも今頃見てるかなぁ〜」
 やはり、虹を見ると誰かを思うものなのだろうか。ドロロの胸がぎゅうと締め付けられた。彼はドロロ自身が思うよりも大きな存在になっていた。あどけない横顔が鉄の体になった時のことをよく覚えている。破れた軍帽の裾。尖った指先。自分を見つめる赤い瞳。
「ありゃ、もう消えちゃうね」
 虹はすでに消えかかっていた。薄っすらと残った鮮やかさが水色に取り込まれそうになっている。
「ところでなんで虹って七色なんだろう?」
「水蒸気が反射してそう見えるのでござるよ」
「へぇ〜、物知りだね」
「上から、赤橙黄緑青藍紫……」
 ドロロがそう呟いた時、虹は消えていた。
「拙者の方も異常なしでござった」
 ドロロはゾルルを振り払うように笑う。
「よーし、今日も平和だ〜」
 小雪は伸びをした。帰ったら洗濯をして、それから食事の準備がある。そうして予定を詰め込んでドロロは頭の中からゾルルを消すことに徹した。だが遠くにある灰色の雲を見るとやはり彼のことを思い出すのだった。
2/8ページ
スキ