ゾルドロ

 ドロロの住んでいる地球の家は質素だった。木造の古臭い家で何故このようなところで暮らしているのかゾルルには分からなかった。
 明日地球に行くとゾルルから連絡があった。ドロロの受信機が音を立てる。ゾルルに会うのは久々だった。ドロロが地球に来てからは会う回数はめっきり減ってしまったが、二人の関係は細く長く続いている。
 ゾルルが引き戸を開けるとドロロは居間に座っていた。
「小娘は……?」
「今は学校でござる」
 小娘、小雪のいない時間は気兼ねなくゾルルが居座ることができる。ゾルルは家に上がるとドロロは湯呑みを出してもてなした。温かい緑茶は体に染み渡る。ゾルルの冷たい金属の腕が湯呑みを通してみるみる温まっていく。
 ゾルルがわざわざ地球に来たのは言うまでもない、ドロロに会うためだった。それも家へ。いつもなら宇宙人街で待ち合わせるのに、とドロロは不思議に思っていた。
「なにゆえ拙宅へ?」
「なんとなく、だ……」
 ゾルルはそう答える。その言葉通りなんとなく、だったのだ。ドロロの家を訪ねたことはあるが質素だという感想くらいしか浮かばない。それでもなぜか居心地が良かった。それはドロロがいるからなのか、はたまた別の理由からなのか。ゾルルの円座の上のあぐらが動きたくないと思う。
「ゆっくりなされよ」
 ドロロはにこやかに言う。穏やかで棘のない口調。あの頃散々毒を吐かれたというのに、すっかりおとなしくなったものだとゾルルは内心思う。地球に来てからドロロは忍者らしくなった。ゾルルは忍者に詳しくはないものの、忍者が普通の地球人とは違うことくらいは知っている。その忍者の技を会得して強さを増したのか、それとも。
 ふと窓際に飾られた小瓶が目に入った。黄色く丸い花が一輪活けられていた。
「たんぽぽでござる。この辺りに自生しているのでござるよ。可愛らしいでござろう?」
 ドロロの目がたんぽぽに向けられた。
「フン、平和ボケか……」
 ゾルルは呆れてたんぽぽから目を逸らした。
「あれ、お気に召さないでござるか……?」
 ドロロは慌てたようにゾルルの目線を追う。そして分かりやすく肩を落とした。このたんぽぽはゾルルが来ると知って活けたものだったのだ。ゾルルは薄々察するともう一度たんぽぽへ目を向ける。
「花を、愛してどうする……」
 ゾルルの口がゆっくりと開く。ドロロは丸い目をぱちりと瞬かせる。そして笑う。
「綺麗なものを見ていると心が満たされよう」
 その目は静かに語る。澄んだ水色が空のように広がっていくのをゾルルは見た。ゾルルはその目が自分に向けられるのが申し訳ないような気がした。汚してはいけない、ひどく潔癖的なものに見えた。
 ドロロの手がゾルルの指先に触れた。生身の右手。ゾルルの手が震えて引っ込もうとするのをドロロは掴む。
「逃げないで」
 ドロロの目がゾルルの目を捕らえる。なぜだろう、逃げられない。射止められたかのようにゾルルはその目を離せなかった。
「ゾルル殿の瞳は、美しいでござるな」
 細められた水色の目が眩しい。ゾルルはそっと目を閉じた。
 右手で湯呑みを持つと緑茶はすでに冷めていた。ゾルルはそれを一気に煽る。喉を通る茶が冷たく体を冷やした。ゾルルが目を開けるとドロロはその様子を見ていて、繋いでいた手を離すと急須を手に取る。湯飲みに注がれた新しい緑茶は白い湯気を立てた。
「美しいと思うことは、いけないのでござろうか」
 ドロロが湯気を見ながら口を開いた。
「それは、貴様の勝手だ……」
 ゾルルがそう言うとドロロは両手を伸ばし、ゾルルの両手を包みこんだ。ゾルルは目を逸らす。するとあの花が目に入った。
「お土産に如何か」
「いらん……」
 ドロロはくすくすと笑った。ゾルルは包まれた手に安心感を覚えた。ずっと前から知っているこの手が今日はやけに優しく感じられた。
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