ゾルゼロ
朝礼でゼロロが倒れた。ゼロロはゾルルの目の前に立っていた。突然のことにゾルルはゼロロを抱きとめる。そして数人で保健室へ連れて行った。こうして保健室へ連れて行くのは初めてではない。いつものことだと誰も気に留めてはいなかったがゾルルはゼロロが心配だった。
ゾルルは授業の合間を縫ってゼロロの様子を見に保健室に来た。保健室の先生は出払っていてゼロロ以外の人はいなかった。
「……ゼロロ」
小さな声が保健室に響く。返事はない。ゾルルはそっとベッドを囲うカーテンを開ける。白い布団にくるまってゼロロは眠りについていた。静かな寝姿にゾルルは思わず息を潜める。初めて見た寝顔は健やかで幸せそうだった。起こしてはいけないと思いながらゾルルはその顔を見るのをやめられない。間近で顔をのぞき込んでまじまじと寝息まで感じようとした。ふとゼロロがマスクの中で不明瞭な寝言を発した。聞き取れないもどかしさが余計夢の内容を思わせる。
「どんな夢を、見てるの……?」
ゾルルはゼロロに話しかけた。ゼロロには届かない消え入りそうな小さな声だった。
テーブルに置かれた花瓶には白い花が活けられていた。前にゼロロを連れてきた時には硬く閉じていた蕾が、今ではやわらかく咲きかけていた。
ゾルルは壁にかけられた時計に目をやる。次の授業まで時間がない。見つめていたゼロロから離れる。そしてカーテンを静かに閉めると足音を立てないように歩いた。保健室を出ていくと入れ違いになったように先生が入ってきた。
「ゼロロくん、調子はどう?」
先生はカーテンを開ける。ゼロロはその声に目を覚ました。
「あれ、ぼく……」
「朝礼で倒れたの。運んできたお友達がさっき来てくれてたわよ」
ゼロロはお友達という言葉に覚えがあった。確か前に保健室に運んでくれたのも灰色の肌をしたあの子だった。物静かであまり話したことはない。だがそれよりもゼロロは何か幸せな夢を見ていた気がする。ぼんやりとした記憶には靄がかかっていてはっきりとは思い出せない。
「あ、お花が咲いてる」
ゼロロは目に入った白い花を見て言った。以前保健室へ来たときは蕾だった。
「ゼロロくんはお花が好きなのね」
「は、はい」
ゼロロは布団を口元まで被る。クラスメイトに女の子みたいだとからかわれてから花が好きだと公言しなくなっていた。
「先生もこのお花好きよ」
先生はそう言って花を見た。ゼロロは目を輝かせながらその花を見つめた。
「お友達もお花好きかな?」
ゼロロは彼のことを全く知らない。名前さえも分からないあの子を思い浮かべた。無愛想な口元がゆるむのを見たことはない。だが、こんな考えが浮かんだ。
(お花を見たら笑ってくれるかな?)
ゼロロは体を起こす。そして布団から出ると先生の呼び止める声も聞かずに教室へと走った。授業はまだ始まっていなかった。ゼロロは教室であの子を探す。
「あっ、あの!」
赤い目がゼロロを見る。ゼロロは息を切らしながら話す。
「さっきはありがとう。それと、きみは……」
言いかけて授業開始のチャイムが鳴った。ゼロロは慌てて自分の席に着いた。タイミングが悪かった。
(なんて名前なの?)
心の中で呟いた言葉は届かない。見つめる背中が遠い。しかし授業が終わったらもう一度リベンジをしよう、そう心に決めた。いつかあの子の笑った顔が見たい。ゼロロには小さな夢が生まれていた。
ゼロロはその日から植物係の仕事を今まで以上に懸命にこなすようになった。教室の花瓶の水替え、校庭の枯れた花を摘む。簡単なことだが誰もやりたがらなかったことを率先してやるようになった。
いつものようにじょうろに水を汲み、その重さにふらつきながら歩く。校庭の隅にある花壇へ着くと冷たい水を土にたっぷりとかけた。ゼロロは花を育てるのは得意ではない。夏休みにアサガオを枯らした思い出が蘇った。あれは本当に災難だった。だがそれで学んだ。水をやりすぎて根腐れさせないことが大事だと。
ゾルルはそんなゼロロの様子に気が付いていた。教室の窓から見下ろす小さな姿。大きなじょうろを重そうに運んでいる。訓練所に花など似つかわしいものではない。だがゼロロはそんな花を愛でている。
下校前、ゾルルは花壇の前に立ち寄った。湿った濃い色をした土はゼロロがやったものだった。そこに咲くいくつもの花。花を好きだとは思ったことはなかったが、心の中に爽やかな風が吹くのを感じた。
「あっ……」
後ろからか細い声がした。ゾルルが振り向くと目を丸くしたゼロロが立っていた。背負ったかばんの紐を握りしめ、丸い目をしてゾルルを見た。
「お花、見に来たの?」
そう話しかけるとゾルルは黙って頷いた。
「ぼく植物係なんだ」
ゼロロはにこにこと笑い花壇の前にしゃがみ込む。ゾルルは隣に並んで同じくしゃがんだ。
「誰も興味ないと思ってたからうれしいな」
軍人の卵たちは花に興味を示さなかった。ゾルルはじっと花を見つめる。
「あ、あのね、保健室にあったお花が咲いたんだよ。ずっとつぼみだったから、ぼくうれしくて」
「……白い、花?」
「知ってるの?」
ゼロロはゾルルの顔をのぞき込む。
「ゼロロを運んだときに見た……」
ゾルルは頭の中に白い花を思い浮かべた。まだ咲きたてのやわらかい花びら。
「きみもお花が好き?」
ゾルルはその場で立ち上がる。ゼロロも立ち上がった。そしてそのゾルルの口元が少しだけ釣り上がるのを見た。
「ふふっ、やっと見れた!」
ゼロロは嬉しそうに笑った。ゾルルの口元が硬く閉ざされる。
「ぼく、きみが笑った顔が見たかったんだ」
「おれの……?」
ゾルルは驚いた。ゼロロが自分に関心があったのだと初めて知った。
「うん。もっと笑えばいいのに」
ゼロロの言葉はゾルルの胸へ染みていった。笑うのは得意ではない。言葉も届かない相手の前で笑うことはいけないような気がしていた。
ゾルルは帰路についてからもゼロロの言葉が気になっていた。ゼロロはよく笑う。そのやわらかい笑顔は見ているものを幸せにさせた。まるで花のよう……。ゾルルはそう思った。
ゾルルは花よりもゼロロが好きだと思った。花を育てるゼロロが好きだ。花を見て笑うゼロロが好きだ。ゾルルの口角がきゅっと上がる。ゼロロが見たいというならいくらでもこの笑顔を見せてやりたいと思った。
ゾルルは授業の合間を縫ってゼロロの様子を見に保健室に来た。保健室の先生は出払っていてゼロロ以外の人はいなかった。
「……ゼロロ」
小さな声が保健室に響く。返事はない。ゾルルはそっとベッドを囲うカーテンを開ける。白い布団にくるまってゼロロは眠りについていた。静かな寝姿にゾルルは思わず息を潜める。初めて見た寝顔は健やかで幸せそうだった。起こしてはいけないと思いながらゾルルはその顔を見るのをやめられない。間近で顔をのぞき込んでまじまじと寝息まで感じようとした。ふとゼロロがマスクの中で不明瞭な寝言を発した。聞き取れないもどかしさが余計夢の内容を思わせる。
「どんな夢を、見てるの……?」
ゾルルはゼロロに話しかけた。ゼロロには届かない消え入りそうな小さな声だった。
テーブルに置かれた花瓶には白い花が活けられていた。前にゼロロを連れてきた時には硬く閉じていた蕾が、今ではやわらかく咲きかけていた。
ゾルルは壁にかけられた時計に目をやる。次の授業まで時間がない。見つめていたゼロロから離れる。そしてカーテンを静かに閉めると足音を立てないように歩いた。保健室を出ていくと入れ違いになったように先生が入ってきた。
「ゼロロくん、調子はどう?」
先生はカーテンを開ける。ゼロロはその声に目を覚ました。
「あれ、ぼく……」
「朝礼で倒れたの。運んできたお友達がさっき来てくれてたわよ」
ゼロロはお友達という言葉に覚えがあった。確か前に保健室に運んでくれたのも灰色の肌をしたあの子だった。物静かであまり話したことはない。だがそれよりもゼロロは何か幸せな夢を見ていた気がする。ぼんやりとした記憶には靄がかかっていてはっきりとは思い出せない。
「あ、お花が咲いてる」
ゼロロは目に入った白い花を見て言った。以前保健室へ来たときは蕾だった。
「ゼロロくんはお花が好きなのね」
「は、はい」
ゼロロは布団を口元まで被る。クラスメイトに女の子みたいだとからかわれてから花が好きだと公言しなくなっていた。
「先生もこのお花好きよ」
先生はそう言って花を見た。ゼロロは目を輝かせながらその花を見つめた。
「お友達もお花好きかな?」
ゼロロは彼のことを全く知らない。名前さえも分からないあの子を思い浮かべた。無愛想な口元がゆるむのを見たことはない。だが、こんな考えが浮かんだ。
(お花を見たら笑ってくれるかな?)
ゼロロは体を起こす。そして布団から出ると先生の呼び止める声も聞かずに教室へと走った。授業はまだ始まっていなかった。ゼロロは教室であの子を探す。
「あっ、あの!」
赤い目がゼロロを見る。ゼロロは息を切らしながら話す。
「さっきはありがとう。それと、きみは……」
言いかけて授業開始のチャイムが鳴った。ゼロロは慌てて自分の席に着いた。タイミングが悪かった。
(なんて名前なの?)
心の中で呟いた言葉は届かない。見つめる背中が遠い。しかし授業が終わったらもう一度リベンジをしよう、そう心に決めた。いつかあの子の笑った顔が見たい。ゼロロには小さな夢が生まれていた。
ゼロロはその日から植物係の仕事を今まで以上に懸命にこなすようになった。教室の花瓶の水替え、校庭の枯れた花を摘む。簡単なことだが誰もやりたがらなかったことを率先してやるようになった。
いつものようにじょうろに水を汲み、その重さにふらつきながら歩く。校庭の隅にある花壇へ着くと冷たい水を土にたっぷりとかけた。ゼロロは花を育てるのは得意ではない。夏休みにアサガオを枯らした思い出が蘇った。あれは本当に災難だった。だがそれで学んだ。水をやりすぎて根腐れさせないことが大事だと。
ゾルルはそんなゼロロの様子に気が付いていた。教室の窓から見下ろす小さな姿。大きなじょうろを重そうに運んでいる。訓練所に花など似つかわしいものではない。だがゼロロはそんな花を愛でている。
下校前、ゾルルは花壇の前に立ち寄った。湿った濃い色をした土はゼロロがやったものだった。そこに咲くいくつもの花。花を好きだとは思ったことはなかったが、心の中に爽やかな風が吹くのを感じた。
「あっ……」
後ろからか細い声がした。ゾルルが振り向くと目を丸くしたゼロロが立っていた。背負ったかばんの紐を握りしめ、丸い目をしてゾルルを見た。
「お花、見に来たの?」
そう話しかけるとゾルルは黙って頷いた。
「ぼく植物係なんだ」
ゼロロはにこにこと笑い花壇の前にしゃがみ込む。ゾルルは隣に並んで同じくしゃがんだ。
「誰も興味ないと思ってたからうれしいな」
軍人の卵たちは花に興味を示さなかった。ゾルルはじっと花を見つめる。
「あ、あのね、保健室にあったお花が咲いたんだよ。ずっとつぼみだったから、ぼくうれしくて」
「……白い、花?」
「知ってるの?」
ゼロロはゾルルの顔をのぞき込む。
「ゼロロを運んだときに見た……」
ゾルルは頭の中に白い花を思い浮かべた。まだ咲きたてのやわらかい花びら。
「きみもお花が好き?」
ゾルルはその場で立ち上がる。ゼロロも立ち上がった。そしてそのゾルルの口元が少しだけ釣り上がるのを見た。
「ふふっ、やっと見れた!」
ゼロロは嬉しそうに笑った。ゾルルの口元が硬く閉ざされる。
「ぼく、きみが笑った顔が見たかったんだ」
「おれの……?」
ゾルルは驚いた。ゼロロが自分に関心があったのだと初めて知った。
「うん。もっと笑えばいいのに」
ゼロロの言葉はゾルルの胸へ染みていった。笑うのは得意ではない。言葉も届かない相手の前で笑うことはいけないような気がしていた。
ゾルルは帰路についてからもゼロロの言葉が気になっていた。ゼロロはよく笑う。そのやわらかい笑顔は見ているものを幸せにさせた。まるで花のよう……。ゾルルはそう思った。
ゾルルは花よりもゼロロが好きだと思った。花を育てるゼロロが好きだ。花を見て笑うゼロロが好きだ。ゾルルの口角がきゅっと上がる。ゼロロが見たいというならいくらでもこの笑顔を見せてやりたいと思った。
