ジラドロ

 四月も十日を過ぎれば伸び伸びと誇っていた桜もたちまち散り始める。散りゆく姿にこそ侘び寂が宿るのだというドロロの言葉をジララは思い返す。風が吹けば容易く散る花。なんともか弱く、儚い。
 ジララはすっかり日本に馴染んだように着物を着こなし空を見上げた。鉄紺の着物が桜によく似合う。
 風が吹いて桜が舞い散る。引力のままに落ちた花びらが木の根元に広がる池を彩った。水面が輪を作り、揺れる。花筏と呼ぶには寂しすぎるまばらな花びらですらドロロにとっては特別なものに感じられた。
 池の横にある苔の生えた大きな岩に桜の影が落ちる。ジララの黒塗りの下駄が軽い音を立てた。池の周りをゆっくりと歩くと池に落ちた桜に目を遣った。ドロロは目だけを横に移動させるとその様子を黙って眺めた。
 あの日ジララが地球に来てから二人は変わった。ドロロの心の澱のわだかまりが溶けたかのように二人は寄り添った。互いの心の隙間を埋め合うように互いが互いを求め合った。ジララの空虚な心が感情で満たされるたびにドロロもまた満たされるのだった。
 二人は桜を背にして並んで歩いた。二つの足音が不揃いに重なった。
 はらりと散った桜の花びらを受け止めるようにドロロは手を伸ばした。願いが叶うなどと幼稚な言い伝えには興味はなくともそっと手のひらに収まった花びらは綺麗で思わず見とれる。白に近い桃色が淡くドロロの手のひらを彩った。ドロロは手のひらを開いてジララへと向けた。ジララは花びらを覗き込むと空へ目を向けた。春風に乗って舞い散る花びら。ドロロの真似をして花びらを握るように掴むも、魚のようにするりと逃げられてしまう。何度か手のひらを開いては閉じてようやく花びらを掴むと義手の上に花びらが柔らかく乗っていた。ジララはその花びらをじっと見つめる。湿度のある和紙のような質感に自然の不思議を感じる。握りつぶせば簡単に粉々になるが、ジララの手は逃すまいと優しく手のひらを丸める。愛おしそうに扱う仕草を見ながらドロロは口布の中でそっと微笑んだ。
 地球で暮らして何年経つのか。ドロロはいつの間にか桜の開花で春を感じるようになっていた。体に染みついた地球の感覚をジララはまだよく知らない。だがドロロに教わった春を大事にしようと手のひらを覗き込んで花びらを見た。その時花びらは指の間からふわりと飛んでいった。呆然と見つめるジララにドロロが呟く。
「葉桜もいいものでござるよ」
 これから訪れる青々と茂る新緑の季節。全ての季節を抱きしめるようにドロロは手のひらを開いて桜を風に乗せて飛ばした。何よりもジララと地球で過ごせることが心底嬉しかった。もう会うことはないだろうと思って幾年月。ドロロは様々な季節を過ごし色々な物を見せ、ジララの心を揺り動かそうとしている。実際に効果があるのかは分からずとも桜を見て綺麗だと感じてくれるのなら嬉しいな、と思う。
 春風が髪を撫でる。伸びた髪が今はドロロであるのだと主張するように靡いた。
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