ジラゼロ

 二人は毎晩のように兵舎の奥にあるジララの部屋で逢瀬を重ねていた。閉め切ったカーテン、薄暗い照明。大きな革張りのソファに並んで腰掛け、ワインを煽りキスをする。その度に甘い香りが鼻腔をくすぐる。時間が止まってしまえばいいのに、二人はそんなことを思いながら指を絡ませる。そしてぽつりぽつりと話をした。
 花が枯れるより先に色褪せていくように、いずれ二人も朽ちて腐っていく。腐りゆく前にここから逃げ出せたならば。そう何度も思った。
「行くなら、星が綺麗に見えるところがいい」
 するすると手の間をすり抜けそうになる束の間の幸せを逃さないよう握り込む。
「僕は青い海の側が良いです、窓から海が見える場所……」
 地球という青い星にしか存在しない海をゼロロは望んだ。追っ手が来ないほど遥か遠くの星へ行ってしまえば、二人は永久に地球で暮らせる。
「田舎の星です。きっと星も綺麗に見えます」
 兵舎から軍から全てから逃れて、本星に帰ることができなくなっても幸せを望むのなら覚悟くらいできている。全てが雁字搦めの今、二人は何より自由を得たがった。この部屋だけが二人の自由であり幸せであると、狭い世界の中で感じていた。
 ジララの空になったグラスにゼロロが瓶を傾ける。注がれた赤い液体はジララの喉へ流れていく。こくりと喉が動くとその唇はゼロロの唇へと触れる。夢を見せてくれるアルコールはアサシンにとってはただのジュースと変わらなかった。それでも何かを望むように祈るように決まってワインを煽るのは二人の中にある願望がそうさせているのだろう。
 ジララとのキスはワインの香りがするとゼロロが思うほど、ジララはワインを好んだ。それは血のように赤いからか。吸血鬼が血を欲するようにジララはワインを好んだ。
「ジララ様」
 離れるのを惜しむようにゼロロが唇を離し、ジララの名を呼んだ。澄んだ声がジララの耳を甘く犯す。もうワインの香りはしなかった。
「ジララ様が望むのなら僕は何処へでも付いていきます。……毒を飲む気もあります」
 ゼロロはそう言うと再びキスをした。柔らかい唇が押し付けられるのをジララは他人事のように感じた。ジララは返事をする代わりにゼロロを抱いた。ゼロロに気付かれないようこっそりと目を開け、窓に目を遣る。カーテンの隙間から見えた星空は地球と変わらないのだろうか。今の幸せを繋ぎ止めておけるのなら、真剣に逃亡を考えてもいい。……毒を飲むことも。美しいゼロロが永遠に自分のものになるのなら手段は厭わない。ジララはちらりと浮かんだそんな思想を青い星を思い浮かべて打ち消した。
「まるでシェイクスピアの物語だな」
 ジララが喋るたび唇がゼロロの唇をかすめた。少しだけ呆れたような物言いだった。ロマンチックに浸った物語。今日のワインには毒など入れていないと言うのに、このまま眠りについたら死んでしまう気さえした。いや、そのほうが幸せなのかもしれないとも思う。元を辿れば二人がアサシンを志したことが、ゼロロがX1に配属されなければ、このような悲劇は生まれなかった。幸せという名の悲劇が二人に刃を突き立てている。光る刃先から逃れるように何度も何度もキスをした。
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