ジラゼロ

 薄暗い兵舎の廊下にジララの足音が鋭く響く。その背後をまるで影のようにゼロロが無言で従う。ジララの肩は常に張り詰め、まるで何かと戦っているかのようだった。ゼロロはといえば表情をほとんど変えずただ命令を待つ機械のような佇む。だが、その瞳の奥には時折何か得体の知れない光が揺らめく。
「ゼロロ」とジララが突然立ち止まり、振り返る。声は低くどこか苛立ちを含んでいる。
「俺以外に仕えるな」
 その言葉は重く空気を切り裂く。それが任務の話なのか、それとももっと個人的な意味を持つのか。ゼロロには分からない。ジララの鋭い視線がゼロロを貫くが、ゼロロは一瞬だけ目を伏せ静かに答えた。
「……了解しました」
 その声は平坦なものだった。感情の起伏が感じられない。だが、ジララはその微妙な表情を見逃さなかった。理解したのか、疑問を抱いたのか、それとも別の何かか。
「何か言いたいのか?」
ジララが一歩近づきゼロロの顔を覗き込む。だがゼロロは再び目を伏せ首を振る。その沈黙がジララの神経をさらに逆撫でした。
 翌日兵舎の訓練場でゼロロは一人の隊員と立ち話をしていた。話題は昨夜の食事のことか、あるいは任務の愚痴か。ゼロロの口元に珍しく小さな笑みが浮かんでいる。それを見た瞬間ジララの目に暗い炎が揺らめく。
「ゼロロ」
 ジララの声が鋭く場を切り裂く。彼は大股で近づき、ドロロの腕を掴んで隊員から引き離す。
「俺の部下が勝手に動くな」
 隊員が慌てて何か言おうとするがジララの視線が黙らせる。ゼロロは抵抗せずただ無言でジララに従う。だがその瞬間ジララはドロロの瞳に一瞬だけ見えたものに気づく。諦めとも反抗とも取れる深い水色の瞳。あれは何だ、ジララの胸にざわめきが広がった。
 ジララがゼロロの腕を強く握り低く唸る。
「俺に黙って従うだけか。 お前は俺をなんだと思っている」
ゼロロはしばらく沈黙した後、静かに口を開く。
「上官です」
 その言葉にジララの表情が一瞬歪む。上官。確かにそれだけだ。だが、なぜかその答えがジララの苛立ちをさらに掻き立てる。ゼロロの瞳に秘められた何か、それがジララには掴めない。掴めないからこそ、執着が膨らむ。
「お前は俺のものだ」とジララが吐き捨てるように言う。
「任務だろうが何だろうが、俺以外に目を向けるな」
ゼロロは再び目を伏せ、静かに頷く。
「了解しました」
 ジララの言葉が兵舎の冷たい空気に溶け込むと、ゼロロは一瞬だけ顔を上げ、その深い水色の瞳をジララに向けた。だが次の瞬間その瞳は再び伏せられ、ゼロロの表情はいつもの無機質な仮面に戻る。「了解しました」とゼロロが繰り返す声は静かに風に溶けていく。ジララはその声音に何かを感じ取ろうと目を細めるがゼロロはジララの手の届かない場所にいた。ジララの拳が無意識に握り潰され、骨が軋む音がかすかに響く。
「お前が俺をどう思おうと構わん」
 ジララは吐き捨てるように言った。
「だが、覚えておけ。俺はお前を見ている。常にだ」
 ゼロロは答えず、ただ小さく頷く。その沈黙が二人の間に重く横たわり、訓練場のざわめきも遠くに霞む。ジララはゼロロの腕を離し踵を返して歩き出す。その背中は依然として張り詰め、何かを押し殺しているように見えた。ゼロロは動かずただその背を見送るる。彼の瞳の奥で揺らめく光は誰にも気づかれないまま静かに燃え続けていた。
 そして、兵舎の薄暗い廊下に再び足音が響き始める。ジララの鋭い歩調と、ゼロロの影のような静かな追従。二人の間に漂う緊張は、解けることなく、さらに深く絡み合っていくのだった。
21/39ページ
スキ