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short story

私はただ、あの人のそばで生きていたかっただけだった。



本当はもっと望んでいたことはあったけれど、この穢れた身ではそれを願うことは出来ないと──────

願いに蓋をして生きてきた。

あの人が私に笑いかけてくれるならそれでもいいと思っていた。

願いは叶わなくてもそばにいるだけで幸せだと思っていた。




【白い死神】が現れるまでは──────





それは色が抜け落ちたような、真っ白な外見に花をあしらった大鎌を手に持っていた。その顔には生気がまるでなく、無機質な人形のようだと思った。


死神は私を救うためだと言って、大切なあの人を手にかけた。声にならない叫び声をあげる私。死神はそれには気にもとめず、手にした大鎌で彼を斬りつける。斬られたあの人は真っ赤な血の海に沈んだ。





あれからどのくらい時間が経っただろうか。

死神は役目を終えたとどこかへ消えていった。

私は冷たくなり、真紅に染まるあの人を抱き抱えてずっと泣いていた。


まだ伝えていなかった。


あの人に言いたくてもいえなかった言葉が溢れてくる。


あの人に抱きしめて欲しかった。


君になら全部全部……あげても良かったのに。


ただ、触れて欲しかった。それだけなのに……。


彼に拒絶されることを恐れて口にしなかった願いが溢れてくる。

それでも今言葉にした所であの人が抱きしめてくれる筈が、触れてくれる筈がない。

その事実が私の心を抉った。

そしてあの人の居ない世界に酷く絶望した。




気がつけばあの人と初めて出会った海までやって来ていた。妹を庇って溺れた私を助けてくれたのが彼だった。海のような深い蒼の瞳に酷く惹かれたのを覚えている。


待っていて、私も今そっちに行くから──────


そうつぶやくと海の中へ飛び込んで行った。





沈んでいく。

深く深く。

深く沈めばあの人を感じ取れるのではないかと思っていた。

沈んでいくほど周りから光が失われていく。

こんな中で1人で生きてきたあの人。

でも逆を言えば海から出なければ、私と出会わなければあの人は今も生きていたのではないか。

そう考えると胸が苦しかった。

息が続かず、水が身体の中へ侵食してくる。

深く沈んだ先、海の底で朦朧とする意識の中、あの人に抱きしめられたような──────

そんな感じがした。










「……ル」

「エル!」

誰かに体を揺さぶられていると気付き、重い瞼をゆっくりと開く。

すると目の前には心配そうに覗き込む愛しいあの人がいた。

「大丈夫?怖い夢でも見た?」

彼は変わらず心配そうに私のまつ毛を撫でた。どうやら涙で濡れていたようで、彼の指もまた濡れた。

私はゆっくりと起き上がった。

「大丈夫?今日は休んだ方が……」

「大丈夫だよ、ありがとう」

にこ、と微笑んだがあの夢のことが忘れられない。




あの白い死神は何者だったのか

どうして私にあんな夢を見せたのか……。

隠している事を話せということなのか……。

でもこれを話せば【あの事】も話さないといけない。

あれを知れば彼はきっと私を拒絶する。

今の関係を壊したくない私は今日も本心は隠し続ける。

今が心地よくて壊したくないから。


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