バレンタインデー(爆豪、焦凍)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一年に二度訪れる繁忙期のうちの、バレンタインデー。今日はその当日。
開店直後は人もまばらだったから、今のうちにやれることはなるべくやっておこうと思ったら……大正解。
30分後には満員御礼。こぢんまりとした店内がスイーツにもひけをとらない可愛らしい装いの若い女の子たちでいっぱい。
元々、住宅街で細々とやっていたお店だったけど、いつの間にやら大人気店。
『あのショートの行き着けのお菓子屋さん』ってことで、口伝てに噂が広まって、焦凍目当てのお客様で平常時でも溢れ返ることに。あまりの盛況振りに、「店に寄ろうと思ったら、閉まってた。定休日じゃねぇよな?」「売り切れだから早く閉めるって、店長さんが。貼り紙、見なかった?」「ああ、そういやあったっけ」って当の焦凍が来る前に閉店なんてこともしばしば。
幼い頃からこの味で育ってきたし、学生時代、焦凍がうちに遊びに来てくれるたびに並べていた思い出の味でもある。わたしが弟子入りした頃はまだ知る人ぞ知る名店で、ご近所の皆さんに愛されてる老舗って感じだった。
それが今ではメディアに取材を受ける名実共に有名店。レトロブームが拍車をかけて、テレビでもネットでも取り上げられて忙しくなる一方。古き良きお菓子たちを内包する昔ながらの佇まい。
今日は未だかつてないくらい頑張ってチョコレートを量産したけど、いつまで保つかな。そんなに頑張らなくたっていいよって店長さんは言ってくれるけど、折角、人気が出たんだから。きっかけは焦凍かもしれなくたって、お客様の足が途絶えないのは絶品に違いないから。
このお店の味をできるだけたくさんの人に楽しんでもらいたい。そうして、もう高齢である店長さんの秘伝のレシピをわたしが守って継いでいきたい。わたしが物心付いた時には既におじいちゃんだったもん。生涯現役って張り切ってるけど。
「名前ちゃん!」「どうしました? 何かありました?」厨房に飛び込んでくるおばあちゃーー奥さん。店長さんが製菓担当で奥さんが接客担当。そこにわたしが加わって、三人でギリギリの状態で回してる。無理なく営業ってことで人を雇ってまではやらないって方針。だから、わたしが勝手に頑張っちゃってる。
「ショートくん、来てるよ!」「ええっ……」なんで寄りにもよってこんな日にふらっと立ち寄っちゃうかなあ。パトロールの途中? 休憩時間? とにかく、混乱が予想される……言ってる側から、黄色い歓声。焦凍ったら、罪作り。
忙しいって言伝して帰ってもらうのが判断としては正しいんだろうけど、顔を見せちゃうところがわたしの我。
恐る恐る、作業を中断して覗きに行ったら異様な空気感。お店の外から続く行列の先頭付近に焦凍が居て、お客様に写真撮影されてるのに平然とした顔で棚に並んだ焼菓子を眺めてる。ううっ、やっぱり出て行くべきじゃないかも。
怖気付いて引っ込もうとしたら、奥さんを手伝おうと自らもレジに立っていた店長さんが大きな声でわたしの名前を呼んで、早く早くって手招きしてくる。
途端、ぱあっと明るくなる焦凍の表情。たじたじとなって動けずにいるわたしに、真っ直ぐ向かってくる。
「か、関係者以外、立ち入り禁止だよ?」「俺はお前の関係者だろ? ダメか?」「ダメに決まってるよぉ……あと、順番は守ろうね?」「いや、あんまり混んでるから帰ろうかとも思ったんだが、親切な人ばっかでお先にどうぞって譲ってくれてな。驚いた。すげぇ混んでんだな、名前」それは、そうだよ。
「今日、バレンタインデー……」「知ってる。だから、来た。お前が無理してねぇかと思って」「焦凍こそ……忙しくない? お仕事、早く戻った方がいいと思う……」数多の視線を一身に感じる。困り果ててたら、焦凍が突拍子もなく耳元に唇を寄せて来る。なっ、に、してるの……。
「お前が今夜、約束してくれるってんなら帰る」だなんて。わたしたち、一緒に住んでるよね? なんでわざわざそんなこと言いに来るの……おうちに帰ってからにしてほしい……相変わらず、自由だ……。
「わ、わかったから……ちなみに、あの、冷やかしは遠慮してほしいかな……」「もちろん。一足先にお前が愛情込めて作ったチョコ、貰ってくな」甘さ控えめのチョコレートマフィンを一個だけお会計して、何事もなかったかのように去って行く焦凍。これだけの関心を集めておきながら、よく動じないなって感心する。さ、さすが。
わたしはただのしがないパティシエだから、あそこまで人前で堂々となんかしていられない。すぐさま、奥に引っ込む。怖いから、お客様との誰とも目を合わせないように。おしゃべりするの、得意じゃない。接客って苦手。
今日の分の材料はさっきのでお終い。一段落したら、焦凍の分を作らせてもらうつもり。
今年は、まあるいホワイトチョコのトリュフに決めた。ちょっぴり大きめサイズ。随分、何にしようか頭を悩ませて、シンプルなの。
ラムを効かせて、焦凍が食べにくいようにとびっきり甘くして、ほんのちょっとの意地悪。多分、学生時代のことだから、当の本人はとっくに忘れてるんだろうなあ。わたしは今も悪戯されたの覚えてるんだよって、そういう意味も込めて。……似たようなチョコレート、いきなりお口に挿れられて、ほんとにびっくりしたんだからね。しかも、違う子から貰ったの。今思えば、デリカシーに欠けてる。当時は幼かったから、動揺するだけで済んだ。今度同じことをされたらきっと怒っちゃう。次は許さないもん。
とりあえずはお片付け。それが終わって、わたしの姿を目撃したお客様が一人残らず帰られたら、店頭へ。さっき見聞きしたことはどうか忘れてほしい。ショートのファンに睨まれるの、怖い。
大丈夫……彼女はわたしなんだから……って、いつも自分に言い聞かせて、負けないように常に自分を奮い立たせてる。何を言われようとも、そこだけは絶対に譲らない。
ちらっと様子を窺った感じだと、完売するのも時間の問題。きっと、そんなにかからない。お店を閉めたら冷やしてあるチョコレートに手を加えて一気に仕上げちゃおう。
ついつい焦凍のペースに飲み込まれがちだけど、わたしだって、言われぱなしじゃないし、やられっぱなしじゃない。ささやかながらたまには反撃くらいする。……焦凍のことは、もちろん大好きだけどね。
2023.02.14(再掲)