かっちゃんと幼馴染みのアイドルちゃんシリーズ
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「今日こそ、鬱憤晴らしたるわ! おい、起きろ!」
気合は十分、起床時間のアラームが鳴る十分前。隣で呑気に寝息立てとる名前の布団を一気に剥ぐ。
「寝起きドッキリ〜? ふわぁ……」
卒業したって、心底アイドル。さすがは名前、一分の隙もない。寝起きだっつーのに、髪はボサボサどころかツヤツヤ。欠伸と同時に潤む瞳、目尻に浮かぶ涙の粒。普通、ンな格好するかよってお手本みてぇな伸びを自然体でやってのける。
「なんだっけ? うっふん? はい、かっちゃん!」
うっふん♡
語尾に確実にハートが付いた声音で名前がベッドに横たわったまま悩殺ポーズ決めてくる。うっふんじゃねーよ、俺ァ、鬱憤っつったンだわ。いや、でも、今のは俺がわりぃ。名前にもわかるように、デート行くぞってシンプルに声掛けりゃあ良かった。
そこに本人の意向は全くなく、事務所側の思惑しかなかったとは言え、長年に渡ってグループのお色気担当を務めてただけはある。サービス精神がクソほど旺盛。そういうの向いてねぇのに。歌うことしか頭になくてそれ以外はからっきし。ぶっちゃけ、顔は良くとも胸とか尻とか出てなきゃなんねぇとこまで引っ込んでて、そういう意味ではプロポーションは微妙。華奢。俗に言うモデル体型。なのに、何故だか無性にエロい。自分の女だからってのもデカい。そこ持ってきて、コントロールしとんのかしとらんのか傍目にはさっぱりわからねぇ魅了の個性。……無理だっての!
出掛ける予定が既に二時間くらい遅れてる。
俺は悪くねぇ。もちろん、名前も悪くねぇ。しいて言うなら、朝だったのが良くなかった。生理現象となんか上手い具合に噛み合った。しゃーねぇだろ! 禁欲生活が長過ぎたんだわ! ガキの頃からの付き合いだから、十年はくだらねぇ。むしろ、二十年。その間、セックスはおろかキスもなかった。かろうじて、ハグ。当たり前だろ、処女じゃねぇアイドルなんか誰が推すんだよ? 推すに推せねーだろ。別にファンへの配慮とかそういうんじゃねぇ。名前への愛を証明したかっただけだわ。そこいらの俗物とは格がちげンだよ。魔法使いどころか仙人になるのも辞さない確固とした覚悟が俺にはあった。
ありえねぇだろ。常軌を逸しとる。とっくに成人済みだってのに好きな女と寝らんねぇ……のはともかく、まともにデートしたこともねぇとか。過密スケジュールの合間にようやく会えたと思ったら、歌詞の意味がわかんないだの漢字が読めないだの英語が難しいだの、クソ真面目にお勉強会。そんなんばっか。
彼氏とは、何か。
自問自答の毎日だった。
答えなんか最初っから決まりきってる。名前が夢叶えるまで、大人しく待つ。死ぬ気で応援する。何があっても手ェ出さねぇ。……とかなんとか御大層に理想掲げときながら、結局は他でもない、俺が足を引っ張った。名前のヤツ、「かっちゃんとめおとになりたいから、卒業するの!」っつって目ン玉飛び出るぐらいの潔さと超スピードでさっさと卒業しちまった。サプライズにも程があって、危うく男泣きするとこだった。みっともねぇったらありゃしねぇ。
「かっちゃ〜ん、スウェットでいい?」
「いい訳ねーだろ! たまのデートなんだから気合入れろ!」
「玉? 玉のデート……これ? わたし、行ったことなーい!」
名前が指を曲げてエアーでハンドルを左右へ動かす真似事をする。パチンコじゃねぇっての。さっきまでのチンコ捌き同様、手付きが覚束ない。最近、始めたばっかで扱い方がまるでなっちゃいねぇのに、名前に握られてるって事実だけで早漏かってスピードで出る。何も、俺のチンコが雑魚なんじゃねぇ。こいつの個性が国家転覆させる勢いで超強力なんだわ。骨の髄まで魅せられとる。天が二物、いや、三物——抜群のルックスと歌唱力と愛嬌を与えた代償として、賢さを一つ残らず奪っといてくれて良かった。そうでなけりゃあ、とんでもねぇ化け物が生まれてた。何がやべぇって、いつぞや相手した表情筋と腹筋ブレイクさせてくる敵みてぇに画面越しだろうと電波越しだろうとお構いなしってのがマジでチート。おまけに、性別まで関係なし。使いようによっちゃ、世の中そのものを操れる。……さすがに買い被り過ぎか?
「ンで、そんなとこ行かなきゃなんねンだよ! そっちの玉じゃねぇ! たまのってのは、たまにって意味だわ」
「たまがいっぱいだね? たまたまだね? かっちゃんにもあるもんね?」
「やめろ! その顔と声で下ネタ振ってくンな! おっ勃ててる場合じゃねぇんだって! いつまで経っても出掛けらンねぇだろ!」
「じゃあね、早くお出かけできるようにかっちゃん好きなの選んで! かっちゃん色のわたしでデート!」
単に服選んだり髪型考えたりってのが面倒なだけなんじゃ……って思うが、あえて乗ったるわ。
結局、なんでもいいみたいな態度だったのに「オレンジ〜! オレンジがいい!」って俺が選んだのと違うバッグ引っ張り出してきやがった。
「推し色!」
「お前のサイリウムカラー、オレンジじゃねーだろ」
「ちがうの! かっちゃんの! やっと、使えるっ。におわせは嫌われるからね〜」
そういうことかよ。納得。どうりで見たことねぇバッグだと思った。
現役時代、何回か記者に撮られたことあっけど、そのたんびに名前が催眠術掛けるみてぇに「あなたはなーんにも見てない。おーけー?」って個性に物言わせて揉み消してたから表沙汰にはならんかった。デートは自宅限定で徹底してたお陰で、せいぜいが噂程度。
ただ、出久とライブ参戦してンのはたびたび記事にされちまってたから、必要に駆られて幼馴染みってのは公表した。出久のヤツが水を得た魚どころか、ランダム封入の初回限定特典で推しを得たヲタみてぇにキモいくらい饒舌に語ってる隣で、俺はただの付き添いでさも興味なしみてぇなポーズ。内心、羨ましくて顔に出さねぇようにすんのに必死だった。俺も名前について一から百まで語りたかった。あの曲で着てる名前の衣装が悶絶するレベルで可愛いとか、あの曲に入ってる名前の台詞パートに感嘆の溜息がクソ漏れまくるとか……。
当時は伏せとかなきゃ名前の人気に関わってくるってんでストレスマッハだったが、今となっちゃ、笑い話。懐かしさすら覚える。
ドヤ顔で名前がバッグのファスナーを開けて内側を見せてくる。裏地が黒。オレンジ×ブラック。ちなみに、名前のサイリウムカラーはピンク×ホワイト。途中、あまりのアホっぷりに、金を生み出すために無理にやらされとったセクシー小悪魔キャラの化けの皮が剥がれて、天然キャラに転向せざるを得んくなったのに伴って、そっちもピンク×パープルから変わった。
「まん……まん……まんじ?」
「満を持して?」
「それだー! それそれ! まんじをじして! ずっと推したかったの〜」
「一文字多い」
「いちもんじ? まんじといちもんじだったら、まんじのが強い?」
「あー、強い強いー」
「なるほどね! また、かしこくなっちゃったな! かっちゃんはなんでも知っててすっごい!」
「もっと」
「すっごく頭良くて、すっごくヒーローで、すっごくかっこいい!」
「そんぐらいで勘弁しといてやっか」
「やったー! かんべんされた!」
はしゃぐ名前を連れ出す。予定時刻から大幅に遅れて、ランチタイムの中盤に差し掛かっとる。とりあえず、飯。どこ行く? って訊いたら「お好み焼き!」って即答。おいおい、マジかよ。もっと洒落た店選べや。でも、名前の希望を尊重する。たとえ、油臭い場所でも名前からいい匂いがすんのに変わりねぇし、どんなとこに居ようと名前の笑顔は閃光弾並に眩しい。視線が重なれば最後、脳がバグって心臓がバクバク言い出して死を待つのみ。溺死。
まあ、目立つこと。一人の時と比べモンにならんくらい二度見される。お好み焼き屋の店員なんて、どう見ても『摘むラー』。生名前に感動して、キョドって点火だけして逃げ帰っとった。初めてじゃねぇから店のシステムはわかってっけど、職務全うしろや。『摘むラー』ってのはイメージ戦略の一環で、名前が便所行くのを「お花摘み♡」って言い換えてたことに由来する、つまり名前ファンの愛称。ちなみに仕掛け人は俺。
免疫ある俺ですら、こんな有様。ズブの素人じゃあ、無理もねぇ。俺も初めて生名前を体験した時、そりゃあもう感動した。これが夫婦か……って、喜びとか歓びとか悦びとかを噛み締めた。ボトル押せば押すだけ出るマヨネーズくらいアレが出た。
「どんだけ出すンだよ」
「いいの、いいの! ソースひかえめにするから!」
青のり前歯にくっつけてても、最高に可愛い。アイドルやめたっつっても芸能界引退した訳じゃねぇ。あまりに自然体で取り繕わねぇから、せめてもと思って、締めにパンケーキ焼けって提案した。
鉄板変えてもらって生地を流す。そうしたら、BGMとして流れてくる名前の歌声。卒業した時のソロ曲。だいぶ経つのに、未だにこの曲を耳にしない日はない。あっちこっちで流れとる。この調子ならほんとのほんとにやりたかった歌の方で、トップ取んのも時間の問題。頑張れ、原初のファンとしてその日まで全力で応援するわ。歌手としてソロツアー開催の暁には出久も道連れに、死ぬ気で休みもぎ取るって誓う。
ご機嫌に口ずさみながらコテで広げた生地を掻き混ぜる名前。寄せ集めて、ご丁寧にドーナツみてぇに窪みまで作ってやがる。そういや、現役時代はドーナツが主食って設定だっけな。今はラーメンばっか啜ってっけど。
「もんじゃじゃねンだから。捏ねくり回すな」
「はーい!」
とてつもなく不格好に焼き上がったパンケーキには見えねぇそれを激写して、俺のアドバイス通り名前がSNSへ。あえて形とかは整えんかった。自由な発想でやらせといた。『かっちゃんとお好み焼き! ぽんぽこぽん!』って添えられた一文にクソほど集まる俺へのヘイト。高笑いが止まらンわ。言ってろ、路傍の石ってか花ども! 黙って摘まれとけや! これがッ! 脳内彼氏とリアル彼氏……じゃねーわ、リアル夫だったわ、わりぃわりぃ……夢からぶっ醒ましちまってよ!
酒の肴に名前に片想いの切ないナンバーをリクエストして、こいつにガチ恋してるヤツらはきっとこういう気持ちなんだろうな、あ〜、おっ気の毒にィ……って悦に入る。気分が良くなってきたとこで場所変えて、ベッドでそいつらが一生聞くことの叶わねぇ甘い声を堪能する。今日のデートの締め。あ〜、すげぇ締まるッ……。
「かっちゃん、好きぃ……」「どんぐらい?」「世界で一番、大好きぃ……」ってこの通り名前本人も言ってから、まァ、諦めろや! 名前は、俺の嫁! もうアイドルじゃねーから……卒業してっから……思う存分、セックス!
2024.03.05 (初出 2023.10.05)