お誕生日シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おまえ、男だったらいいダチになれたのにな」
今、思い出してもサイテーな台詞。中学の時に切島に言われた。割と仲がいい方だと思っていただけに、とんでもなくショックを受けた。友達だと思い込んでたのは私だけってか。しかも、しかもだ。あいつと、もうちょっと距離が縮まらないかな……なんて考えてたの、私。その一言で両方、否定された訳。友達ですらないんだ、彼女なんてのは夢のまた夢。
その苦い経験を経て、今の私が出来上がった。
みんなに可愛いって言ってもらえる私。とびっきり、女の子な私。
見返してやりたいって気持ちが原動力になって、必死に可愛くなる努力をした。そのうち、あいつのことなんかどうでも良くなって可愛くなること自体が目的になった。メイクを考えるのも服を選ぶのも楽しい。夢中になればなるほど、古傷も癒えてった。
買い物帰りに街中で声を掛けられたのがきっかけでモデルとして活動し始めて、どこがどうハマったのか幸運にも人気に火が点いた。あっという間に名前も顔も広まって、雑誌にテレビにwebに引っ張りダコ。もちろん、全部作りモノ。本名に掠りもしない芸名に、テクに物言わせた詐欺メイク、可愛いイメージを印象付けるためにあからさまなぶりっ子キャラ。昔のショートヘアーで色気のない私とは似ても似つかなければ、想像すらつかない。
……だからってさ、こいつ、簡単にお持ち帰りされ過ぎじゃない?
なーにが、烈怒頼雄斗だよ。ちょっと色目遣ったら、すぐじゃん。男らしさを売りにしてるヒーローのくせにチョロ過ぎ。そもそも、合コンとか浮ついた催しに参加すんなっての。これだから、切島は……。
私、未だに切島がヒーローになったの納得いってない。芦戸はわかるよ。芦戸はあの頃からやっぱ他の子らとは違ってたもん。頭一つ飛び抜けてた。切島はもっと身近で、そういう——やめよ。苛立つだけだ。
私だって、モデルでございますって柄じゃなかった。見た目も中性的で男勝り、そんじょそこらの男子やそれこそ切島よりもよっぽど女子にモテてた。
「れっどらいおっとさん〜、どおかしました〜?」
部屋の一点を無遠慮な目付きで凝視する切島の腕に絡み付く。どこ見てんだよ、まじまじと見んな。相も変わらず、失礼なヤツ。
「いや、わりぃ……それより、その……」
「ん〜? なんですぅ?」
「近くねぇか……?」
「そりゃあ、くっついてますからね? 近いですよ?」
はぁ? こいつ、マジでなんのためにうち来たんだよ? そういうことするためじゃなくって? どうせ、他の女も食ってんだろ。ヒーローって下手すりゃ芸能人よりモテるもんね。
私も相手が俳優だったり芸人だったら参加しなかったよ。ヒーローだって言うから、多少のリスクは覚悟の上で参加した。別に事務所から恋愛は禁止されてないけど、私のキャラ的に厳しいものがある。まあ、女子にも支持されてるし、相手がヒーローとなれば聞こえも悪くない。良さげな相手適当に見繕って、それで……そうしたら、今度こそ……完全に、吹っ切れたりしないかなって……期待したのに……。
切島を忘れるために参加した合コンで、まさか切島本人と再会するなんて思いもよらなかった。チャージズマが来るってのは聞いてたから、冷静に考えれば可能性としてなくはない。切島さえ居なけりゃあ、最初に声掛けてきたダイナマイトにそのまま靡いたのに。
意識せずに排除してたんだと思う。来てほしくないって思いが強くて。私の露骨な誘いにも、乗ってほしくなかった。
ほんっと、サイテー。
好きだった頃の気持ちが呼び起こされて、余計に幻滅。でも、誰だって可愛い方がいいに決まってるよね。あの頃の私は可愛くなかったから……。
「れっどらいおっとさんは、こーゆーの、お嫌いですか?」
「嫌いっつーか、気になるっつーか……なあ、なんでそんな他人行儀な呼び方すんだ?」
だって、他人じゃん。友達じゃないって言ってきたの、そっちでしょ。……違った。昔の切島と私はそうだったけど、今の烈怒頼雄斗と私はそうじゃない。今日、初めて会ったんだから初対面。
「人の目があるとこでは仕方ねぇと思うんだよ。そういうのも仕事のうちなんだろうし。でも、二人の時にそりゃねぇだろ……苗字」
瞬間、切島から距離を取る。
こ、こいつ……!!
「……私だって、いつから気付いてた?」
「前からどことなく似てんなって思っちゃいたんだが、実際に会ったら声とか仕草とかお前そのものだし。わかんねぇ方がおかしいだろ」
「じゃあ、何? わかってて、私の誘いを断らなかったっての?」
「俺……お前に謝りたくて。きっと、気に障るようなことしちまったんだろ?」
気付いてもらえたこと、歩み寄ってもらえたこと。その喜びよりも、激しい怒りが上回る。
自分の言ったこと、覚えてないんだ?
切島にしたら理不尽極まりないかもしれない。だけど、私にしたら、今更そんなこと言われたって……許すことなんかできない。切島を悪者に仕立て上げて、ようやく失恋から立ち直れそうってとこまでメンタル回復させたのに。
「懐かしいよな。あの写真。あんなのまだ、持ってたんだな」
切島がラックに飾ってある写真立てを指差す。修学旅行の時に撮った写真。私と切島の、ツーショット。芦戸が気を利かせて撮ってくれた。さっきからやたらとそっちばっか見てると思ったら……クソッ。
「私だって、何回も捨てようと思ったんだよ……」
「そう、だよな。古いもんな。けど、俺もまだ、持ってる」
「なっ……」
なんで?
どうして?
言葉を失う私に切島が照れくさそうに口角を上げてギザギザした特徴的な歯を見せてくる。
「お前のこと、忘れらんなくて。……初恋、だったからさ」
堪らなくなって拳を振りかざして向かってったら、「わりぃ! 変なこと言っちまったよな。今のは忘れてくれ」だなんて、ふざけやがって。
余計に力が篭ってそれこそ手がダメになる覚悟で思いっきり胸にお見舞いしてやった。ド素人の攻撃なんて簡単に止められるだろうし、第一、切島の個性であったならノーダメージで抑えられるだろうに、「結構、本気で来たな」って真正面から食らってくれた。
筋肉の感触が切島のこれまでの努力を物語っていて、その努力を自分が積み重ねてきた努力と照らし合わせてしまったら……どうやったって感情を堰き止められない。長かった。苦しかった。
「バカなこと抜かしてんじゃねぇよ、切島ぁ……私だって、初恋だったわ……!!」
絶対に泣くもんかって思ったのに勝手に涙が出てくる。私が求める理想の女の子ってのはこういうのじゃないんだよ。無性に悔しい。
「ごめんな。そういうのには疎くって……お前も、俺とおんなじだったってことなんだよな?」
「そうだって、言ってんだろ……何度も、言わせんな……」
「ほんとごめん、苗字」
「悪いと、思うんなら……ちょっとで……いいから……このまんま……」
「おう……」
時間をたっぷり掛けた渾身のメイクが崩れるのも構わず、それに加えて涙と鼻水で切島の服を思いっきり汚してやる。クリーニングでも新しいのでもなんでも用意するから、今夜は私の気が済むまで付き合ってよ。何も、『お付き合い』してとは言わないから。私だってそこまで図々しくない。
「あのよ……こんな時になんだけど……連絡先教えてくれねぇか? また、飯とか行けると、その……」
空気、読めよぉ……。
いよいよ、涙が止まらなくなる。返事の代わりにしゃくり上げながら何度もしつこく頷いたら、「ありがとうな」って分厚い手のひらがぎこちなく頭に乗っかってきて、そろりと髪を撫で付けた。昔みたいにくしゃくしゃにしてこない辺り、切島も変わったな。
できることなら、ここから始めたい。大人になった私と切島との関係。
2023.10.29 (初出 10.16)