お誕生日シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
こんなことが、ありうるだなんて。
これから帰宅だというのがせめてもの救いか。申し訳ない……戦場を共に駆けて来た戦友よ。俺は君との別れを悼むより、身に起こっている真っ最中の奇跡的な出来事に放心してしまっている。
「ごめん、飯田くん……私の不注意で……」
「いえ! 先輩のせいでは……!」
敬愛する先輩が、事務所の何もないところでお躓きになられて、どうにか地に倒れ伏すのを防げたは良かったものの、結果として、そのきらびやかな指先が救いを求めるように宙を彷徨い、俺の戦友であるところの——メガネが、地に落ち……命を華々しく散らした。当たりどころが悪く、ブリッジから真っ二つ。それが些細なことに思えてしまうくらいの胸の高鳴り。惜しむらくは、裸眼であるために先輩のご尊顔をしっかりと拝むことができないという点! こんなに至近距離であるというのに! ええい、肝心な時に役に立たないメガネだな! 違うな、先輩に踏んでいただかなければこうはならなかったのだから、メガネには感謝せねばなるまい! いや、転んだのが先だったか? なんでもいい! なんでもいいんだがッ、か、かかか顔がッ、ちちち近いッッッ!!
「……ほんとにごめんね? ぶつかっちゃった!」
「お怪我がなくて、何よりで……す?」
今のは? 一体全体なんだったのだろう……ほんの一瞬、頬の辺りを柔らかなものが掠めた気がする。先輩の謝罪とは思えないくらい弾んだ声に、浅ましい期待感が湧き上がって来てしまう。
「見えてないんでしょ? 困るよね? 私も上がりだから、一緒に帰ろ」
「そこまでしていただく訳には……」
「いいのいいの! 何かあったら大変だもの! だから……ねっ?」
気付かぬ振りをして、頷く。
危険を回避できたのだから、とっくに密着する必要性は失われているし、いくら未熟な俺とてメガネのスペアを用意していないほど愚かではない。そもそも、先輩は抜群の身体能力を誇っている上、限りなく抜かりのない人だ。ミスらしいミスを犯している場面を少なくとも俺は一度も目にしたことがない。このメガネに至っても、だいぶガタが来ていた。先輩に止めを刺していただかなくとも、天寿を全うする寸前であった。
要するに、先輩は、俺のことを——
「飯田くん、お誕生日おめでとう。良かったら、貰ってほしいなあ」
迷子のように手を引かれて導かれるまま辿り着いたのは、先輩のご自宅。
「私じゃあ、プレゼントにならないか」
「滅相もございません! しかし、これでは俺が先輩に頂いていただくことになってしまうので……」
「ふふっ、言葉が変だよ? じゃあ、プレゼント交換ってことにしよう。あーあ、クリスマスまで待てば良かったね。でも、待てなかったんだあ」
普段からは想像の付かない内側。一歩踏み込んだ部分。
そこで、夜通し先輩に手厚く祝福していただいた。贈りものとして、とてもとても、大切なものを頂戴した。女性にとっては一度きりである、大変貴重なものだ。
「好き……」
そう囁く先輩の、目に見えなくともひしひしと感じられる壮絶な色香に、確信する。自惚れなどではなかったのだと。奇跡は作為的に引き起こされたのだと。いつからかはわからないが、先輩は、俺のことを憎からず思ってくれていたのだと。
「君は真面目だからさ、きっと責任を感じちゃうんだろうね。私、こんな最低な方法でしか伝えられなかったけど……これからも、先輩として接してくれる?」
「無理に決まってます」
手探りで探し当てた彼女の唇に、口付けをもってして答えとした。
2023.08.31(初出 08.23)