オールマイト:フラワー・シャワー
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「二次会やらないなんて、新婦さんよく納得しましたよね」
「まあ、こっちの関係者が多いからね。彼なりの来賓への配慮ってことだと思うさ」
「らしいっちゃ、らしいですけど……新婦さん一般の人じゃないですか」
「それだけ、理解のあるパートナーを得たってことだよ。素直に祝ってあげようじゃないか」
「オールマイトがそう言うなら」
結婚式の一次会後、オールマイト争奪戦に見事勝利した名前ちゃん。折り行ってお話が……ってことで、二人っきりの状況を作ることに成功。個室のある落ち着いた雰囲気のあるお店である意味、二次会。ただし、どちらも素面。ノンアルと少しばかり摘める物を注文。
「それで? 話っていうのは?」
「あー、それなんですけどね……二つあるんです。本題と割とどうでもいいお話と。どっちから話そうかなあ」
オールマイトに促されて、名前ちゃんの視線が泳ぐ。
「……決めました。いきなり、本題から入っちゃいますね」
穏やかな表情で切り出すのを待ってくれているオールマイト。大好きな優しい瞳。決心が付く。大きく息を吸って、吐いて——
「……お誕生日おめでとうございます! オールマイト!!」
「あ、ああ……うん……えっ、私?」
「そうですよ! 今日、お誕生日じゃないですか、オールマイトの」
きょとんとするオールマイトの前に、バッグからいそいそと取り出したプレゼントを差し出す。
「緑谷くんに先を越されてちょっぴり悔しかったんです。でも、大人なので我慢しました……」
「そうだね。あくまでも、あの場は彼らをお祝いする席だからね」
「それなのに、緑谷くんと来たら……」
「ははは」
ウェルカムスペースでの人目を憚らずに盛大に祝う緑谷くんとたじたじになるオールマイトの遣り取りを思い出して、あからさまな膨れっ面。「私もお祝いしたかったです。あいつの結婚式なんかより、オールマイトのお誕生日の方が私にとってはずっとお祝い事ですもん」って本音まで漏らして、「コラコラ」って注意されちゃう。さすがに愛弟子である緑谷くんを上回るのは難しいけど、その次は私! くらいの自負がある。間違いなくA組女子の中では一番。在学中は誰よりも質問しに行っていた。
「ちなみに、中身はネクタイです!」
「言っちゃうんだ?」
「はい! わくわくしてもらって期待外れだったら立ち直れそうにないので」
「なんだって嬉しいさ。それが可愛い教え子からだったら、尚の事。有り難く使わせてもらうよ」
「可愛いかあ……」
反芻する名前ちゃん。オールマイトがうんうんと頷いて肯定してくれる。
「でも、いいんですか? とんでもない色とか柄だったらどうします?」
「ノープロブレム! それでも、着けるよ。君からの真心だ」
本当は極めて無難な色と柄。普段使いできるように、それこそ、教壇に立つのに支障のないシンプルなデザイン。オールマイトにこれからもずっと先生で居てほしいっていう願いを込めて。
言葉を裏付けるためなのか、開封せずに丁重に仕舞い込まれるネクタイを眺めながら安堵の息。正直、センスには自信がなかった。面と向かって述べられる感想を受け止めるだけの度胸も持ち合わせていない。黄色いスーツに青いネクタイの印象が強過ぎるせい。方々、探し回ったものの、結局、今日までに納得のいく物は見付けられなかった。
「真心かあ……」
反芻する名前ちゃんに、満面の笑みで「ありがとう」を口にするオールマイト。昔とちっとも変わらない、学生の頃からずっと見続けてきた、笑顔。
「……どうでもいい話、してもいいですか?」
「うん。どうぞ」
勿体ぶった素振りで、一旦、言葉を切る。他でもない、オールマイトに伝えるのにはちょっぴり勇気が要る。喉をノンアルで少し潤してから、臨む。
「オールマイト、私……結婚します!」
「ええっ!? 全然どうでもいい話なんかじゃないじゃないか!」
動揺するオールマイトを見て溜飲が下がる。何食わぬ顔で「おめでとう」を言われなくて良かった。
「むしろ、私の方がどうでもいいヤツ! そっちが本題だろ?」
「へへへ……」
「お相手は? 誰だい?」
「誰だと思います〜?」
顎に手を当てて考え込むオールマイトを尻目に悠々とノンアルを煽る。……素振り。嬉しさより寂しさが上回っちゃって、どうしようもない。とっくに生徒としては卒業しているけど、いよいよ卒業しなくちゃいけない。ひょっとしたら、これが最後になるかも。
「時間切れです! オールマイト、オールマイト」
「ん?」
口の横に手を当てながら、声のトーンを落として呼び掛ける。察してテーブルから身を乗り出して耳を貸してくれるオールマイトにこっそり、告げる。周りに誰も居やしないことはわかってるけど、内緒話の定番といったら、やっぱりこれ。
「……本当に? 彼?」
「本当に! 意外でしたか?」
「いやー、まさか、彼だったとはね!」
「気付かなかったでしょ? そういうのに疎いですもんね〜、オールマイトはね〜」
からかい調子で言うと、「もう! 意地悪! 二人揃って黙ってるなんて……教えてくれたっていいじゃないか……」ってお茶目な返し。意地悪なのは私だけなんだけどな、って名前ちゃん。
私から伝えるから絶対に黙っててね。
遠くない将来、旦那さんになる予定の彼にはずっと口止めしてあった。結婚式の日取りは決まったものの、心が、なかなか決まらなかったから。
「冗談はさておき……おめでとう、苗字くん。幸せになるんだよ」
ああ、苗字くんじゃなくって、もう、○○くんになるのか——オールマイトの口から聞くと、複雑。なれるなら、『八木』が良かった。今でも未練がましく思う。それでも彼は構わないって言ってくれたから……結婚に踏み切った。
「幸せになるために、オールマイトにお願いがあるんですけど……」
「言ってご覧。私にできることであれば、なんなりと」
「……『お父さん』、やってもらえませんか?」
「ああ、そうか……君は、そうだったね」
お父さんが居ない、名前ちゃん。亡くなったのは随分と前のこと。今後の相談をしている時に、見栄え、悪いかな……って苦笑いを浮かべたら、彼からオールマイトの名前が出た。なんて酷な提案をするんだろうって思う反面、彼の気持ちを考えたら声を荒らげることは憚られて、力なく頷くしかなかった。図々しいのは百も承知で、お願いしてみることにした。
「わかった。私に全うさせてほしい、その大役」
「ありがとうございます。幸せになれそうな気がします」
「なれそう、じゃなくて、なるんだよ。絶対だぜ?」
「はーい。よろしくお願いしますね、お父さん」
確かに、親子ほど年齢は離れているけど——これは、間違いようもなく間違えた恋だった。
「ちなみに私の時には二次会やりますから! 奮ってご参加ください!」
「君、辛党だものね。今日は? 飲んでないようだけど?」
答えずに、微笑むだけの名前ちゃん。
オールマイトがその理由を知ったのは、もう済んでしまってから。彼女が同じく教え子である彼と籍を入れてから。苗字くんじゃなくなってから。
お腹に、その子が居たからだったんだね。
結婚式は6月。ジューンブライド。
花の雨が降り注ぐ中、行われた。
2023.06.12(初出 06.10)