charm
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
新曲、名前がセンターじゃないってのが気に入らねェ。
待ち望んでいた俺の気持ちを、耳揃えてでも熨斗付けてでもなんでもいいから返しやがれ、クソゴミ運営!
「ま、まあ、そういうこともあるよね……新規メンバーの加入の件もあるしね?」
「黙っとけ! クソナード改め、クソドルヲタ!」
「いや、でも、僕も名前ちゃんがセンターの方が推しがいはあるよ! 箱推しではあるけど、やっぱり、しいて言うなら名前ちゃんだよね」
「推すな! 被ってんだよ、同担やめろ! 今すぐ、名前のファンやめろ。そして、死ね。名前は俺だけのモンなんだよ」
「うわあ……かっちゃん、痛い……」
付き合ってる女を推すことの何が痛いってンだ。お前らみてェな偶像崇拝者と一緒にすんな。
「僕だって、一応、名前ちゃんと幼馴染みだし……」
「ハァァァ? 幼馴染み面してんじゃねェ。俺と名前の間に入って来ようとすんな! 殺すぞ!」
「いやいや、そういうつもりはないよ? ただ、幼馴染みとして、純粋な気持ちで推したいって言うだけで……」
「お前の分まで俺が推す。だから、安心して他の担当に回れ。箱推しなら他のヤツでもいいだろ」
「かっちゃん、同担拒否は悲しみしか生まないよ! 無益な争いはやめようよ! いい、かっちゃん? アイドルである以上、名前ちゃんを支えるファンっていうのは多ければ多い方がいいに決まってるんだよ。人気投票の結果がそのまま顕著にメディアへの露出に繋がる訳だから、ポジションの確立という点ではーー」
うぜェ。誰よりも古参の俺に向かって、講釈垂れ流してンじゃねぇわ。
こちとら、名前が歌い始めた頃からの原初のファンだわ。そこらの俄とは歴がちげンだわ。
名前とは、ババアに無理やり通わされた音楽教室で出逢った。
とにかく、名前はべらぼうに歌が上手かった。この俺が聞き惚れるくらいだ。そりゃあもう、衝撃的だった。ぜってぇ、なんか歌に関する個性を持ってるに違いないと思った。
で、俺もまた天才だった。適当に楽器触りゃあ、なんだって様になった。音楽に魂売ったみたいな名前が俺に懐くのも当然だった。
蓋を開けてみりゃあ、家が近所。
ヒーローになるのに必要ねぇって音楽教室辞めてからも、割と頻繁に会ってた。なんか知らんけど。小学のうちは学区もおんなじだから、登下校も一緒だったし、放課後も一緒だった。なんでかわからんけど。
「かっちゃん、『めおと』ってなんだと思う? わたし、きょーみがあるの!」
低学年の頃、公園で遊んでたら名前が真面目な顔して訊いてきた。
絶対、こいつ、俺に気があるなって確信した。
「そんときが来たら、俺がなったるわ」
「ほんと? さすが、かっちゃん! やくそくだよ」
こうして、結婚の約束をした。
指切りげんまんウソついたらハリ千本飲ます〜って名前が鈴を転がすみたいな声で歌って、互いの小指を絡ませた。
この時、俺は忘れてた。
名前がクソが付く程のアホだってこと。
……あいつ、『
音階のドとかレとかの他にメって音があると思ってたとか意味不明なこと言い出す始末。俺が『なる』って言ったのも『鳴る』だと思ってたってよ。
っつっても? 約束は反故にはなんねぇかンな! って言ったら、約束守ってくれないってこと? わたし、じゃあ、かっちゃんのお嫁さんになれない……? とか、これまた訳わからんこと抜かしやがった。そっちの『保護』じゃねぇし!
中学に上がる頃、名前がデビューした。
前々から歌手になりてぇって言ってたし、名前の歌唱力なら妥当だとは思った。
夢を叶えるっていう点で一歩リードされて悔しいって気持ちはあったが、まあ、それなりに喜ばしく思った。
ただ、デビューはデビューでも……クソみてぇなアイドルとしてだった。
新しくグループを立ち上げるってんで、それの一期生とかいう雑な扱い。大勢のうちの一人。
どうせアホだからよく理解もせずに目先のデビューに飛び付いたんだろうなって、憐れみを覚えた。だまくらかされてるのは明白だった。
名前の個性は歌なんかじゃなかった。
『魅了』だった。
信じられねぇことに、あの歌声は純粋に持って生まれた才能だった。それと同時に合点がいった。
普通に考えたら、この俺がこんなアホに惚れるはずがねぇ。全部、チートな個性のせい。多分。
歌上手くて、顔もそこらの女子よりずっと整ってて、チャームの個性持ちで……ってなったら、アイドルにした方がよっぽど金を生み出せる。正統派の歌手なんかで事務所が満足するはずない。
棚ぼた的に釣れた金の卵を生む極上のニワトリだ。名前のアホさと来たら三歩歩けば忘れンのと同レベル。
大人ってきたねぇなって、子ども心に思った。
卵ってワードで邪な連想しちまう俺も今やすっかりきたねぇ大人の仲間入りだわ。産ませてぇ。
「かっちゃん、セミヌード……って、なんだと思う? セミが、裸ってことは、要するに脱皮したばっかのセミってことだと思うんだよね」
「……はァ?」
「知ってる? セミってね、エビみたいな味するんだよ……」
悩ましげな表情で急に話題を振ってくる名前。恐らく、こいつ的にはただの悩んでる顔。困り顔。
しっかし、ツッコミが追い付かない。
なんの話してンだよ。ヌードの話してんのかセミの話してんのかエビの話してんのか、理解も追い付かねぇ。
「お前、よく食ったな」
「だって、あそこでわたしが食べなかったら、かわいそうでしょ? あの子、虫、すっごい苦手なんだよ」
週末の深夜ってか週始めの深夜にやってるグループの冠番組。
罰ゲームで後輩が食うはずだった食用のセミを名前が代わりに掻っ攫った光景には目を疑った。巻き戻して三回くらい確認した。
その日は朝から予感めいた感覚があって、たまたま録画の予約して家出たけど、俺の直感に狂いはなかった。仕事が長引いてリアタイで見られんかったから、危うく見逃すとこだった。
人数が多い分、不動の人気だっつってもこいつが出てないこともある。そういう回は観るに値しない。ただ、他のメンバー間で話題に上る可能性があるからには最後まで見ない訳にもいかない。
今や、その番組見ねェと一週間経ったんだって気がしねぇ。
後輩が震えながら箸で摘んだキャラメル色の素揚げ。隣国ではメジャーらしい。
「食べちゃうね♡」って運営に割り振られた設定に則って小悪魔キャラを演じきるプロ根性に鳥肌モン。さすがの年季。
そういうあからさまな方が個性使ってんのがバレにくいし、もしバレた時にも保険が利くようにって話。
名前の涙ぐましい努力のかいあってか、冠番組を持つに留まらず、テレビのチャンネル適当に回しゃあ、毎日メンバーの誰かかしら出てるっつーとこまで来た。国民的アイドルとか言うヤツ。
「近年、いくら昆虫食が注目浴びてるっつっても、お前だって虫得意じゃねーだろ」
「いいの! 撮れ高の問題! あと、意外とおいしかった……」
「でも、セミヌードはやめとけ。一生食わず嫌いで構わんわ」
「なんで?」
「俺が嫌だからに決まってンだろ!」
なんで?
じゃねーわ! アイドル然とした決め顔で小首傾げンな! 萌え殺す気か!
なんでは、こっちの台詞だっての!
なんで、彼氏である俺より先にモブのクソ皆々様に惜しげもなくその眩しいであろう肢体を公開しなくちゃなんねンだよ。裸はおろか、下着姿すらまだ拝んだことねぇわ。ふざけんな。
こっちは延々と我慢をしいられてるっつーのに……一体全体どういう了見だ。
時代錯誤的に恋愛禁止って銘打ってるグループのアイドルが非処女だなんて許される訳がねェ。
名前のとこはゴリッゴリの清純派を気取ってて、衣装の露出も控え目、露骨な歌詞の曲なんかも皆無。童貞ヲタの妄想力を掻き立てるあこぎなビジネス。そして、運営がしっかり儲かるシステム。
はぁぁぁー、生き恥を晒してるなんて思っちゃいねぇが、さすがに魔法使いは勘弁だわ……。
俺はいつまで待ちゃあいいんだよ。いい加減、卒業してぇ。捧げさせろ。
かと言って、名前にさっさとアイドル卒業しろとか酷なこと言えるはずがねぇ。俺にとってヒーローが天職であるのとおんなじで、こいつにとっては歌が天職。
「うーん……かっちゃん、ちっちゃい頃、セミよりカブトムシが好きだったよね? 昆虫の王様なんだよね? サイキョーのヤツがいいんだもんね?」
「虫から離れろや。問題はセミの方じゃなくて、ヌードの方なんだよ。セミヌードってのは全裸じゃねぇ裸ってことだわ。全部は見えてねぇっつーだけで、脱ぐことに変わりねんだよ」
アホな名前にもわかるようにご丁寧にご解説してやる。
なんつー話題振ってきやがる。俺にとってはセンシティブ過ぎるわ。
「そうなの!?」
「いいか、もしそういう話が来たら何がなんでも乗るんじゃねぇぞ! ただでさえ、汚れ役やらされてンだから」
「よごれやく? そ、そうなんだあ……わたしじゃなくってね、卒業した同期の子がね、迷ってるって言っててね……良かった。よくわかんなかったから、知ったかで納得いくまで考えた方が良いと思う! ってアドバイスしたの!」
「奇跡的に会話噛み合って良かったじゃねぇか。金輪際そいつにーー二度とそいつに口利いてもらえなくなるとこだったな」
名前用に言い直す。簡単な単語を用いないと伝わらなくて話がややこしくなる。
生来のアホに加えて、他の学生とは違う勉強に明け暮れる日々の中で大人になってっから、一般常識に疎い。親が自営業やってるせいもあって、金銭感覚諸々引っくるめてくるくるパー。基本的に歌うことしか頭にない。
そんな状態でよくもまあ、ここまでファンを騙して来たもんだわ。小悪魔系だのセクシー系だの設定が無謀。
最近じゃあ、メディアへの露出が急激に増えてそういう部分を隠し切るのが厳しくなってきたからか、天然属性を大々的に解禁した。ファンの間ではなんの問題もなくすんなり受け入れられた。
最初っからそうしとけば、こいつの負担もずっと軽かったろうに。「新しい衣装ね、また、わたしのスカートだけ短いの……」ってよく嘆いとったわ。
ただ、それすら巨額の金を動かすための商業戦略な気もする。
「そ、それはさみしい!」
「で? 誰が脱ぐって? あいつか? それとも、あいつか?」
卒業したメンバーであっても名前がすぐさま浮かぶ辺りに危機感を覚える。
別に、俺はグループのファンって訳じゃねぇ。アイドルなんかに全く興味なんざねぇ。
彼氏として名前の動向を把握すンのにそう受け取られかねない行動を渋々ながら取るしかないってだけだ。
名前はグループの立ち上げ当初、最年少だったからまだ現役やってっけど、歳上の同期はどんどん卒業してってほとんど残ってない。
そんで、いつの間にか五期生。また新しいメンバーが入ってきた。
「ーーちゃんだよ」
「あー。あいつか……微妙なとこだな」
「ビミョー?」
「出しゃあ、売れはすンだろうけど」
「な、なるほど?」
引退はしてないはずだが、卒業してからテレビではほとんど見掛けない。
もし写真集として発売されたら浮気性の出久辺りは嬉々として買いそうだ。何が箱推しだ、都合のいいこと抜かしやがって。
俺は違う。名前のしか買わねぇ。名前のだったら三冊買う。今までも、これからも。
保存用、鑑賞用、観賞用。
そうするつもりは毛頭ないから布教用は要らん。個人的に楽しむために三冊でいい。
出久のヤツ、布教と称して轟にソロじゃねぇ全体の写真集押し付けてたけど、「へぇ……」ってその場でパラパラ捲って見て「……うん。ありがとうな」って即返却されてた。もし、轟が名前に興味持ったらどうしようかハラハラしたから安心した。
どう見ても、どう考えても名前が一番可愛い。贔屓目なしに可愛い。クソ可愛い。
もっと言うと写真なんかより動いたり喋ったりしてる名前のがもっと可愛い。声が可愛いし、アホなところ引っくるめて可愛い。あと、いい匂いがする。
「かっちゃん? おーい、元気ですか?」
「耳元でデケェ声出してンじゃねーわ!」
顔、ガン見しちまってた。
名前に目の前でひらひら手を翳されるまで気付かんかった。クッソ、会うの久々過ぎてやすやすと防御を突破されとる。
このまんまだと動悸と息切れが誘発されてクソダサな結果になんのが目に見えてる。
名前の部屋で……二人っきりだし……。
何回かすっぱ抜かれそうになってるけど、そのたんびに記者捕まえて明るみに出る前に名前の個性でぶっ殺してる。悩殺。
「幼馴染みです。わかりますか? だから、一緒なのは普通です。わかりますね?」って名前が耳元でガチめに囁くとなんにもなかったことになる。相手が勝手に忖度し出す。名前の不利になるような言動の一切を慎むようになる。えげつない。
こいつは否定しちゃいるが、スイッチにたとえると、オンとオフで切り替えてんじゃなくて、常にオンの状態で日常的に個性を漏らしてるような気がする。恐らく、無意識下に弱と強で使い分けてる。
そうでないってんなら、俺がここまでこいつにハマってる意味がわかんねぇ。長いこと一緒に居る弊害でそれすら冷静に判断できかねる。
とにかく、今みてぇな至近距離はやべぇ。あと、情報漏洩とかマジで洒落にならん。
まだ公式に発表すらされてねぇ新曲の歌詞、英語の意味がわからんっつーから、忙しい合間縫って教えに来てやった。バレたら首切られかねない事案。
でも、来るっつー選択肢しかありえねぇ。バレなきゃいンだよ、バレなきゃ。呼ばれたら脊髄反射。
ローテーブルに横並び。筆記用具とノート広げてガキの頃とそう変わらない構図。
ただ、昔はここまで緊張しなかった。ドヤ顔でご指導ご鞭撻くれてやってた。
名前が洗練されたからか、俺が意識しまくりなせいか……。
そろそろと、距離を取る。取ったところで二人っきりってのも変わらねぇし、まだ帰るつもりもなけりゃあ、これといって何かしようってつもりもさらさらない。
「えっ、何? かっちゃん、どうしたの? トイレ?」
「行くか、ボケ!」
なんでよりにもよって彼女ん家で、必死こいて健気に勉強しとる現物を尻目にトイレに篭もってソロで扱かねェとなんねンだよ。倒錯的過ぎるわ。どういう性癖だよ。
「違うの? じゃあ、どーしたの?」
「どうもせんわ!」
距離を取ろうとしてんのに、取れば取った分だけ、距離を詰められる。
攻防の果て、両の手のひらを床に付けて、前のめりの姿勢できょとんとした顔をする名前。……誘っとンのか! 犯されても文句言えねぇぞ、その上目遣い! 俺を
この際、ちょっとビビらせてやろうと思って、逆に距離を詰めてみる。内心、気が気じゃねぇ。
そう、追われる意識より追う意識。そうすりゃ、多少は余裕が出てくる。本来、俺はそっち側の人間だ。
「んんっ? なになに? 急に、何?」
「お前だって、逃げるじゃねぇかよ」
「だって、かっちゃんがこっち来るから……」
「だからって、逃げなくてもいいだろが」
「へっ? かっちゃんこそ、さっき……」
「うるせーな! 一寸先が闇だったら、一寸前は光なんだよ。忘れろ」
「う、うん! なんかかっこいいね、その言い方! 覚えとこうっと」
そんなことわざはない。今、作った。
何も考えずに頷く名前はやっぱアホだ。俺を信じきって出鱈目をノートに走り書きする姿がアホ可愛い。
下向きになってさり気なく髪を耳に掛ける仕草にぐっとくる。喉が鳴る。
割と、限界が近い。
……ちょっとくらい、ちょっとくらいなら……触ったって、罰は当たらねェよな? 彼氏だしな?
意気揚々と書き終えてペンを転がした名前の手に、そっと手を重ねる。
あっ、やべぇ、手汗……。
「か、かっちゃん……!?」
思っクソ、悲鳴上げられた挙げ句に涙ぐまれた。最ッ悪。
「爆発させられるかと思った……」って、ンなことするわきゃねーだろ!
やたらと声量あるせいで隣人に通報されるんじゃねぇかと焦ったわ。ヒーローなのにサツ呼ばれるとか著しく根っこの部分に傷が付く。
色々と足りてない頭でも、ちったあ考えろや。
お前が口ずさむ甘酸っぱい恋の歌に、俺が投影される余地はねぇのかよ。
2022.09.08