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「28日? まあ、その日だったら大丈夫かな。平日だしね」
クリスマスはクリスマスで幸せそうなカップルや家族を見て嫉妬に駆られて犯行に及ぶ底の浅い
丁度、その中間。微妙な辺り。
なんだってわざわざそんななんの変哲もない日に絶対帰ってきてほしいだなんて……って疑問に思ったけど、そうだった。俺の誕生日だった。
よく、クリスマスとごっちゃにされない? ケーキもプレゼントも一個で済まされるんでしょ? って訊かれるけど、そもそもにして祝われた記憶がない。一般的にはそうなんだろうなって苦笑い。そうすれば、相手も納得してくれて、決まって向けられる同情顔。
理解してほしいなんて思わなかったし、気付いてほしいなんて一切思ったことなかった。
どっちも、名前ちゃんが初めてだった。
「啓悟くん、改めてお誕生日おめでとう!」
「ああ……うん……」
慣れないなあ、こういうの。
日付けが変わった瞬間から、おめでとう。何かに付けて、おめでとう。挙げ句の果てには「啓悟くんって、何時に産まれたんだろうね?」。
「何時に生まれたの?」って訊かないのは知ってるはずないって理解されちゃってるから。気にも留めたことないって呑気に返したら、「大事なことだからわたしは気になったの」って名前ちゃんらしい生真面目な答え。
「……あれ? おっかしいなあ……引っ張ってるのに、全然鳴らない……」
「貸してみて」
待てども鳴らないクラッカーを、拝借して自ら鳴らす。
名前ちゃんに向かって飛び出す中身。いやあ、愉快。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「いいよ、いいよ。ありがとう、名前ちゃん」
テーブルに所狭しと並ぶ、ご馳走。手の込んだメニューの中にシンプル極まりない焼き鳥が混ざってるのが面白い。
そう言えば。初デートは焼き鳥だったっけ。覚えててくれてるかな、名前ちゃん。
それから、いかにもなホールケーキ。ちょこんと載っかったチョコレートのプレートには祝福のメッセージと俺の名前。
どこかで見たような筆跡と言うか、チョコ跡。
「もしかして、これも手作り?」
「そうだよ! 啓悟くんのために、丹精込めて焼きました!」
「わー、すごいなー。有り難いなー」
「ほんとだよ? ほんとにわたしが焼いたんだよ?」
あらら……疑ってるように聞こえちゃったかな。
そんな訳ないでしょ。ハロウィンの時にも腕前は拝見済みなんだから。
あまりにも現実味がないもんだから、呆気に取られちゃっただけなんだけどなあ。こんな典型的なお手本のようなバースデーパーティーが俺のためだけに催されてるのかって。
壁には折り紙で作られた明るい色合いの輪っかがぶら下がってて、紙で作られた本物に程なく近いハイクオリティな花が至るところで華やぎを添えている。こんな光景、架空の世界でしかお目に掛かったことがない。
思い出にはさっぱりないけど、童心に帰れる気がする。昔、憧れた、愛情いっぱいの家庭。きっと、俺が知らないだけで世界のどこかには実在している一家団欒。
「名前ちゃん、ありがとぉねぇ」
「うん!」
ちょっぴり語尾を柔らかくして、と。
そうしたら、たちまちにこにこの笑顔。伝わったようで何より。
この調子で、調子に乗っちゃおう。
「厚かましいお願いしても、いい?」
「なぁに? わたし、難しいことはできないよ」
「うーん、どうかな? 俺は難しいことだとは思わないんだけど」
「えっ、えっ? なになに? なんか、気になっちゃう……」
「言ってもいい? いいんだったら、言っちゃうよ?」
「いいかどうかは聞いてみてからじゃ、ダメ?」
そりゃあ、そうだ。
あくまでも、決めるのは名前ちゃんなんだって、自分に言い聞かせる。
「ケーキの他にも食べたい甘いモノがあるんだ」
「うんうん。……甘いモノ? 啓悟くん、珍しいね?」
「名前ちゃんが食べたい」
冗談の中に本音を混ぜ込む。常套手段。
エプロン姿で立ち尽くす、名前ちゃん。
澄んだ瞳で何度か瞬きを繰り返した後、一気に耳まで真っ赤になる。可愛い。
「わ、わた、わたし、食べ物じゃないよ!?」
またまた、わかってるくせに。
その顔が雄弁に物語ってる。出やすいんだよね、名前ちゃん。
「じゃあ、その顔は?」
「啓悟くんが変なこと、言うから……」
「プレゼントまで欲しいなって思っちゃうのはいけないこと? 欲張りかな?」
「普通のことだけど……」
普通なんかじゃない。全然、普通のことなんかじゃないんだよ。
俺にとっては夢のような話。ありえない話。
一緒に過ごしてくれる人が居て、誕生日を、俺なんかがこの世に生を受けたことを……時間を掛けてお金を掛けて手間暇を掛けて、笑顔で、心から祝ってくれるだなんて。
ああ、こんな言い方しちゃダメだ。おどけてる場合じゃない。いい加減、罰が当たる。
因果応報の特に悪因悪果ってヤツで、いつかは廻り廻って自分に返ってくるんだろうけど……その際には、どんな罰であったとしても甘んじて受ける。ただ、名前ちゃんと離ればなれになるのだけはつらいなあ。できることなら、そっち系は勘弁してほしい。一番、堪える。
「名前ちゃん、ごめん。これ以上の我儘は言わないから、今夜はずっと俺の隣に居てくれる?」
「今日だけじゃないよ。啓悟くんがわたしを好きでいてくれる限り、ずーっと一緒!」
「そっか……じゃあ、安心だ」
名前ちゃんがどこにも行かないように。
名前ちゃんを抱き締めようとしたら。
名前ちゃんが俺の手から逃れて。
名前ちゃんへと伸ばした腕が、空を切る。
名前ちゃんの手が伸びて、壁際で咲いているペーパーフラワーを一輪、そっと摘み取る。それを頭に載せて、落ちないように慎重な歩みで俺のところへ舞い戻ってくる。
「け、啓悟くん……あんまり美味しくなかったら、ごめんね……」
お味は、折り紙付き。
はにかみながら微笑む名前ちゃんを今度こそ、腕と翼で閉じ込める。優しく包み込んで、花を落とさせない。優しく口付けて、怖がらせない。
ケーキより甘い君を、頂きます。
ーー案の定、お料理が冷めちゃった! って、ご立腹。でも、俺は満腹。
こんなに誕生日が嬉しいものなんだって、生きてて良かったって思わせてくれる名前ちゃんに感謝。君の幸せを、これからも、誰よりも側で祈らせてほしい。願わせてほしい。
俺に、叶えさせてほしい。君と二人で幸せになる未来を。
2022.12.28