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「かっちゃんとごはん行きたい!」
って名前が誘ってくっから、躊躇いなく休みを取った。
「えっ! 今日、お休みじゃなかったんだ?……あっ、見るとこ一週間ズレてたぁ!」
「そんなこったろうと思ったわ」
思っても可及的速やかに休暇を取るのがプロってモンだ。ヒーローの方じゃねェ、ファンの方。
クソ多忙な名前の貴重なオフにこっちが合わせンのは基本中の基本。でなけりゃ、一生デートなんかできっこない。
一応、携帯のアプリで互いの予定を共有してるが、これがまァー、クソの役にも立たない。名前も俺も一ヶ月ほぼほぼ仕事で埋まってやがる。
「そんで? どこ行くって?」
「ラーメン! いいとこ見付けたの!」
主食はドーナツ♡ っつー設定、忘れたのかよ。ラーメンってお前……自分のキャラ考えろや。
まあ、いいわ。アイドルっても人間だから、音立てて麺啜りたくなる日もあるわな。
普段のひらひらだのふわふわだののヲタ共に媚びた衣装と違って、アホなりに人目意識してんのかトレーナーにジーンズにキャップとかいう地味な出で立ち。ミニスカばっか穿かされてっから、逆に脚出してないのが新鮮。
こいつの場合、単に服選ぶの面倒だったとか、そういう理由な気もする。
最近、夜寝る時、寒い……って言うから何着てンだって訊いたら、パン一とかふざけたこと抜かすから呆れ果ててパジャマ買ってやったわ。女子に人気あるっつーブランドの上下揃えたら余裕で万札飛ぶヤツ。
パジャマでこの値段は高いのか安いのか相場がわからんけど、名前が着るンなら安い買い物なのは確か。なんか乙女っぽくて、なんかモフモフしとるの。トイプードル的ななんか。
はぁ……そういう部分だけ小悪魔キャラ順守なのやめろ。想像して夜分に目が冴えちまった俺の気持ち考えろ。貢いだら貢いだで、上だけ着てる自撮り送ってくンのマジでやめろ。どうやったらパンツ穿き忘れんだよ。下着のパンツじゃないだけまだいいけど、結局パンツじゃねぇか。
わざとじゃねぇって断言できるとこがこれまた罪作り。隠れてりゃあいいって問題でもねェわ! 妄想が止まらなくなンだろ!
俺ほどの真性名前キチともなると、そういうんじゃなくて色気皆無のトレーナーにジーンズにキャップでもムラムラ来るわ! 抑え切れてないオーラにクラクラ来るわ!
個室とまではいかないものの、他と仕切られた小上がりの席で割り箸を左右一本ずつ握って待機する名前。なんつー構えだよ、ナイフとフォークじゃねぇんだから。
行儀悪いわ、アホ丸出しだわで最高だわ。何やってても一挙手一投足が愛しい。こいつのありとあらゆる言動を許せる度量が今の俺には備わってる。もう、みみっちいなんざ言わせねェ。
「勝己くん! 聞いて!」
「あ?」
「わたしね! 卒業しようと思うの、アイドル!」
「…………おう」
何?
いきなり何言っとンだ、こいつ……???
度肝を引っこ抜かれてコメントのしようがねぇ。
クッソ意味不明。せめて、ラーメン食った後にしろよ。なんで注文して運ばれて来るまでのわずかな間にそんな重大な告白を済ませようと思い立ったんだよ。さすがに可愛いでは済まされねぇわ。
俺の戸惑いをよそに、湯気を漂わせながらラーメンが目の前に並ぶ。
「いっただきまーす!」って満面の笑みで両手合わせる名前をどんな顔して見ればいいのかわからんくて、俺もとりあえず箸を割る。
麺を持ち上げるも、気になってしゃーねぇ。なんの前触れも前振りもなかった。なんつー突拍子のなさだよ。今に始まったことじゃねぇが……行動が予測できねぇ。
「なんかあったンか……」
「……ん? うん! しんきょーのへんかってヤツ!」
「何がどうなってそういう結論に至った訳よ?」
「んっとねぇ、もう、10年くらいやった気がするしねぇ……」
「約11年」
「そう! よく覚えてるね、かっちゃん!」
「そこいらのヤツとは頭の出来がちげェんだよ、俺は」
名前に関することならなんでも覚えられるようになっとンだわ。
「年季入ってるっつっても……」
「ネンキ?」
「いや、長いことやってるっつっても、まだ続けたって許容範囲内……続けたって、問題ねぇだろ。年齢的には」
もう、永遠の10代ってことでいいと思う。小悪魔だったら歳も取らねぇだろ。
「卒業して、その後は? なんも考えてないってのはナシだかんな」
「だいじょぶ! ばっちし!」
決め顔で親指と人差し指で丸を作る名前。言わずもがな、可愛い。
「かっちゃんと、メオトになる!」
「はっ……?」
先を、越された……だと……?
口に含む前で良かった。含んでたらぜってェ噴いてた。麺持ち上げたまんまでずっと喋ってた。伸びる。
ここ、どこだと思っとんだ。雰囲気も何もあったもんじゃねェ、大衆的なラーメン屋だぞ? こっちはなァ、前々から名前がアイドル卒業した暁にはいい感じのホテルのディナーにでも連れ出して、なんかこう、ゆっくり夜景とか眺めながら王道のパターンでプロポーズするって決めてたンだよ! 計画がパーじゃねぇか、このくるくるパー!
「いいよね? 約束してたもんね?」
クッッッッソ、嬉しいッ……のと、なんとなく悔しい気持ちとが入り混じって震えてくる手で丸を作る。「ほっぺのとこで作るとカワイイ!」とか抜かすから言われた通りにやってやる。
箸なんて放り投げて両手でガッツポーズ作りながら雄叫び上げてぇとこだが、周りの客に俺だってのがバレそうだから黙って手だけ震わせとく。
「おいおい、心の準備くらいさせろや……」
殺人未遂でしょっぴいてやろうか。愛という名の監獄にぶっ込んで裁判待たずに終身刑にすっぞ。
「びっくりした? ごめーん! 結婚って、いいなあって思っちゃって……うらやましいなって!」
「羨ましいだァ?」
「あの子がね……あっ、あの子ってわかる? ショートくんと結婚した子ね!」
「ああ……」
あいつな。名前と仲良しこよしだってのは名前がよく喋ってっから知ってたけど、まさかそいつと轟がそういう感じになってるとは夢にも思わンかった。
呼ばれて結婚式、一緒に出席したわ。金に物言わせて派手にぶち挙げとったわ。
エンデヴァーが端からケツまでぶっ通しで泣いてて一同ドン引き。当の轟は終始、嫁の顔しか見てなくて気にも留めてねェ様子。
そこ持ってきて、出久の凄惨な友人代表のスピーチ。ドルヲタ丸出しで痛々しくて聞くに堪えンかった。いつの間に二人の共通の友人になってンだよ。轟についてならまだしも、花嫁についても熱烈に語り過ぎだろ。お前、名前推しだってンなら他のグループ応援すんな。多情か。一途な俺を見習え、雑魚が。
とりあえず、クソ愉快な式だった。酷過ぎて笑っちまったわ。
あと、死ねっつったの取り消しとく。生きてていいわ、轟。俺が悪かった。なんなら褒めてやってもいい。よくやった。お前が恋愛禁止っつー掟を破らせて嫁にアイドルよりお前自身を取らせたお陰で名前がその気になったわ。せいぜい、嫁のガチファンに殺されねーように生きろ。命狙われるかもしれンけど、頑張れ。ヲタ共の夢を奪った咎を背負って屍を踏み締めて尚も力強く生きろ。……そう遠くない未来の俺か。
「幸せなんだって! 人生が変わったって言ってたの! わたしも変えたいと思ったの、人生! だから、かっちゃん、結婚しよっ」
「別にいいけど……名前はいいのか? 歌手になるっつーのは?」
余計なこと言ってねぇで、快諾すりゃあいいだけの話なのに。
愛してるからこそ、ファンだからこそ、まずは夢を叶えてほしいと思う。結婚すんのは、そっからでも遅くねぇ。絶対にいつかはするって決めてっから、その点に関しては大丈夫。って、日夜、己を鼓舞してる。
「わたし、引退はしないつもりなの! かっちゃんとメオトになってね、アイドルはやめちゃって歌だけ歌うの!」
「運営からの許可は? 下りたンか?」
「もちもちのろん! わたしのあっついオモイノタケをね、ぶつけたらね……泣いてた! 好きにしていいって! こっちでぜーんぶ、サポートするからって!」
こいつ……遂にやりやがった……!!
トップに全力でチャームぶっかけたに違いねぇ。
どう考えても、ドル箱のこいつを卒業させてただの歌手で持て余しておくことに旨味なんかねぇ。
ここまで来たら、もう誰にも名前を止めることは不可能。
異性だけでなく同性にも効果あるタイプっつーだけでも相当厄介なのに、こいつの個性は画面越しだろうとお構いなし。伝播する。
アホのこいつが持っててほんとに良かった。人間性に問題あるヤツだったら、悪用してやりたい放題暴れてただろうと思う。……前に相手した笑わせるヤツとかマジで手ェ焼かされたけど、きっと、そン時の比じゃねェ。
この際、なんでもいいわ。名前とゴールインできンなら。過程はともかく結果だわ。結果出さンと。
「でもね、バラエティーとか出るし、CMにも出るし、イベントなんかも出るし、雑誌にも出るし、握手会にも出るし、写真集も出る! それが条件!」
それ、ソロになるだけじゃねーか! 茨の道かよ……!!
「かっちゃん、食べないの? ショクシュが動いてないよ?」
「食指な」
「そうそう! ショク……なに? なんだっけ?」
「しょ・く・し!」
食指と触手をごっちゃにすんな。俺の前で無理して難しい言葉使おうとしなくていいっての。
それにしたって、触手はダメだろ、お前……痛い目に遭わされたばっかじゃねぇか。禁句だわ。
病院で診てもらってもなんともなかったから良かったものの。
そもそもにして、『アレ』が触手だっていう認識がないのか。真っ当に生きてりゃ、そうよな。耳馴染みもなけりゃあ、リアルで目にする機会なんて本来あるはずねぇ。
「わたしの、しょ・く・し! は元気だから、スープの中にドバッとごはん入れちゃう!」
バカ可愛い。
「ふぃっ、おいしかった〜。どうだった? 激辛だった?」
「味はまあまあだったわ。ただ、激辛を名乗るには百年早ェ」
「百年? じゃあ、百年後が楽しみだね!」
人目に付かないルートを選んで、帰り道。
炭水化物でマックスまで満たされた腹を撫で擦りながら、名前が和やかにバカ発言。
ラーメンとかスープとか白米とかの代わりに、違うモンが入ってりゃあな……ってキモいこと考えちまう俺が居る。そもそも、入ってる場所が違うっての。
けど、それこそ、結婚って話になってくると現実味を帯びてくる。待ち侘びた、俺の卒業の日も近い。
「さすがの俺でもその頃にはぽっくり逝っとるわ。死んでるっつーの」
「うん……」
急に名前のテンションが下がる。普段のテンションがテンションなだけに、わかりやすい。
「食い過ぎか? こっから花畑行くンなら、いっそ俺ン家で花摘んでけよ」
公衆便所が花畑なら……なんだ? 箱庭? いい感じの比喩が浮かばねェ。微妙。
「あ、行く! かっちゃんの部屋!……それでね、わたし、思ったんだあ。死んじゃったらどうしようって」
「……は?」
『それで』の意味がわからん。なんで下の話からマジな話になってんだよ。
「あの、ピンクのうねうね……」
「アレか。アレの話しとンのか。この間のライブの……」
「そう、アレ。アレね、すっごいね、怖かった……死んじゃうかもって、生まれて初めて思ったの。わたし、今までラッキーで、そこまでのことってなかったから……」
多分、殺されはしなかっただろうけど、代わりに大事なモンは失ってたろうと思う。乙女としてアイドルとして。
そうなったら俺もやばかった。多分、報復してた。相手のヤツ、ぶっ殺さなかった確証がねェ。
なんとか間に合って良かった。ほんとだったら、そんな目に遭わねぇように守ってやりたかった。ましてや、手の届く範囲に居た訳だから……一生の不覚だわ。この償いは一生懸けてする。
ちなみにそン時の
この一点においては逆に、隠蔽体質の運営で良かったかもしんねぇ。マスゴミにたかられたら堪ったモンじゃねぇかンな。
聞くところによると「ずっと名前ちゃんのファンでした……」とか寝惚けたことほざいとったらしい。だから、そういうのはファンって言わねンだよ! ったく、どいつもこいつも……夢を売るってのも、難儀な商売よ。生憎と、俺は安売りはしてねェけどな。こいつの歌声はそんなしょうもねぇヤツらにすら希望を抱かせる。
「悪かった……。怖い思いさせちまって……」
「ううん! かっちゃんは助けてくれたでしょ? かっちゃんが来てくれた時、これでもう大丈夫って安心したの。すっごくほっとしたんだから」
そう言ってくれンなら、少しは気が楽になる。
「それでね、結婚しようって思ったんだ。かっちゃんと」
また、難解な『それで』。
「なんでよ?」
「かっちゃん、いっつもああいうのと戦ってるんだなって。わたしも、シミジミわかったの。大変だってことも、危ないってことも」
いつもではねぇけど、似たようなモンか。だいたい合ってる。ってことにしとく。
「それで?」
「それで! 人生、丘あり水たまりありでいつ何が起きるかわかんないから、夢を早く叶えなくちゃって」
「名前の夢っつったら、歌姫になることだろ?」
「それはね、ほんとは二番目なの! 昔はそうだったんだけど、今は違くて。一番はね、かっちゃんとね……メオトになることなんだよ」
随分、平坦な人生じゃねぇか。
でも、どんな時でも明るい笑顔を振り撒く名前にとってはそうかもな。指摘すンのも無粋だ。山も谷もたいした障害じゃねーってか。上等だわ。
「アホ名前。そんなん、夢でもなんでもねぇわ。お前がいいってンなら、すぐに実現すんだから。下んねぇこと言ってねーで、さっさとソロでトップ獲ってみせろや。……心機一転、改名してからな!」
「しんきいってん……かいめい……うんっ! がんばるね! 応援ありがとう、かっちゃん!」
ちゃんとわかってンだろうなって言ったら、ほんとはちょっとわかんないところあった……って困ったみてぇに笑うから、結婚して苗字変えて爆豪にしろっつってンだよってご高説垂れてやったわ。それでトップ獲れたら今度こそ本物だってな。周りにお前の真の実力見せつけてやれって。
こんな時にまでいちいち説明させやがって、クソ恥ずかしい。全く、バカと話してっとどっと疲れるわ。心臓がうるさくてしゃあねェ。
好きだから結婚してくれって、ストレートに告白しねぇと伝わらねぇとか、勘弁しろよ。どんだけお前のこと愛してると思っとんだ。口にして止まンなくなったら、どうしてくれんだよ。責任取らすぞ。
「かっちゃん! かっちゃんの部屋に着いたら、わたし、やりたいことあるんだけど……いっぱいいちゃいちゃしよ? ねっ?」
……クソがッ!
ンなこと言われたらもう待てンわ!
2022.11.21