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ある時から、ずっと昼夜逆転生活。
危機感を覚えて改善しようと躍起になればなるほど、逆効果。失敗するたびにまたダメだった……って落ち込んだ。
でもこういうのって心因性だって聞くし、ストレスに感じること自体が良くないんじゃ? ってことで、いっそ開き直ってみた。
夜、寝られないんだったら、夜、働きに行けばいい。
深夜って時給高いしね。
そういう訳で前向きにコンビニ勤務。
ただ、既に挫折感……挫けそう……。
客層っていうのかな。あんまりよろしくない。毎日のように怖い人が来る。
その中でも、すっごいやばい人が居る。他の人の比じゃない。
私がたまたまその人に当たることが多いだけで、毎日じゃないのかもしれないけど、とにかく、怖い。やばい。
最初に遭遇したのは入って間もなくの丑三つ時。
早く覚えなくちゃってレジに入りながら備品の場所なんかをチェックしてたらふらりと現れた。
店内にお客さんが誰も居ないことを確認したはずなのに、いつの間にか居て、しかも、目の前に立たれてたのに全く気付かなかった。気配がまるでしなかった。
「なぁ、ずっと待ってンだけど」って言われて飛び上がる寸前。
何度も謝って、頭を下げた。待たせちゃったから謝るのは当然とは言え、見た目のインパクト……パッチワークみたいに皮膚と皮膚を継ぎ合わせたみたいな異様な顔面に、仄暗いのに爛々と光っている目。堅気じゃない雰囲気をひしひしと感じて、ひたすら謝った。
「すげぇ、待ったわ」って淡々と言われて心臓バクバク。生きた心地がしなかった。
やっとのことで切り抜けたと思ったら、商品の前出しをしてた先輩に「見てたけど、あの人、全然待ってなかったよ。からかわれただけだから気にしなくて大丈夫大丈夫、苗字さん」って言われて首を傾げることに。
それからも頻繁に遭遇するものの、顔が怖いってだけで特にはなかった。普通だった。
人は見た目によらないし……って安心しかけてたところで、一波乱。
いつもみたいにレジ袋について尋ねたら、予想だにしない答えが返って来た。要らないって言われるのはわかってるんだけど、一応は、マニュアル通り。
「何枚ある?」って逆に質問で返されて、意味がわからなくて言い澱んでたら「ある分、全部」って無茶な要求を突き付けられた。泣く泣く、袋の枚数を声に出しながら数えてたら、三十枚を超えた辺りで哄笑。
びっくりして見上げたら、すごく人が悪い笑顔でその人が私を見下ろしてた。
「冗談に決まってンだろ? 要らねェよ、そんなに。でもまあ、折角だから貰ってくわ。バカ正直に数えてくれちゃって……真面目だねぇ」ってお会計して去って行って、呆然。
何事もなかったかのように、いや、そういうことがあったからなのかな……どういうつもりなのかは全くもってわからないんだけど、それ以来、毎回レジで話し掛けられて、困惑に次ぐ困惑。
そして、「まだ、こないだのがあるんだよなァ」って皮肉を付け加えられて、レジ袋を辞退される……。
「きっとあの人、苗字さんのことお気に入りなんだと思うよ。でも、あんまり関わりたくないタイプの人だよね……帰り道、気を付けてね?」って先輩に心配してもらいながら、今日に至る。
天気の話とか気温の話とか、他愛もない雑談で済んでるうちはそこまで気にする必要ない気もする。でも、正直、苦手意識。
履歴書一枚出すにも労力がかかる訳だし、一緒に組む機会の多い先輩は親切でいい人だし、家で寝られなくてお布団の中でうだうだしてるよりはずっと有意義。
そうは思っても……悩む。悩まないために働き始めたのに、結局、悩んでる。ただ、家で悩むだけじゃ、お金は稼げない。それなら、やっぱり、続けた方がいい。もうちょっと頑張ってみよう。
辿り着く結論はいつも同じもの。
もうちょっとで上がりの時間だ。今日はあの人、来なかったな。
客足が途絶えたのをいいことに、ぼんやりしながらカップ麺の位置を直していたら、突如として、目の前からそれがーー消える。
ぎょっとして振り返ろうとしたら、肘がぶつかる。ぶつかって、ようやく後ろに立たれていたことを理解して文字通り前後不覚。
「す、すすすみません……」
「立ったまま寝てンのか? まあ、無理もねェよなぁ。こんな時間なんだから」
腰を折るようにして上から顔を覗き込まれて、距離の近さに狼狽える。背が低いのも、困り物。
「夜更かししてっから背ェ伸びなかったんじゃねーの?」
「そうかもです……」
普段はカウンター越しだからまだどこか安心していた部分があったけど、落ち着かない。何かされると決まった訳じゃないんだし。むしろ、そんなことされる訳ないし。
多分、たまたまだ。私がコーナーの前に陣取ってたから仕方なくそうしたに違いない。
「あの、退けますね……」
ただ、退けようにも先に退けてもらわないと、どうしようもない。後ろも前も、塞がってる。ついでに、右も。
カップ麺を掴もうとして行き場を失っていたそのままの手を取られて、悲鳴を上げそうになる。
「何時上がり?」
「えっと……」
答えたくないなあ。知ってどうするつもりなのかってところまで頭が回らないけど、この質問、業務に関係ない。
目線を送ってみるものの、効果なし。察してほしい。そうこうしてるうちに、他のお客さん。
先輩がレジに居るはずだけど、私も戻った方が良さそう。団体さんだ。話し声がする。明け方までみんなで飲んでその帰りってところだと思う。
私たちが居る通路にもちらほら。酔っているせいか、あんまり注意がこっちに向いてないのは有り難い。なんとなく気恥ずかしいし、取りようによってはサボってると取られるかもしれない。
でも、酔ってる人って、支払いに時間掛かるから……。
「……もうちょっとです」
「そうかぁ」
答えたらもしかしてって。思った通り、スペースが空いた。そこまで、話のわからない人じゃなくて良かった。
慌ててレジに飛び込む。並んでいるお客さんを誘導するために声を掛ける。
なるべく意識しないように心掛けはしたけど、視界の端で常連さんが笑う気配がした。
「家、どこ?」
「なんでそんなこと訊くんですか……」
バレないようにこっそり帰れないかなって思ったんだけど。
案の定、見付かって、バイト先を出てから延々と隣を歩かれてる。
このままだと、家まで辿り着いちゃう。
「送ってやろうかと思って」
「ひとりで、帰れます……」
「そりゃあ、そうだろ。でも、危ねェだろ?」
「いえ……そんなに遠くもないので……」
「こっから近いの?」
余計なことを口走ってしまった。
言わなければ、遠回りしてどこかで撒けたかもしれないのに。
仕方なく、頷く。
「毎回、この時間?」
「そうです……」
「やっぱ、危ねェって」
「だ、大丈夫です。いざとなれば、家族も居ますし……」
「なんだよ、実家住みかよ」
どういう意味かはあえて訊ねないことにする。質問することすら、怖い。
できるものなら私だって、してみたい。でも、こんな状態でひとり暮らしなんてできるはずがない。
家族には、心から感謝してる。
そういうのもあって、たとえ自立とは程遠い金額であっても家にお金を入れなくちゃと思って汗水垂らしてる。
「じゃあ、俺ンとこ来いよ」
「えっ、遠慮させて下さい……」
「今すぐじゃなくてもいいからさァ」
あまりに突飛な提案に心臓の動きが心もとない。いつ止まるとも知れない。なんだかドキドキする。怖いのももちろんあるんだけど、男の人と並んで歩くの、初めて……。
昨日今日で出会った訳じゃないとは言え、ただの店員とお客さんっていう脆弱な繋がりしかないはずなのに。
そもそも、私……顔しか知らないし……。
「お名前も知らないですし……」
「俺は知ってっから、問題ねェよ。苗字サン?」
「そうですか……」
驚きはしない。名札付けてるから、知られていて当然と言えば当然だ。
「でも、どうしても呼びてぇってンなら……荼毘」
「だび、さん……?」
「よく、荼毘に付すって言うだろ? アレだよ、アレ」
冗談にしては極悪。最悪。
疑念が確信に変わりつつある。
堅気じゃないだろうと思ってはいたけど、やっぱりやばい人だ。偽名だって言うのが露骨。あと、わざわざそんな物騒な単語を好き好んで名乗るセンス。
そう騙ってるってことは、ひょっとしたら……殺人とかにも手を染めてたり、する……?
強制的に縮められた距離に本能が警鐘を鳴らしている。なんだって、そんな人に興味を持たれてしまったんだろう。私、普通に働いてただけなのに。真面目に社会復帰しようとしてただけなのに。
戦慄が、走る。
言ったところで知り合ってしまった以上、どうしようもない。もしかしたら、私の想像が外れているかもしれないっていう一縷の希望に縋り付くしかない。なんとしても、機嫌だけは損ねることのないようにしないと。
こうして、荼毘さんとの奇妙な日々が始まった。
2022.11.02