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「さあ、みんな! 清掃を制そう!」
「おー!」
って、あれれ?
オールマイトの号令に元気良く返事したの、わたしだけ? みんな、覇気がないね……?
秋と言えば! お掃除の、秋?
オールマイトの受け持つ授業でちょっぴりの空き時間ができて、急遽、野外授業。クラス全員で学校の敷地内にある森に繰り出すことになった。
そうだよね。秋だもん。葉っぱがすごい。
せめて、人がよく通るところだけでもってことで道に沿って各々別れて清掃活動。
「勝己くんがね、オールマイトのためにならねーから甘やかすなって言うんだよ? 気ぃ遣っても、惨めな思いさせるだけだわ! って。わたし、結構、面白いと思ったんだけど……」
「あはは……苗字さんのモノマネの方が面白いかな……」
「出久くん、どう? 勝己くんに似てた?」
「ううん! ちっとも似てないや!」
似てないのかあ。
ちゃんと勝己くんの喋り方の癖までそっくりそのまま真似っこしたつもりだったのに。目も眇めてみたりして。
でも、誰よりも勝己くんとお付き合いが長い出久くんがそう言うんだから、相当似てないんだろうなあ。ちょびっとショック。
やっぱり、目付きかな。下手っぴなウィンクみたいになってたかも。それで大幅に減点されたのかも。
観察が足りてない証拠だよね。明日からもっと近くで勝己くん観察しようっと。それで、いっぱい話し掛けちゃおう! 千里の道も一歩から、だよ!
「苗字さん、あの……その、かっちゃんは?」
「勝己くん? どこかな? 忙しそうにしてたから、声掛けて来なかったけど」
「えー、声掛けて来てないんだ……」
「うん! 上鳴くんたちとわいわいしてたぁ」
「そ、そう……」
出久くんが不思議な顔してる。なんて表現したらいいのかわかんない。なんだろう。勝己くんと一緒にお掃除したかったのかな? 二人ともちっちゃい頃からの仲良しさんだもんね。そっかそっか。
「なんか、こうしてると雄英に入学する前のこと思い出すなあ」
「そうなの? どんな思い出? 教えて、出久くん! 聴きたい聴きたいっ」
「森じゃなくて、海なんだけどね。トレーニングがてら、ずっと海岸の掃除をしてたんだよ。それはもう辺り一面酷い有様で、途方もないゴミの山でーー」
出久くんの昔話に耳を傾ける。
出久くんの記憶は勝己くんの辿ってきた歴史とも密接な繋がりがあるから、ついつい深堀りしちゃう。勝己くんに関することなら、なんでも知りたい。知識欲。勝己くん欲。
「わー、社会奉仕活動だ! ボランティア活動だ! 中学生の時だよね? えらい、さすが出久くん! その頃から出久くんは出久くんだったんだね~」
「いやいや、そんなんじゃなくて……ただ、オールマーーイト……みたいになりたくて……」
オールマイトの名前を途中で切る辺りに深い深い何かを感じて、それが何かは理解できないながらもうんうんって頷く。情感に溢れてることだけは確か。
「素敵なお話だね! 感動しちゃった! 出久くん、いっぱい苦労も努力もしてきてるもん。絶対、オールマイトに近付けてるよ。これからも、一緒に頑張ろうねっ。出久くんっ」
「うん。お互い頑張ろう、苗字さん」
はにかみながら笑う出久くん。出久くんの笑顔はとってもあったかい。人を照らす力がある。それにあやかりたい。
けど、望むだけじゃ、ダメだ。行動に移さなくっちゃ。わたしも立派なヒーローになりたい。ううん、絶対になる!
出久くんの両手を取って、改めて決意する。
この傷だらけの手は、誰がいつどんな状況で頼ってきても救いを差し伸べられるようにって鍛錬を重ねてきた手。触れるだけでも勇気を貰える。
「出久くんとお話できて良かった! 教えてくれて、ありがとう!」
「君だったら、茶化さないで聞いてくれるんじゃないかって思ったんだ」
ぎゅーって握ると、あったかい。ほんとに出久くんってあったかい。大好き。
「あの、そろそろ……」
「うん? なぁに?」
「苗字さん、ごめん、申し訳ないんだけど、今すぐ離してもらっていいかな!」
「あっ! わたしの方こそ、ごめーー」
つい、感極まっちゃった。熱くなっちゃった。
謝ろうとしたら、手をぱっと離した瞬間に出久くんがすさまじいスピードで後退って行った。後退るっていうか、落ち葉の絨毯の上を姿勢を低くしながらザーッて滑って行った。俊敏!
「テメェ……謝る相手、違うンじゃねぇのか? 名前!」
この声!
振り返らなくてもわかる、勝己くんだあ!
「勝己くん! あのね、出久くんとねーーふぇっ!?」
振り返り様に頭を鷲掴みにされる。力、強いぃぃぃ……。
な、なんか……バチバチ言わせてる気がするんだけど、気のせいだよね? 気の、せいだよね!?
出久くんになんとか目で助けを求めたら、ぶんぶんって首を左右に猛烈に振られて絶望的な気分! わたしの命運、今日ここで尽きちゃう?
「どこ行ったと思ったらこんなとこで……よりにもよって、こいつと? ペア組んで? 仲良く落ち葉拾ってましたってかァ? おい、答えろ、名前!」
「め、めめめ滅相もないよォォォ!? かっちゃん、誤解なんだ!」
「あァ!? お前には訊いとらんわ! 誰の許し得て、こいつと口利いとンだ!」
「かっちゃん、僕、苗字さんと組んでないからね! 全然組んでなくて、ほんとに仲良くなんかもしてなくて、たまたま……」
「ええっ! 出久くん、わたしとペアはダメなの? さっきまでのは仲良しじゃなかったの?」
「苗字さん、黙って! いいから黙って、苗字さん!」
出久くんがいつでも逃げ出せるように構えてるぅ! 平穏な日常生活を送ってたらまず取る必要ない体勢! 前の時間にやってた実戦訓練でおんなじ構え、見たんだけど!?
ってことは、勝己くん、ご立腹? デンジャー? どうしたのかな、お腹空いてる……とか?
「クソデク! 面貸せや! 落ち葉ごと綺麗さっぱり消し飛ばしたるわ! 虫に食われたドングリみてェに内側からボロボロになって惨めに死ねェェェ!!」
「面貸せない! わかった、わかったよ、かっちゃんに消される前に僕が退散するから! わー、いい感じに落ち葉集まったなー」
わたしに向かってまだまだ余裕がありそうな袋を掲げると、あっという間に木々を縫って姿を消す出久くん。
あえて、足場が悪いそっちの道に行くの? こんな時にまで足腰の強化?
あと、なんだか棒読み? 感情が篭ってない言い方だったけど……出久くんに限ってサボりってことは万に一つもないよね? 集めた落ち葉、まだいっぱい残ってる。
はっ、わかった! わたしが拾えばいいんだ……!! 後は任せたってことだよね? おっけー、任された!
「あ? なんだその顔?」
「出久くんに任されて、使命感に燃える顔!」
「なんじゃそりゃ……つーか、出久くんっての今すぐやめろ」
ようやく、頭を解放してもらえた。
良かったあ。柘榴にならなくて済んで。今度こそ、ぷちぷち弾けちゃうんじゃないかって緊張しちゃった。耳元で洒落にならない音がしてた。
ちょっとは良くなったかなって思ったのに、まだご機嫌斜めみたい。表情が険しい。やっぱり、腹ぺこ勝己くん?
「んぅ? 出久くん? 勝己くん、下の名前で呼んでたから……」
「俺はいいンだよ! お前は呼ぶな」
「なんでなんで?」
前は緑谷くんって苗字で呼んでたけど、わたしも勝己くんとおんなじ呼び方にしたいと思って真似っこするようになった。影響を受けた。
「すこぶる不快だからに決まってンだろ! 殺すぞ!」
「不快……」
不快なの? 不快かあ……もしかして、やきもち?
下の名前で呼んでるの、勝己くんだけだもんね。やっぱり、親密な感じするもん。わたしが割って入っちゃいけないってことだよね。
「そっかあ。じゃあ、緑谷くんに戻そうかな?」
「わかりゃあ、いいわ。そうしとけ」
いいなあ、幼馴染み。わたしも出久くんと親密になりたいし、勝己くんとはもっともっともーっと親密になりたい。
比べたらいけないんだけど、わたしにとって勝己くんは特別。他のクラスのみんなも好きだよ。でも、勝己くんは別格。大大大好き。雄英に入学してからずっと、憧れの人。
勝己くんを見てるとね、ときめきが止まらないんだぁ。声を聞くと、胸が高鳴っちゃう。好き好き大好き愛してる! 仲良くしたいし、できれば仲良くもしてほしい!
仲良くなるには相手に嫌われないための努力はもちろんのこと、相手の嫌がることをしないっていうのも大事。だから、勝己くんの言い付けは徹底して守るようにしてる。勝己くん、クレバーだし。言う通りにすればまず間違いは起こらない。
たとえ、右だと思っても、勝己くんが言うんだったら左が正解。わたしの判断なんかよりもずっと賢明で的確なの。
わたしも出久くんって呼びたいけど……勝己くんの嫌がることしたくないって気持ちの方が優先。勝己くんの頷きに頷き返して、微笑む。
「勝己くん、わたしねーーくしゅんっ!」
勝己くんの意に沿わないことはしないから、大丈夫だよ! って伝えようとしたら、くしゃみが出ちゃった。良かった、後ろ向くの間に合って。
勝己くんに向かって唾を飛ばすなんて、極刑モノ。絶対にまた、死ねって言われちゃう。
わたし、まだ、死にたくない。死んだら、勝己くんに会えなくなっちゃう。長生きできなくても構わないから、勝己くんがトップヒーローになる姿を拝むまではせめて生き存えたい。
「寒いンか?」
「ちょびっと……」
「だから言ったろ! そのクソみてェなコス、やめとけっつー人様の有りがてェ忠告聞かん報いだわ」
コスのデザインが悪いんじゃなくて、タイミングが悪かっただけだもん……可愛いは正義なんだもん……。
屋内だったらなんの問題もなかった。動き回ってたら、暑いくらいだし。
当初の時間割だと、屋外で長時間過ごす予定にはなってなかった。
ただ、予想外のことにも適応して対処に当たるのがヒーローだから。言い訳はしない。
「布増やせ! 布! 秋ごときでそんなんじゃ、冬になったら凍死すっぞ! 身体冷やすな、死ね!」
「えへへ……」
「……女子なんだから。冷えると良くねぇってよく言うだろが。……産む時とか、なんか……」
「なんか?」
膿む?
気圧とか気温なんかの関係で古傷が疼くってのは、よく聞くよね。幸い、わたし、まだそこまでの大怪我はしなくて済んでるけど。怪我したらの話かな?
「うん! 気を付けるね。ありがとう、勝己くんっ。心配してくれるの嬉しいなあ」
「礼なんてどぉーでもいンだよ。いいから、布増やせ! 話はまずそっからだわ」
笑って誤魔化しておく。勝己くん、わたしのコス気に入らないみたい。
情熱に免じてってことでかろうじて許可は下りたものの、改良しても改良しても指摘されちゃう。
布面積について、前々から言われ続けてるんだけど、そこだけはどうしても譲れない。肝心な場面で袖とか裾とかに行動を制限されたくない。
勝己くんと一緒に強くてかっこいいオールマイトみたいなパーフェクトなヒーローを目指したい気持ちも確かにある。なれるなら、それが一番いい。
でも、わたしの戦闘能力じゃ現実として厳しい部分があるから……具体的なヒーローとしてワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの面々を目標として掲げてる。
みんなに愛されるヒーローになりたいの。もちろん、まずはわたしが人を愛さなくっちゃ始まらない。罪を憎んで、人を憎まず。
だから、格好から入ろうと思って。そこまで器用じゃないから、せめて、できることを可能な範囲で一つずつこなしていきたい。
「よぉし、ここの落ち葉、やっつけちゃうね!」
「あ? いきなりなんだよ。まあ、いいわ。さっさと終わらすぞ。長々とやってられんわ、こんなクソだるいこと」
気合を入れて竹箒を握り締める。勝己くんがお手伝いしてくれたらすぐ終わると思う。モチベ上がるもん。
不意にガサガサ音がして、茂みから梅雨ちゃん。ぴょんって華麗に飛び出して来た。び、びっくり……梅雨ちゃんもそっち側からなんだ?
そもそも、今までどこに居たの? あっという間に姿が見えなくなっちゃったから、とりあえず緑谷くんに同行させてもらってた。
「爆豪ちゃん、爆豪ちゃん」
「ンだよ。名前じゃなくてか」
「ええ、ちょっと来て頂戴。爆豪ちゃんにしか頼めないことがあるのよ」
「梅雨ちゃん、わたしは? わたしもできることある?」
「ないわ。なんにもないから、名前ちゃんはいいわ。『ここで』為すべきことを為して頂戴」
な、ないんだ……。
ばっさり切り捨てられちゃった。
勝己くんが梅雨ちゃんとわたしの顔を見比べてる。
「で? なんだっつーンだよ。俺に何やらせようって?」
「来ればわかるわ」
「だから、なんだって訊いてンだろが! 引っ張んじゃねぇよ! それが物頼む態度かよ、クソか! 調子乗ってっと爆竹詰めンぞ、やめろや」
聞いたことある……その昔、昔々の子どもたちってこぞってカエルに酷いことする風習があったんだって……ひええっ。
勝己くんだったら爆竹なんかなくても……やだぁ、いくら梅雨ちゃんがカエルっぽくて可愛いからって乱暴しないでぇ……男の子は可愛い子をいじめたくなる生き物なんだって、ママが言ってた。だから、仕方ないのかもだけど……梅雨ちゃん、可愛いもん……あと、梅雨ちゃんも理由くらい教えてあげてぇ……。
それにしても、不思議な図。どっちかって言うと、勝己くんが梅雨ちゃんに乱暴に扱われてる気がしないでもないかも?
「名前! すぐ戻っから、ぜってェ、そこ動くなよ! 動いたら今日から一週間飴舐めンの禁止すっからな!」
そんなのあんまりだよぉ……!!
ロリポップのない生活なんて、考えられない。ロリポップが目の前にあるのに舐めちゃいけない道理がわからない。
梅雨ちゃんに引っ張られていく勝己くんを行ってらっしゃい……って、テンション低めに見送る。
途中、梅雨ちゃんが振り返ってわたしに目配せ? かな? わかんなかったから、首傾げちゃった。
なんだかんだで面倒見がいい、勝己くん。文句言いながらもお手伝いしに行ってあげるんだから、優しいよね。そういうところ、大好き!
わたしなんて最たる例だ。世話どころか、手まで焼かせちゃってる。名前すら覚えてもらえなくて金平糖女ってへんてこな呼び方されてた最初の頃を思うと、何かと焼いてもらえて嬉しい反面、たまに迷惑なんじゃないかなって不安になったりもする。
ションボリしながら、ぼっちでお掃除。ひとりになると、一気にやる気減退。
出久くんーーじゃなかった、緑谷くんって言わなくちゃ。緑谷くん、やっぱりすごいなあ。ひとりで海岸沿いをひたすらお片付けだなんて。
わたしだったら、無理かも。誰かが居てくれたらやれる気がするけど、居なかったら多分できない。勝己くん、早く戻って来ないかなあ。
「苗字」
「あっ、轟くん……」
ぼんやりしながら手を動かしてたら、向こうから轟くん。
竹箒持ってただ道を真っ直ぐ歩いてるだけなのに、ランウェイを悠々と進むモデルさんみたいなオーラがある。キラキラ。まるで、竹箒が流行の最先端を行くお洒落アイテムかのように思えてきちゃう。
「ここに居たのか。一人か?」
「うん……」
「どうした? なんかあったろ?」
「勝己くんに、ここから動くなって言われてるの。動いたらね、今日から一週間飴舐めちゃいけない刑に処されるんだ……」
「ぺろぺろキャンディーか」
「わたしね、チェリー味がお気に入りなの」
轟くんが言うと、なんだかすごく……可愛い。その言い方、可愛い。
ちょっと元気出てきたかも。轟くんって癒し系だよね。いつも癒やしてもらってる。
「毎回爆豪の言うこと聞く必要ねぇだろ。あいつの居ないとこで好きに食えばいいんじゃねぇのか? お前の勝手だろ」
「それもそうなんだけどね。良心が咎めるって言うか……とりあえず、お掃除終わらせなくちゃ。戻って来た時に終わってなかったら、まーだ終わってねぇのか! ってぷんすかされちゃいそう」
「まあ、言いそうだよな」
本日二回目の勝己くんのモノマネ。轟くんにはスルーされちゃった。前回の失敗を踏まえて、目は眇めなかった。眉根を寄せるだけにしといた。……迫力不足だったかな?
一応、勝己くんの真似っこっていうのは伝わったみたいだから、及第点?
「じゃあ、一緒にやるか?」
「いいの? ありがとう、轟くん! 轟くんと二人でなら頑張れる気がする!」
「なら、良かった」
早速、握ってる箒が軽くなってきた気がするもん! すごいなぁ、轟くん。
「優しいなぁ、轟くん。好きだなぁ」
「……だったら」
「んぅ? なぁに?」
「いや、なんでもねぇ」
小さな声で何か呟いてた気がしたんだけど、轟くんもわたしも喋りながら落ち葉を掃き始めちゃってたから音でよく聞こえなかった。
轟くんが手伝ってくれたお陰で順調。あと一息ってところ。
あっ、これ、まただ……慌てて背中を向ける。
「ふぇっ……くしゅんっ!」
「大丈夫か、苗字? 寒いんじゃねぇのか?」
「だ、だいじょぶ……もうちょっとだし……」
でも、勝己くんが戻ってくるまでは離脱できないんだった。
お洒落は、時に我慢……可愛いは、しばしば我慢……肌寒くたって、恥ずかしかったって……冷静に立ち返った時に自分で出した要望とは言え、ふと露出が気になる瞬間があるけど、変な意図はないもん。動きやすいに越したことない。
轟くんにも被害が及ばないように気を付けなくちゃ。乙女として大事な部分。
はぁ、暖かい季節が恋しい……って剥き出しの腕を擦ってたら、一年生の林間合宿でピクシーボブが勝己くんたちに唾を飛ばしてた映像が浮かんでくる。ピクシーボブったら、お茶目さん。
三奈ちゃんに「苗字、爆豪に唾付け返しといた方が良くない?」ってアドバイス貰ったっけ。そんなことできる訳なかったよぉ! ばっちぃって怒らせるの目に見えてるもん!
そもそも、なんでよりによって最も許してくれなさそうな勝己くん? 他の人の方がまだ笑って水に流してくれそうだよね? それこそ、轟くんとか……そういう問題でもなかったのかな?
「無理すんな。少しあったまろう」
掻き集めた落ち葉で小さな山を作って、そこに轟くんが火を点けてくれる。急造のぷち焚き火。
サツマイモがあったらなあ。暖を取るのと一緒にお腹も満たせるのに。
秋と言えば、個人的には食欲の秋。カボチャプリンにマロンモンブランにスイートポテト!
しゃがんで両手の手のひらをかざすと、冷えてた身体に染みる。染み渡る。秋の空気に晒しっぱなしの膝もまとめてあったかい。
轟くんもわたしの隣でおんなじように火に当たる。轟くんなら体温調節もお手の物なんだろうけど。
「わあ、この手があったんだね!」
「無風で良かった。あんま広範囲だと森ごと焼いちまうかもしんねぇから、こんぐらいで勘弁してくれ」
「ううん! 十分だよっ、すっごい、あったかい!」
「また体調崩されたら、困る。一年の時、あったろ」
「ああ、アレかあ。轟くん、さすがの記憶力だね。ちょっぴり、張り切り過ぎちゃった……大人の知恵熱? みたいな?」
大人って言うにはまだ早計だねって笑ったら、轟くんが微笑み返してくれる。
でも、そろそろ、子どもじゃなくなるから……わたしたちみんな、中途半端な時期。学生としても、折り返し地点。あと、半分。
「……苗字が元気ないと、俺も困る」
「ごめんね。じゃあ、困らせないようにしなくちゃだね」
「ああ。頼む。そうしてくれ」
わたしのこと、自分のことみたいに親身になって心配してくれるのほんとに優しいと思う。
秋、だからかな。
アンニュイな雰囲気で微笑みかけられると、無性にどきどきしてきちゃう。距離のせいかな、すぐ近くだし。イケメンなせいもあるよね、轟くんったらとっても素敵なお顔だもん。
普通科の子たちなんて、きゃあきゃあ言ってる。後輩ができてからは、余計にそう。
学食で轟くんとお昼食べようとしてしょっちゅう右往左往。乙女の熱気が、すごいの……勝己くんとお昼食べることの方が多いけど、機嫌悪い時とか断られたりしたらよく付き合ってもらったり。
だいたい、そういう時に限って、他のみんなの姿が見えないんだよね……透ちゃんの姿が見えないのは、毎度のことなんだけど。
轟くんがキラキラしてて見付けやすいっていうのもある。人がいっぱいでも、美人さんだから目立つもん。勝己くんの次くらいに見付けやすい。
休憩も、作業効率化に大事! って、割り切ってのんびりしてたら、どこからともなく眠気がやって来る。
あったかくて気持ちいいし、轟くんと過ごしてると気持ちが穏やかになり過ぎちゃっていけない。居心地がいい。
あと、昨夜、夜更かししちゃった……。
「苗字、ちゃんと寝れてんのか?」
「んー……瞼が、重たい……」
「睫毛、長いのたくさんふさふさ生えてるもんな」
「睫毛の美容液っていうのがあるんだよ。一生懸命、塗ってる……」
「へぇ。塗るとそうなんのか」
覗き込まれて、心臓がバクバク。あまりの目力に眠気が引いちゃった。
轟くんは美の化身だから……何もしてないのに、それだけ目元の印象強いの羨ましい……。
お世辞だろうけど、褒めてもらえたみたいで美容液ぬりぬりしてるかいあったかな。効果の程については懐疑的な部分がちょっぴり。伸びてたり増えてたりしてるって、信じたい。
「それで、寝れてんのか? 苗字」
「いっつもはね。昨夜だけね、あんまり寝られなかった……」
お布団を被る前に、勝己くん、もう寝たかな? って気になっちゃって、気になってきたら指が勝手に動いちゃった!
おやすみってメッセージ送ったら、まだ起きてた。たまたま携帯触ってたみたいで超反応だった。
『早く寝ろって』返事が戻ってきて、『勝己くんもね』って返したら『早く寝ろって言ってんだよ、寝ろ!』って返ってきて、『勝己くんが寝たらわたしも寝る!』って返したら『お前が先に寝ろ!』って返って来て『じゃあ、一緒に寝よ?』って返したら「うるせェ! 言葉選べや、クソ名前! 俺の安眠を妨げンじゃねぇ!! とっとと永眠しとけ!!」って電話が掛かってきた。
お喋りしてるうちに目が冴えてきちゃって、うっかり普段より夜更かし。何回おやすみって言ったかわかんない。なかなか切れなかった。
「……起きたら嫌でも顔合わすンだから、何も電話までする必要ねぇだろ」
「そうかも! でも、勝己くんから掛かって来たから、わたしの方から切っちゃうのはマナー違反かも? って思ったの」
「それで睡眠時間削ってちゃ、世話ねぇ。遠慮すんな。迷惑だってはっきり言って甘やかさねぇで切ってやれ」
「ううん! 全然迷惑なんかじゃなくって、楽しかった! 平気!」
「そっか……」
迷惑どころかとっても嬉しかったから、首を横に振った後、轟くんの言葉にしっかり頷いておく。甘やかしてもらってるのはわたしの方。
既読スルーされなくなったのも進歩だし、電話くれるようになったのなんかそれこそすっごく進歩。
わたしの勝己くん大好きな気持ちが勝己くんにほんのちょっとでも伝わってるといいな。
勝己くんの一番の仲良しさんの座は緑谷くんで埋まっちゃってるし、二番目三番目四番目も切島くん上鳴くん瀬呂くん辺りで埋まっちゃってるから……ここは五番目!
その辺りの妥当なお友達ポジションを狙っていきたい。
もちろん、轟くんがわたしの体調を心配してくれるのも嬉しい。轟くんともこれからも仲良しのお友達でいたいなあ。
しばらく無言のまま、二人で焚き火を眺める。
こういう会話が途切れた時に何か言わなくちゃって焦らなくても済む穏やかさが、轟くんのいいところの一つ。
「なあ、苗字。爆豪って……彼女とか、付き合ってる女子とか居ねぇのか?」
「えっ……?」
焼き立てのスフレみたいにふわふわしていた意識が、急にはっきりしてくる。キンキンに冷えたかき氷みたいになる。かき氷好きだけど、夏がいいな……今の時期に食べるならぬくぬくしながらじゃないと、つらい。凍死、しちゃう。
「いや、ふと思っただけなんだ。お前だったら、わかってんじゃねぇかと思って」
「わたしじゃなくて、出久くん……に訊いた方がいいと思う……知らないの。わたし……」
考えたこともなかった。
でも、そうだよね。勝己くん、あんなにかっこいいもん。わたしの感覚としては、オールマイトに匹敵するかっこ良さ。むしろ、勝己くんの方が上回っちゃってる。わたしの世界では世界で一番かっこいい。それだもん、モテない訳ないよね。雄英に入る前とか、どうだったんだろう。
わたし、ただ、一目でビビッと来て、勝己くんに仲良くしてもらいたいなって純粋に思って、入学してこの方、衝動に突き動かされるまま勝手に後ろをついて回ってたんだけど……もし、居たんだったら、すっごーく迷惑だよね? ウザい子だよね?
「じゃあ、大丈夫だな」
「そう……なの?」
「ああ」
轟くんのこの『大丈夫』って、何を指してるんだろう。
でも、広がる秋晴れと同化しちゃいそうなくらい爽やかな笑顔に思わず釣られちゃって、わたしも笑うだけ。見惚れて、言葉が出なくなっちゃった。綺麗。
「もし、爆豪に彼女できたら……どうする?」
「どうって……」
結局、今は居ないってこと? なのかな?
良かった。勝己くんの邪魔してなくて。
じゃあ、轟くん、知っててわたしに質問したってこと? ええっと、一体なんのために?
それに、今の質問……これも、なんだか不思議な問い掛け。そんなの、決まってる。
「お祝いするよ? おめでとうって! 力の限り、祝福しちゃう!」
「そうだよな」
「うん、そうだよ! だって、勝己くんが幸せならわたしも幸せだもん」
「俺もそうだったら、そうする」
だから、そうなったら応援しなくちゃ。
勝己くんだっていつか誰かとロマンチックな恋に落ちて、その人とお付き合いの末に結ばれて、お婿さんになってパパになって……勝己くんの子だったら男の子でも女の子でも間違いなくとびっきり可愛いと思うの。どんな人と、かな。きっと、素敵な人。あの勝己くんが認めるような人だから。
「その時は、二人で応援してやろうな」
「うんうんっ、ケーキとかお花とか用意した方がいいかな?」
「それはやり過ぎだろ。いきなり結婚するんじゃあるまいし」
「えへへ!」
ケーキだったら、いくらでも美味しいお店知ってるんだけどなあ。甘い物大好き。
轟くんとたくさん笑ったら、寂しい気持ちが湧き上がってくる隙なんてない。わたし、ポジティブだもん。前にしか進めないの。
勝己くんのこと好き好き大好き愛してるって気持ちは何があったって変わらない。
勝己くんに彼女ができたって、それこそ、轟くんが言うように勝己くんが結婚したって。勝己くんが家庭を持ったって、勝己くんに子どもができたって……勝己くんの完全勝利な道行きを、心から願いたい。
他人は他人でも、赤の他人じゃなくって、ちょっぴり他の人よりも近しい他人でありたい。
勝己くんが誰のことを愛してるかってことよりも、わたしが勝己くんのこと敬愛してるんだってことが大事! わたし、勝己くんの一番のお友達になれなくたって一番のファンでありたい! この湧き上がる気持ちに性別なんか関係なくて、とにかくすっごーく尊敬してるの!
「轟くん、ありがとう! もう、十分あったまったよ」
「つらくなったら言ってくれ。いつでも俺がお前の助けになっから」
「ふふっ。わたし、果報者だね。轟くんみたいにかっこ良くて優しい男の子に仲良くしてもらっちゃってる。幸せだなあ」
「俺も……毎日、苗字に幸せな気持ちにさせてもらってる」
焚き火を氷で覆い尽して消してから、残りの落ち葉も片付ける。点け方も轟くんならではだったけど、消し方もそう。ダイナミック。
葉っぱでぎゅうぎゅうの袋は轟くんが代わりに運んでおいてくれるって言うから、お言葉に甘えて勝己くんをひたすら待つこと数分。ひとりになってから、まだそんなに経ってない。
良かったあ、戻ってきてくれて。顔を見たら、ほっと一安心。
「勝己くん! 勝己くーーわわっ!」
「うっせェわ! 猛省しろ、ゲロ甘金平糖女! 目ェ離した途端またこれかよ……クソ名前がッ、震えながら死ねッ!!」
戻ってきて早々、なじられたぁ! 怒り心頭だぁ!
でも、勝己くんのお陰で震えなくて良くなった。冷たい言葉を浴びさせられても、身体はじんわりあったかい。
「勝己くん、これ……」
頭から覆われて、問答無用で羽織らされた勝己くんのジャージ。
そこはかとなく勝己くんの匂いがする……勝己くんのなんだから、当たり前かあ。
……こういうのも、良くないのかもしれない。未来のことを考えて、今から丁重にお断りしておいた方が反動が少なくて済むのかもしれない。
けど、未来は未来だし、今は今。今だけは、学生のうちだけは勝己くんにお世話になっちゃおう。
大人になったら、きっと自立するから。迷惑掛けないように頑張るから。
離れなくちゃいけない日が来るのがわかってても、嬉しいものは嬉しいし、好きなものは好き。
めいいっぱい、今しかない勝己くんとの時間を楽しんじゃおう。ポジティブ、ポジティブ!
勝己くんにとっての運命の人が現れるまで、そのほんのちょっとの間だけでもいいから、勝己くんと仲良しで居たい。隣に居させてもらいたい。
「どーせ、こんなの可愛くないとか言い出すんだろ? いいから着てろ! 風邪引くよりかはマシだわ」
「わざわざ、取りに行ってくれたの?」
「ンな訳あるか! たまたまだわ、たまたま! 近くまで行ったから、ついでに持って来てやっただけだっての……」
「持って来てくれたんだぁ。ありがとう!」
「礼する暇あんだったら、謝れ!」
「ご、ごめんなさい……?」
謝れって言われたから反射的に口にしたけど、なんのことだろう。
むしろ、わたし、ちゃんと待機してたよ。お利口さんにして勝己くんのこと、待ってたよ。
「脇が甘ェんだって何回言わせりゃ気が済むンだ? あァ?」
「脇……」
そんな衝撃的な台詞、勝己くんどころか誰にも言われた記憶ないよ!?
思わず、ジャージを肩からちょびっと落として、自分の脇を見遣る。なんの変哲もない、ただの脇。
確かに、甘かったらいいなあ。常日頃から、人類もいつの日か劇的な進化を遂げて、お花みたいに香るようになればいいのにって夢想してる。
脇とか限定的な部位の話じゃなくって、どこもかしこもラベンダーの蜂蜜みたいに甘かったらいいのに。唇とかほっぺたとか指とか。
「しょっぱいことはあっても、甘いことはないんじゃないかな……」
「おいッ、見せ付けてくんな! マジで救いようのないアホだな! てめェ、名前の分際で事もあろうに俺のこと変態扱いしてんじゃねぇぞ!」
「ふえっ!? してないよぉ……勝己くんが、へ、変態……な訳、ないじゃん……」
「妙なニュアンス滲ませてんじゃねぇわ! 焚き付けやがって……何がしてェんだよ!」
「……焼き芋?」
「は……?」
2022.11.06