seasons
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
魑魅魍魎が跋扈する夜の交差点。
昼間と大差ない明るい街の中、トガちゃんと二人、手を繋いで歩く。
今日はハロウィン。とっても素敵な日。
私たちがありのままの私たちで居ても、誰にも咎められない。一年に一度の愉快なお祭り。
「だぁれも気付かないね? 名前ちゃん」
「そうだねぇ、トガちゃん」
お揃いの制服を着て、双子コーデ。お揃いの真っ赤な血を付けて、おめかし。
髪の毛もトガちゃんにやってもらって、似たようなお団子。長さの関係でおんなじにはならなかったけど、とびっきり可愛くしてもらった。
今日だけは特別。人を殺したからって、こそこそしなくていい。逃げたり隠れたりしなくていい。
誰も彼もこぞって、自ら血に染まる。違うのはそれが偽物か本物かってだけ。わくわくしながら求めるその気持ちは、私たちのそれと何が違うっていうんだろう。
可愛いから、見たい。素敵だから、欲しい。
どうして? 今日だけしか許されないのは、なんでなの?
「名前ちゃん、聞いた? 今の」
「リアルだね。だってぇ!」
だって、本物だもん!
擦れ違い様に聞こえてきた声に二人してクスクスと笑い合う。褒められちゃったぁ。
今日のいちおしは首筋のワンポイント。
この色味は血糊じゃあ、なかなか出せないと思う。躍動感のある赤。
「それ、怪我してない?」
トガちゃんが人波の中で急に立ち止まる。
肩にぶつかってきたオバケが丁寧に頭を下げてそそくさと立ち去って行く。面白い。
「どこ?」
丁度、私の首筋の辺りを指差しながらトガちゃんがこくこくと頷く。
「待ってね、名前ちゃん」
触れようとしたら、制止を求められた。
ポケットからハンカチを取り出すトガちゃん。
持ち歩いてるの、すごい。女子力高い。
私なんて、いつもナイフしか持ち歩いてない。切れ味は折り紙付き。攻撃的なお守り。
これがあるのとないのとじゃ、テンションが天と地の差。生活必需品。
唇が乾燥してる時限定でリップも持ってたりするけど、乾燥させちゃってる時点でダメ。女子力低い。
トガちゃん、何するんだろうって眺めてたら、畳んでいたのを広げて真ん中の辺りを口に含んだ。その濡れたハンカチが首筋に当てられる。
……ごしごしされた。
「やっぱり! 怪我してる」
「ああ、そうだったんだ。気付かなかったぁ」
これ、返り血じゃなかったんだ。なんだ。
私の痛覚はバカになってる。生まれつき、使い物にならない。
人間として生きていく上で必要不可欠な部分の欠落ですら個性で片付けられてしまう、不条理。
こんなのどう考えたってハンデでしかない。生を授かった瞬間に既に雌雄が決してる。
天からのギフトをひけらかすヒーローの高慢さもさることながら、無個性を嘆くパンピーの高望みにもうんざりとする。どっちも嫌い。イライラする。
私には、誰しもが日常的に経験している痛みの記憶がない。転んで痛かった記憶もなければ、殴られて痛かった記憶もない。転んだ記憶と殴られた記憶はもちろん、あるけど。あと、蹴られた記憶も切られた記憶も焼かれた記憶もある。たくさんある。無数に、ある。
その中でも一番、記憶に残ってるのは……締められた記憶。
「努力賞だね。よっぽど死にたくなかったのかな?」
「首はダメだよ! 気を付けてね、名前ちゃん」
あの人、カッター持ってたっけ。
激しく抵抗するもんだから、手元が狂って一息に切ってあげられなかった。大人しくしてれば、私いっぱい殺ってて上手だから、多分そんなに痛くなくて済んだのに。まあ、済んだ話。
痛かろうが、痛くなかろうが、死んじゃうことに変わりないし、もう死んじゃってるし。
殺そうと思ったら、首の太い血管を狙うのは定石。だからこそ、逆にやられちゃいけない。
トガちゃんに心配掛けちゃった。次はもっと上手く殺ろう。
「でも……名前ちゃんの、美味しい……」
私の血で薄汚れたハンカチをトガちゃんがもぐもぐし始める。
往来でそれはちょっと。いくら人でごった返してるからって、目に付いちゃいそう。折角のお祭りなんだ。誰にも邪魔なんかされたくない。
手を引いて、ネオンを浴びる怪異の列に紛れ込む。なんだかパレードみたいで、楽しい。
集団と同化する喜び。仲間外れは、もう嫌。
「これが当たり前になればいいのに……」
「大丈夫だよ、なるよ! 弔くん、好きにしていいんだって言ってたよ」
キラキラと瞳を輝かせるトガちゃん。好きだなあ、その笑顔。
そうだよね。弔くん、私にも言ってくれたもん。苦しい思いなんてする必要ないんだって。
確かに、私には痛いって感覚はない。知らない。知りたくて堪らないのに、どうしたって知りようがない。
でも、『苦しい』って感情はある。
首を締められた時、締められる痛みはなくとも、呼吸が苦しいってちゃんと感じる。どうしてこんなことされなくちゃいけないんだろうって、悲しい気持ちにだってなる。
痛くないんだったら何したって構わないだなんて、そんなのあんまりだ。私も人間なんだよ。そこら中に居るのとおんなじ、人間。
「私、弔くん好き。トガちゃんのことも! 好き!」
「やったあ! 名前ちゃん、私のことも、弔くんとおんなじくらい好きってことだよね?」
「うん。トガちゃん、私とずっとお友達でいてね! 来年もまたハロウィンしよう!」
「名前ちゃん、ずっとずっと仲良しのお友達でいようね! 来年も再来年も!」
好きって気持ち。生きる原動力。
トガちゃんはボロボロになってる人が好きってよく言うけど、私もわかる。私も、結構好き。
痛いのって、どんな感じなのか、私にもわかるように教えてもらいたくなっちゃう。うずうずしちゃって、ドキドキしちゃう。
ない物ねだりって言うか、ない物に対する憧れ?
だから、殺したくなっちゃうのかもしれない。
ただ不躾に殺すのはあんまりだから、毎回、敬意を持って殺すように心掛けてる。鮮やかな血を見せてくれてありがとう、生きていることを実感させてくれてありがとう。絶命していったひとりひとりに対して、感謝は尽きない。
ほんとは無闇な殺生がいけないことだっていうのは理解できてる。……普通の人生を送るためにも、絶対にそんなことしちゃいけないんだってことも。こんなの、殺される側からしたら、理不尽極まりない。
死ぬのは痛いだけじゃない。間違いなく、苦しい。悲しい。つらい。わからない振りをするのにも限度がある。
でもでも! 同じように湧き出す赤を眺めて、それでもこの人とこんな私でもおんなじ人間に変わりないんだって! 一緒の生き物なんだって!
確信を得られる安心感と高揚感に勝るものは他にない。定期的にそうしないと、心が押し潰されそうになる。
当たり前のように私が存在していてもいい世界が欲しい。そんな生きやすい社会になって欲しい。尊重してもらえる環境を作りたい。
そうしたら、私は殺すのをやめられるかもしれない。人に血なんか流させなくたって、心の平穏を保てるのかもしれない。
「あっ、トガちゃんトガちゃん。弔くんにお土産買ってっていい?」
「いいよ! 私も仁くんに何か買おうかなあ」
ハロウィンならではの毒々しいお菓子を見繕って、二人で手を繋ぎながら帰る夜道は希望に満ちていた。
早くみんなが幸せに暮らせる日がやって来ることを、願ってる。今日みたいに愉快な一日が毎日続きますように。
2022.10.26