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なんてことない、草木も眠る夏の夜。
車道のど真ん中を通る白線の上を辿るのにも飽きてきて、脇にある縁石に腰を下ろして、一休み。
薄暗い遊歩道を背負いながら、昼間と一変して交通量の激減した道路を眺める。まばらどころじゃない。
申し訳程度に照らしている街灯の明かりが、静謐だけではない怪しさを醸し出している。
鳥や虫や何かの気配は幽かにするのに、何もない。誰も居ない、清澄な時間。
日常と切り離された領域。私だけの、景色。
体育座りの要領で剥き出しの膝に腕を置いて、顔を伏せる。明日も学校、行きたくないなあ。
理由なんかない。ただ、詰まらない。退屈。
家に居ても、なんだか落ち着かない。それだけ。
深夜に抜け出して、ここでこうして過ごしていることにも意味なんかない。吹いてもいない夜風に当たるとなんとなく心が洗われるような気がするってだけ。ここではないどこかへ迷い込んだ気になれるっていう贅沢感を噛み締めているだけ。
ふと、ライト。人工的な閃光。
ほんの少し顔を上げると対向車線側を徐行していく一台の車。目だけで追って、また顔を伏せる。
少し経った頃、今度はこっちの車線。やけにライトが通り過ぎていくのが遅い気がして見遣ったら、また、同じ車。挙動がおかしい。
何してるんだろうと思った少しの間に、三度目。通り過ぎて行ったはずの車がまた戻ってきて、私が座っているすぐ側に停車する。
さすがに妙だとは思うけど、知らんぷり。
とにかく、私には関係ない。
そのうち、ドアが開いたような音がして、ぞろぞろ人が降りて来る。まさか。
まずいかもしれないって本能的に察知するものの、ちょっと遅かった。
盗み見た限り、あんまり柄がよろしくない男の人たち。……走って逃げる? どこへ?
民家や商業施設は道路を渡った向こう側にしかない。この辺りは伸びきった木々が立ち並ぶ遊歩道が続いているだけ。ただ、こんな時間に散歩なんかする物好きはそうそう居ない。
だからこそ、ここで夜を満喫していたんだし。ひとりになるには絶好の人気のない場所だから。
どうにかやり過ごそう。まだ、私に用事があると決まった訳じゃない。
そう楽観的な考えが頭を過ぎった矢先。
「彼女、酔ってるの?」
声を掛けられて、心臓が跳ねる感覚。
とりあえず、首を横に振る。恐る恐る、顔を上げようとするよりも先に晒しっぱなしの肩を掴まれて身が竦む。極めて不快。
暑いからって、薄着のままで出て来るんじゃなかった……。
「大丈夫? 家まで送ってあげようか?」
「それとも、一緒に飲む?」
親切な言葉とはズレのある声音に、緊張が途端に恐怖に変わる。
「酔ってないです……」
喉が締め付けられているみたいに、思うように声が出ない。
そもそも、私、まだ、お酒を飲んでいい年齢じゃない。
その勘違いを訂正したところで、丸く収まるとは考えにくい。
隙を見て、逃げるべき。って言っても、相手は複数人。
そんなに走るのは速い方じゃないし……もう、成り行きに任せるしかないのかな。早くも諦め気味。やり過ごすための上手い方法が見付からないんだから、仕方がない。
「ここじゃあ、危ないし、他の場所に行こう?」
どっちが危ないかなんて、わからない程に幼くはない。
怖い、怖い……でも、どうしたらいいの。
乱れる意識の片隅で、幻想的な羽音を聞く。
その正体を確かめたくとも、硬直してしまって俯くのがやっと。
「はいはい。だったら、俺に任せてもらいましょうか」
気色の悪さを孕んだ空気にスーッと裂け目。突破口が見えてくる。
割って入って来たどこかで聞いた覚えのある声に、安堵する。良かった、運が良かった。
掴まれていた肩から手が離れていって、気配も離れていく。
それとは逆に背後から近付いて来る足音。
「この人たちとお知り合い……では、ないですよね?」って掛けられたひそひそ声に小さく、でも、しっかりと何度も頷く。
「いや、でも……お手を煩わせる訳には……」
「いいから、いいから。任せて下さい。これもお仕事ですから。今だったらまだ、何も起きてませんし? 何もしませんけど?」
「じゃあ、その子のことお願いしていいですか……」
「任されました。どうぞ、お帰り下さい」
あたかも私と知り合いであるかのような態度を取る不審者たちの口振りにぞっとする。
一対複数のやり取りを黙って聞きながら、どきどきしている心臓を抑える。
おもむろに、車のエンジン音。光がゆっくりと遠ざかっていく。
私、助かった……。
「もう、大丈夫。居なくなりましたよ」
その一言を皮切りに、詰めていた息と涙が零れ落ちる。
顔を上げたら、思った通り。
「ホークス……?」
「ええ。夜のパトロール中のホークスです。だから、安心して下さい」
テレビでよく見掛ける清冽な微笑みが目の前にある。心底からほっとする。
「怖かった……」
「結構、危なかったと思いますよ。たまたまでしたけど、見付けられて良かったです」
「ありがとうございます……」
「いえいえ、礼には及びません。それより、こんなところでどうかしましたか? 何かありました?」
フレンドリーな語り口に乗せられて、ぺらぺらと自分について話してしまう。
眠れなくて彷徨っていたこととか、家はここからそんなに遠くないこととか、学校に行きたくないこととか、家に居たくないことだとか。いろんなこと。
同じように縁石に腰を下ろしたホークスは、私の隣でずっとそんな取り留めのない話を聞いてくれた。まだ、パトロールの最中だろうに。
「そうだ、名前さん。折角ですし、連絡先の交換でもどうです?」
「……はい?」
話題の切れ間。颯爽と携帯を取り出すホークスに促されて、私もおずおずとポケットに捩じ込んでいた携帯を引っ張り出す。そうだった、携帯持って来てたんだった。
よくわからないまま、お互いの携帯に連絡先が刻まれた。
「今度、飲みに行きましょう。お近付きの印に奢りますよ」
……なんで? ホークス?
まあ、よく大人びているとは言われる。
ただ、酔って身の上話をしたんだと思われるのはあんまり好ましくない。ここは訂正しておこう。
「あの、私、まだお酒はちょっと……なので、酔ってもいません……」
「おっと。その格好だったんで、てっきり。失礼しました。まだってことは、名前さん……もしかして?」
「成人もしてません……」
「あちゃー。高校生?」
「そうです……」
「今のは聞かなかったことに」
改めて、自分の格好を確認する。
衝動的に飛び出したせいで、部屋着同然のキャミソールとショーパン。それにサンダルを引っ掛けただけ。
あられもないって表現して差し支えない。
ちょっとどころじゃなく、恥ずかしい。
だって、誰かと出会すなんて思わなかった。
ましてや、ヒーローにお世話になるだなんて夢にも思わなかった。
これ、非行少女ってヤツに該当する?
「いやね、お話聞かせてもらって若干の違和感はあったんです。学校ってそっちだったんですね。大人っぽいから大学生なんだとばっかり」
「もし、大学生だったら?」
「チャンスかな、と」
「ええっ……」
「最近、婚期とか気になり始めちゃって。こういう職業なんで、なかなか相手に理解を求めるのも難しかったりする訳ですよ」
多分、私を和ませるためのホークスなりのジョークだったんだろうけど。
「貴女みたいに綺麗な子、ほっとく手はないなあっと。あっ、なんかこれだと俺、さっきの人たちと同類項ですね。嫌だなあ」
真に受けた私は次の日からちゃんと学校に行くようになった。クラスの苦手な子にいくらブスだの不細工だのって言われても気にならなくなった。
だって、あのホークスが私のこと褒めてくれたんだもの。ホークスの言葉の方を信じるに決まってる。
そのお陰で高校生活最後の夏休みも未だかつてないくらい清々しい気持ちで送れたし、サボりがちだった受験勉強にも自然と身が入った。
時々、掛かって来る「名前さん、講義終わりました? レポートできました?」っていう電話に笑いを堪えるのに必死。
「授業終わりました、宿題終わりました」って返して「今のは聞かなかったことに」っていうまでがお約束。
晴れて成人した暁にはお祝いにお花を贈ってもらったし、卒業して無事に志望した大学に入学できてからは頻繁に会ってくれるようになった。
家に居たくないならひとり暮らしをしてみたらってアドバイスに従って借りた部屋にも、心配してよく様子を見に来てくれる。
今の私が明るく笑えているのは、本当に啓悟さんのお陰!
2022.09.24