nckh
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※しょっぱなからひーろーじゃない
にやあ、と三日月みたいに口の両端を上げるトガちゃん。
私もきっと同じような表情をしていると思う。
思わず、二人で顔を見合わせる。
「もしかして、名前ちゃん……」
「もしかして、トガちゃん……」
「わたしたち、同じこと考えてます?」
「考えてるかも!」
両手を合わせて一緒にぴょんぴょん跳ねる。
だって、こんなの興奮を抑えきれない。
あの、荼毘くんが!
冷たくてとても清潔とは言い難い床に這いつくばっているんだもの!
「荼毘くん、荼毘くん、床なんて舐めちゃって、ねぇ、ねぇ、美味しい?」
「黙れ、クソガキ……」
「荼毘くん、荼毘くん、ボロボロですねぇ。どうしちゃったんですぅ?」
「黙れ、トガ……」
なんでトガちゃんはちゃんと名前で私はクソガキ呼ばわりなのか。
あからさまに頬を膨らませるとトガちゃんがえいえいッと人差し指で突いてくる。
あらあらあら、お陰でほっぺたに溜まっていた唾が飛び散ったじゃないですか。
丁度、足下の荼毘くん目掛けて。
「てめぇ……」
「ごめんねぇ? わざとじゃあ、ないんだよぉ? 本当だよぉ?」
それを見てゲラゲラ笑うトガちゃん。
「荼毘くん、名前ちゃんの前に出たところまではカッコ良かったのにねー?」
そうなのだ。
乱戦になった時に荼毘くんは私の代わりにヒーローの、もしくは、味方の個性をモロに食らったのだ。
もちろん、庇ってくれた訳じゃない。
私が勝手に盾にしただけだ。
丁度いいところに居た荼毘くんが悪い。
ここまでトガちゃんと一緒に引っ張ってきたんだけれど、思いのほかに効いてたらしくて呆気なく倒れ込んじゃった。バタンキュー。
「元気出して、荼毘くん。パンツ見せてあげるから」
制服のスカートが捲れるように隣に屈む。
たまにトガちゃんとお揃いのを着たりするけれど、表立って行動する時は通っていた学校の制服だ。
悪評が少しでも広まりますようにっていう可愛らしくてささやかな願いを込めて。
しっかし、大人しいのはいいけれど、反応が薄くなってきて面白みに欠ける。
まさか、死んじゃうなんてことは万が一にもないとは思うんだけれど、憎まれ口を叩く余裕も皆無なくらい深刻なんだろうか。
ちょっと心配になってくる。
死んじゃったら、貴重な遊び相手が居なくなっちゃう。
それはとっても悲しい。
息をしているのを確認しようと口の前に手のひらを差し出す。
かろうじて当たる呼気はなんだか弱々しい。
「どうしよう、トガちゃん。荼毘くんが私のパンツにノーコメントだ……」
「好みじゃなかったんですかねぇ? 名前ちゃん、ファイト!」
「じゃあ、今度は紐のヤツにしてみようっと」
とりあえず、床の味はたっぷりと堪能した頃合いだろうから、ソファとかベッド辺りに寝かせてあげたらどうだろうか。
多少はマシになるかもしれない。
「大丈夫だよ、名前ちゃん。仁くんがきっといいお報せを持ってきてくれるはずです! 元気になったらまた楽しく遊べますよ!」
さすがに楽観視できる個性ではなさそうだということで、仁くんが情報を集めるために飛び出して行ってからしばらく経つ。
早く、仁くん戻って来ないかなあ。
小さな声で呟くとトガちゃんが手を握ってくれた。
「た、大変だあ! いや、全然なんてことないぜ!」
仁くんの話によると、どうやら荼毘くんが食らったのは味方の個性らしい。
味方とは言ってもさっぱり面識のない、そこいらのチンピラまがいのヤツ。
それがまたヘンテコな個性で、腐れヤクザのところに居た隠し玉の超超超劣化版みたいな。
最長でも数日で勝手に解除される時限式。
用途がないにも程がある落ちこぼれ個性。
まあ、だから、敵なんてやってるんでしょうけれど。
正直、私の中にもまだあった一欠片の純粋な思いを返してほしい気持ちでいっぱいだ。
早い話が、心配して大損した。
でも、すっごーく興味があったから、眠い目を擦って一晩中ずっと荼毘くんに張り付いていた。
はずなんだけれど、気付いたら寝落ち。
所詮、私の荼毘くんに対する想いなんてその程度しかないのかもしれない。献身なんて程遠い。
「……だ、誰……」
でも、そんなことはもはや些細なこと。
私の目の前には小さな男の子。
ベッドの中にはぶかぶかの荼毘くんの服と瞳の色くらいしか面影のない、小さな小さな男の子。
今まで生きてきてこんなに胸が高鳴ったことが未だかつてあっただろうか。
身体が疼いてしょうがない。
不安げにこちらを見遣る男の子の手を取って、ぎゅーっと抱き締める。
ああん、可愛い! 可愛い可愛い!!
まだ染まっていない碧い瞳を驚きに見開く彼の耳に吐息を吹き掛ける。
「ねぇ、待ってたんだよ。一緒に遊ぼうねぇ。……燈矢くん!」
2022.04.25
1/7ページ