mha short
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
事務所で最年少だった私にも後輩ができた。
あのインゲニウムの弟さん。で、現インゲニウム。
最初はどんな子だろうと身構えていたんだけど、これが可愛いのなんの。
初日に先輩方に教育係である私の言うことをちゃんと聞くようにって言われたからか、従順で基本的にイエスマン。どんなことでも全力で文句なんか零したりもしない優等生。
かと言って、完全に言いなりな訳じゃなくて、何か感じるところがあれば整然と自分の意見を述べてくる芯の強さもある。
とにかく初夏に吹き抜ける風のように爽やかで見ていてとっても清々しい子。もしくは、青々とした若葉のように生命力に満ち溢れた子。
私の大好物だ。こういう四角四面なタイプには好感が持てる。融通が利かない部分は多少あるけど、そこも含めて愛おしい。
「天哉くん、早く20歳になって」
「はぁ。そう言われましても……あと、2年程は掛かります」
「わかってるよ、そんなこと」
仕事上がりにごはんに誘っても、こうやって嫌な顔ひとつせずに律儀に付き合ってくれる。
ただ、ついこの間まで高校生だったから、飲みには連れて行けない。だから、こうやって不服を申し立ててる。難癖付けてる。なんで一緒にオレンジジュース飲まなきゃいけないの。
ストローぶくぶくさせたい気分だけど、お坊ちゃんな天哉くんの前で品性を欠いた行動は慎んでおく。マウントを取らせる訳にはいかない。
私よりずっと体格が良くても、所詮はお子様。私よりもずっとずっと出来が良くたって、所詮は後輩。
「どういう意図かは計りかねますが! どうか、お待ち頂ければと思います!」
「待ってていいの? 本当に?」
「えっ? はいッ! よくはわかりませんが!」
はー、すごく気持ちのいい返事だ。
ただ、そういうことはちゃんと確かめてから、返事をするんだよ。言質取られて女性関係のトラブルに巻き込まれるよ。
天然ではないとは思う。けど、妙なところで間が抜けていて微笑ましい。一見すると完璧に見せ掛けておいて、隙だらけ。
同年代の子だとまた評価は変わってくるかもしれないけど、ちょっとばかり歳上の私からしたらーー
「可愛い、天哉くん」
「なっ!? やめて下さい、名前さん!」
下の名前で呼んでほしいって言ったらすぐさま苗字呼びから切り替えてくれた。順応しようと努力する姿勢を評価してあげたい。
最初は照れがあったみたいだけど、だいぶ板に付いてきてる。
私の名前を呼ぶたびに、顔、赤くしちゃって可愛いなって。うっかり、わざと聞こえないふりなんかしちゃったりしてね。そうして、何回も私を呼ぶ羽目になる天哉くん。
最近は赤くならなくなってきたからちょっぴり残念に思ってたんだけど、この手があったか。まだ、可愛い攻めは通用する。
「なんで? 可愛いものは可愛いんだよ」
「なんで、ですか? 可愛いと言われて喜ぶ男はそうそう居ないと思われます!」
「天哉くん、今はジェンダーレスの時代だよ。そういう偏った物事の捉え方は世論とのズレを生むよ」
「な、なるほど! 仰る通りです! 浅はかでありました!」
勉強になります……と言いつつ、プライベートなのにメモを取り始める天哉くん。
わざわざアナログにペンで書かなくたって、天哉くんほど頭の回転が早ければ忘れたりしないだろうに。
これも私の教育の賜物だ。大事なことはメモして後で振り返るんだよって言い聞かせたら、大真面目に実践している。
ここまで来ると、もうね。
とことんまでからかったらどうなるかっていう悪戯心と好奇心が抑え切れない。
「あのね、天哉くん。私ね、天哉くんにお願いしたいことがあってね……」
「なんでしょう、名前さん! 俺にできることであれば、なんなりと!」
「大丈夫大丈夫。天哉くんじゃないとお願いできないことなんだけど、天哉くんだったら絶対できることだから!」
「……はい? わかりました!」
言ったな?
言質取ったからね?
だから、ちゃんと相手の言わんとすることを察してから答えなくちゃいけないんだよ。
適当に……天哉くんの場合、いい加減にって意味の方じゃなくてぴったり合わせるっていう方ね。とにかく、肯定的な返事をすればいいってもんじゃない。
「あの、名前、さん……」
「んー? 何かな?」
「俺にできることであれば、とは言いましたが……物事には限度というものがあります……!!」
なんの疑問も抱かずに愚直にのこのこ着いてきた可愛い可愛い後輩くんを、マイルームへお持ち帰り。我ながら、性悪だ。
もちろん、ちょっと苛めてみたかっただけだから、いきなり取って食ったりはしない。差し当たっては部屋に上がってもらっただけ。
「できないの? 天哉くん……」
困ったような表情を作ってみせたら、メガネの奥で目が泳ぎだす。
「できるかできないかと問われれば、限りなくできないに近いと申しますか……」
「なんで? 一緒に隣で寝てくれるだけで、いいんだよ?」
この日のために理由は告げずに私と休みが被るように希望を出させたし、訊かずに天哉くんはそうしたし。
どこかで気付いたなら、私の部屋で拘束されて貴重な時間を潰されることもなかったろうに。
この子、大丈夫かな。老婆心ながら、将来が心配になってきた。いやまあ、まだ私、20代だけど。
今まさに窮地に追いやっている自分のことは棚に上げておいてっと。
悪い女に引っ掛かったりしないか、すごく不安。都合良く弄ばれてあっさり捨てられそう。そんなのかわいそうで見てられない。
ヒーローって一般的には強くてかっこいい憧れの職業だもんね。上位になれば、社会的地位とそれに見合った生活の豊かさも手にできるし。
ビジュアルがある程度良ければ、虫のようにたかって来るんだよ。個人的に交流したいっていう、狡賢いファンが。
「人の温もりが恋しい時ってあるじゃない?」
「言わんとすることは、なんとなく……」
「天哉くんが隣に居てくれたら、寂しくないかなって思って」
「何故、自分なんでしょうか?」
「天哉くんだから」
さすがに同意なくベッドに押し倒したりはできないから、ソファの上でさり気なくしなだれ掛かる。私ったら、良識的だ。
極め付けに、そっとメガネを外して近視の天哉くんでも認識できるくらいに顔を近付ける。澄んだ瞳。
そろそろ逃げないと、唇と唇がくっついちゃうけど……惚けたままでいいのかな?
「さ、さすがに! これは、度を越しています…… 名前さんは、俺をからかってらっしゃるのですよね?」
「半分以上はね」
だったら、あとの半分未満は……なんだろう。
この気持ちを恋心っていうのは天哉くんに失礼な気がする。なんて言ったらいいのか、性癖?
ちょっと違うなあ。そこまで、邪な気持ちがある訳でもない。
中途半端なんだけど、そういう関係を結んじゃってもいいかなっていう。それが一番近いかも。
退屈しなくて済みそう。今時、こんなお堅い子、絶滅危惧種だ。そうそう、転がってるもんじゃない。
「……名前さん! 先程のお話を蒸し返すと言いますか、異を唱える訳ではないのですが! ましてや、差別を助長するつもりは毛頭ないのですが!」
天哉くんの手が不自然な動きをしている。
よく見えてないから手探りでメガネを求めているのかもしれない。でも、まだ、返してあげない。
私の意地悪は続いている。
メガネの代わりに、天哉くんの手に、手を重ねる。そうしたら、ぎゅっと握られた。はて?
「俺も、男です……!!」
なかなか言ってくれるじゃない。
まだまだ、男の子のくせに。
「天哉くん、生意気だぞ?」
「し、失礼をば致しました!」
これは、脈なしとは言い切れないかも。
たんに女性に免疫がないだけだとは思うけど、私だったらそこいらの悪女よりずっと可愛がってあげられる。
明日お休みを取らせたのだって、あくまでも後から理由に気付いて大慌てさせたかったっていうだけ。本気で一晩過ごそうだなんて魂胆は初めからない。
ひとしきり初々しい反応を堪能したら途中で解放してあげようと思ってた。
「でも、そうだね……私も、女だけどね?」
見えてないのをいいことに、縋ってくる天哉くんの手を、そっと私の女である証左へ。
「こ、こここ、これッ! これは……!?」
「なんだろうね? なんだと思う?」
硬直する天哉くんに、メガネを返してあげる。
答え合わせタイム。
「……ち、乳房……です、かッ……」
言い方まで真面目か。
下心ってヤツがまるでない。
「ドキドキしてるの、わかる?」
そのまま、左の胸に手のひらを押し当てる。
これはやり過ぎかな。パワハラだし、セクハラだ。ビーフシチュー辺りで買収できないかな、訴えられちゃうかな。お子様扱いし過ぎか。
職場恋愛なあ、失敗した場合のリスクが大きいと思う。って言っても、うちの事務所は歳の離れた既婚者だらけだから、するとしたら候補者がそれこそ天哉くんくらいしか居ない。
「わ、わかります。……が、そういうことではなく! 順序が違うのではないでしょうか!!」
「天哉くんって、童貞? でしょ? 違う?」
「なっ、何故、それを……!?」
はぐらかせばいいのに肯定しちゃって、まあ。
見てたら、誰だってわかるよ。そんなこと。
でも、そっか。まだ、誰の毒牙にも掛かってないのか。清らかな天哉くんのままで居てくれて、嬉しい。
「私で良かったら、相手するよ? 好きな子できた時に痛い思いさせないように今から練習しとく?」
「結構ですッ!!」
悪魔の囁きに乗らない天哉くん、かっこいい。
恥より据え膳を食わぬことを選ぶ辺り、さすがは私が見込んだ逸材だ。
けど、面白くはない。それとこれとは、別。
こうもはっきり辞退されてしまうと、ちょっぴり自信をなくす。やっぱり、楚々とした貞操観念のしっかりした子がタイプなのかな。
「そういうところ、美徳だとは思うけどね? 無理にとは言わないし」
ここいらが、潮時かな。
そろそろ、帰してあげようと思う。興が乗らなくなってきたし、時間も時間だ。お子様の時間はお終い。
潔く、手をパッと離す。
どんな表情をしてるのか最後に確かめておこう。
意外や意外で、悲しげ? 寂しげ? 切なげ?
そんな類。こんな顔もするんだなあ。
させてるの、私なんだけど。ちょっといたぶり過ぎたかも。
「……性交を前提に交際、という形にはできませんでしょうか?」
「ほうほう?」
何を言い出すかと思えば。
そんなロマンの欠片もない生々しいアプローチ、普通の女の子だったらドン引きだぞ。きっと二度と口なんか利いてもらえない。
私くらいだよ、微笑んで許してあげるの。
「天哉くん、ストレートに伝えてご覧? はい、言い直して」
「す、好きです! 名前さん! 付き合って下さいッ、お願いします!!」
「よく出来ました」
ご褒美にいい子いい子してあげる。
隣り合って座っていなければ手を届かせるにも一苦労の頭を撫でてあげる。
「あの、それで、返事の方は……」
「仕方ないなあ。プライベートまで面倒見てほしいんだ? 甘えん坊だね?」
「その通りではありますが、その答えはストレートとは言い難いのでは……」
催促して来たり、揚げ足取ってみたり。
とんでもない後輩だ。とんでもなく、可愛い後輩。
「いいよ。付き合ってあげても。ただね、私、けっこー束縛するタイプだよ? 途中で音を上げても知らないよ?」
「あっ、ありがとうございます……!! 大丈夫です、ご心配には及びません!」
「そっかあ。じゃあ早速、恋人っぽいこと、してみる?」
ただの職場の後輩じゃなくて、後輩兼彼氏なら治外法権。
あからさまに動揺を見せるメガネの奥の瞳に、ねっとりとした視線を送る。一体どんなことを想像してるのかな。想像するだけで、愉しくなってくる。
でも、お生憎様。乙女の決死のお誘いを無下に断ったんだってことをちゃーんと後悔してもらわないとね?
「今日はお泊りね、天哉くん」
ただし、一緒のベッドで一緒に寝るだけ。とことん生殺しにしてあげる。
我慢できたら可愛いがればいいんだし、我慢できなければお仕置きすればいいんだし。
どちらに転ぶにせよ、私にとっては美味しいだけ!
2022.06.20
5/11ページ