長編 1ミリ上空の日々
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記憶、実体、声を無くした私はたださまようだけの存在だった。
誰とも喋らず、誰の目にも映らず、誰の心も動かさない。
鏡にも、水面にも映らないので、自分の顔がどんなか知ることはできない。
ぺたぺたと顔を触ってみたところで、目が二つ、鼻の穴も二つ、口は一つ、くらいのことしかわからない。
髪は随分長い。
自分がこの場に縁のある者だったとは思うが、私が身に纏っているのは白の死装束。
これでは何の手掛かりにもならない。
この場所から立ち去ろうと考えたが、何故か門を潜ることはできなかった。
頑丈な塀にも触ることができない。
まるで同じ極同士の磁石のように、やんわりと跳ね返される。
そしてそれは酷く私を焦らせた。
永遠の時間を押しつけられた私には、ここは狭すぎる。
かと言って実体を持たない身体は、いくら高い所から飛び降りようとも砕けることは無く、すっと地面に降り立つのみ。
頭だけは常に冴えていて眠ることも叶わない。
時間は持て余すほどあった。
しばらく過ごすうちに、ここが“忍術学園”であることを知った私は、暇つぶしに生徒を目で追うようになっていた。
初めは大勢いる子どもたちの区別がつかなかったが、今では顔と名前が一致するまでになった。
子供ならではの旺盛な好奇心と行動力。
教室の隅や校庭の木陰から、私は子どもたちの姿を眺めた。
時には彼らと一緒に授業中の課題に頭を悩ませ、先生の華麗なお手本に拍手を送る。
いたずらをはらはらしながら見守ったり、彼らが危険な実習を言い渡されれば肝を冷やし、無事に帰ってくれることを願った。
そのうち、この狭い学園が好きになった。
住めば都という諺があるが、憑けば都といったところだ。
どどどどどど………
向こうから土煙を上げて走って来るのは「決断力のある方向音痴」こと、神埼左門だ。
「委員会に遅刻するー!!!」と叫んでいるが、会計委員会の部屋は逆方向にある。
教えてあげたい気持ちは山々だが、どうにも無理だ。
左門はどんどん走っていく。
「神埼せんぱーい!そっちは逆ですよー!」
そこへ団蔵が駆けてきた。
後ろから三木エ門もやって来る。
おそらく、会計委員の親玉である潮江文字郎に、探して来いと言われたのだろう。
「おい神埼!早く行かないと校庭100周だぞ!急げ!!」
三木エ門が怒鳴りつけると、左門ははっとして「あっちかー!!!」と方向転換した。
しかしそちらは学園の外。
「ちがーう!!」
三木エ門が叫ぶのも聞かず、左門は学園の正門を突き破って出て行ってしまった。
団蔵と三木エ門は「校庭100週か…」と肩を落とした。
しかしそこに救世主が現れる。
ため息を吐く二人の横を、目にも留まらぬ速さで誰かが走り抜けた。
「うわ!」
驚いた団蔵がひっくり返る。
それを助け起こしながら三木エ門が「今のって、小松田さん?」と呟いた。
数分後、左門を連れて小松田さんが帰ってきた。
「駄目だよ神崎君。これからは出門票にサインしてから外出してね」
困り顔で注意する小松田さんは至って真面目。
相変わらず見事な捕まえっぷりである。
「小松田さんありがとうございます!」
団蔵と三木エ門は彼に礼を述べると、左門を縄で括って引きずって行った。
それを見送った私と小松田さんは、ほぼ同時に穴の開いた正門を見た。
「困ったなあ。用具委員長の食満君は野外実習でいないのに……」
今朝早くこの門をくぐって行った食満君と、同じ六年は組の善法寺君の姿を思い出す。
商人に変装した二人は、町である城の噂を集めるという課題をこなしているはずだ。
そんなに危険な課題でもないので、私は穏やかな気持ちで二人を見送った。
「ぶえっくしょん!」
突然、小松田さんが大きなくしゃみをした。
おっと、いけない。
私が長い時間そばにいると、寒気を感じる人がいるのだった。
小松田さんから離れながら、私はもう一度穴の開いた門を見る。
もしかして、通り抜けられたりするのだろうか?
――――――ごくり。
生唾を飲み込んだ私は、じりじりと門に向かって行く。
そっと手を伸ばし………
「―――――――――――――――。」
む、無理か…
穴の手前で私の手は押し返されてしまう。
残念だとは思ったけど、それは以前より薄い感情だった。
私はここを気に入っているから。
後ろでうんうん考えていた小松田さんがぽんと手を打つ。
「よし、僕が直そう!」
え。
道具を取りに走って行った彼の後姿を見送る私は、複雑な心境だった。
門を修理してくれるのはありがたいが、大丈夫なのだろうか?
いや、大丈夫じゃない。
少々おっちょこちょいが度を超している彼を思うと、どうにも心配だ。
まだ道具すら持ってきていないけど、大きな金槌で自分の指を叩く彼の姿が目に浮かぶ。
怪我しないといいけど。
誰とも喋らず、誰の目にも映らず、誰の心も動かさない。
鏡にも、水面にも映らないので、自分の顔がどんなか知ることはできない。
ぺたぺたと顔を触ってみたところで、目が二つ、鼻の穴も二つ、口は一つ、くらいのことしかわからない。
髪は随分長い。
自分がこの場に縁のある者だったとは思うが、私が身に纏っているのは白の死装束。
これでは何の手掛かりにもならない。
この場所から立ち去ろうと考えたが、何故か門を潜ることはできなかった。
頑丈な塀にも触ることができない。
まるで同じ極同士の磁石のように、やんわりと跳ね返される。
そしてそれは酷く私を焦らせた。
永遠の時間を押しつけられた私には、ここは狭すぎる。
かと言って実体を持たない身体は、いくら高い所から飛び降りようとも砕けることは無く、すっと地面に降り立つのみ。
頭だけは常に冴えていて眠ることも叶わない。
時間は持て余すほどあった。
しばらく過ごすうちに、ここが“忍術学園”であることを知った私は、暇つぶしに生徒を目で追うようになっていた。
初めは大勢いる子どもたちの区別がつかなかったが、今では顔と名前が一致するまでになった。
子供ならではの旺盛な好奇心と行動力。
教室の隅や校庭の木陰から、私は子どもたちの姿を眺めた。
時には彼らと一緒に授業中の課題に頭を悩ませ、先生の華麗なお手本に拍手を送る。
いたずらをはらはらしながら見守ったり、彼らが危険な実習を言い渡されれば肝を冷やし、無事に帰ってくれることを願った。
そのうち、この狭い学園が好きになった。
住めば都という諺があるが、憑けば都といったところだ。
どどどどどど………
向こうから土煙を上げて走って来るのは「決断力のある方向音痴」こと、神埼左門だ。
「委員会に遅刻するー!!!」と叫んでいるが、会計委員会の部屋は逆方向にある。
教えてあげたい気持ちは山々だが、どうにも無理だ。
左門はどんどん走っていく。
「神埼せんぱーい!そっちは逆ですよー!」
そこへ団蔵が駆けてきた。
後ろから三木エ門もやって来る。
おそらく、会計委員の親玉である潮江文字郎に、探して来いと言われたのだろう。
「おい神埼!早く行かないと校庭100周だぞ!急げ!!」
三木エ門が怒鳴りつけると、左門ははっとして「あっちかー!!!」と方向転換した。
しかしそちらは学園の外。
「ちがーう!!」
三木エ門が叫ぶのも聞かず、左門は学園の正門を突き破って出て行ってしまった。
団蔵と三木エ門は「校庭100週か…」と肩を落とした。
しかしそこに救世主が現れる。
ため息を吐く二人の横を、目にも留まらぬ速さで誰かが走り抜けた。
「うわ!」
驚いた団蔵がひっくり返る。
それを助け起こしながら三木エ門が「今のって、小松田さん?」と呟いた。
数分後、左門を連れて小松田さんが帰ってきた。
「駄目だよ神崎君。これからは出門票にサインしてから外出してね」
困り顔で注意する小松田さんは至って真面目。
相変わらず見事な捕まえっぷりである。
「小松田さんありがとうございます!」
団蔵と三木エ門は彼に礼を述べると、左門を縄で括って引きずって行った。
それを見送った私と小松田さんは、ほぼ同時に穴の開いた正門を見た。
「困ったなあ。用具委員長の食満君は野外実習でいないのに……」
今朝早くこの門をくぐって行った食満君と、同じ六年は組の善法寺君の姿を思い出す。
商人に変装した二人は、町である城の噂を集めるという課題をこなしているはずだ。
そんなに危険な課題でもないので、私は穏やかな気持ちで二人を見送った。
「ぶえっくしょん!」
突然、小松田さんが大きなくしゃみをした。
おっと、いけない。
私が長い時間そばにいると、寒気を感じる人がいるのだった。
小松田さんから離れながら、私はもう一度穴の開いた門を見る。
もしかして、通り抜けられたりするのだろうか?
――――――ごくり。
生唾を飲み込んだ私は、じりじりと門に向かって行く。
そっと手を伸ばし………
「―――――――――――――――。」
む、無理か…
穴の手前で私の手は押し返されてしまう。
残念だとは思ったけど、それは以前より薄い感情だった。
私はここを気に入っているから。
後ろでうんうん考えていた小松田さんがぽんと手を打つ。
「よし、僕が直そう!」
え。
道具を取りに走って行った彼の後姿を見送る私は、複雑な心境だった。
門を修理してくれるのはありがたいが、大丈夫なのだろうか?
いや、大丈夫じゃない。
少々おっちょこちょいが度を超している彼を思うと、どうにも心配だ。
まだ道具すら持ってきていないけど、大きな金槌で自分の指を叩く彼の姿が目に浮かぶ。
怪我しないといいけど。
