長編 1ミリ上空の日々
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―――――――――
学園長が静かに話し終える。
タカ丸は部屋の中を見回して彼女の姿を探した。
生徒と生徒の間を縫うようにして視線を彷徨わせる。
生前の自分、その終わりの話を聞いた今、彼女は何を思っているだろう。
一人にしておいたらいけない気がする。
焦って探す僕の視界の片隅に、白い影を見つける。
「―――――。」
嗚咽や、鼻をすする音が満ちている悲しい部屋の隅で、ひじきちゃんはうずくまっていた。
長い髪は床に散らばり、死装束に包まれた細い背中は震えている。
僕はそばに行こうと足を踏み出しかけた。
「ふざけるな」
そのとき、鉢屋三郎くんが低い声で唸るように言った。
彼は両目からぼろぼろ涙を流し、ぎゅっと拳を握りしめていた。
後から後から、大きな滴が床を濡らしていく。
「ここにいるなら出てこい」
その叫び声に、ひじきちゃんの肩が微かに動いた。
顔を上げ、床についていた手に力を込めて立ち上がる。
その頬を伝う涙は一滴も床に落ちることは無い。
「お前はただの身勝手だ」
鉢屋くんが悲痛な声で言い放つ。
隣の不破くんは何も声をかけることができずに、上げかけた手を下ろした。
鉢屋くんの痛みを一緒に抱えるには、みんなも傷つきすぎていた。
“身勝手”
ひじきちゃんはその言葉に苦しそうに唇を噛みしめる。
言い分けも出来ない。
もうその選択を戻すことは出来ない。
ひじきちゃんが鉢屋くんの目の前まで来たとき、彼は絞り出すように言った。
「私たちを守って死んでいいほど、お前の命は軽くないんだ」
彼はまたぼろぼろと泣いた。
「ひじき、――――本当に、もう」
そのとき、ひじきちゃんは鉢屋くんの傍にいて、そして、顔を覆って泣く彼をそっと抱きしめていた。
壊れやすい物を抱きしめるようにそっと。
そして「ごめん」と呟く。
「もう、会えないなんて――――」
そう言って涙する鉢屋くんを、一番傍にいて「ずっと傍にいたんだよ」と涙するひじきちゃん。
僕は言いたかった。
「彼女はそこにいる。ずっとここにいたんだよ」と。
でも僕が何か言う前に、ひじきちゃんと目があった。
すると、彼女はゆっくりと首を横に振り「もう大丈夫」とだけ言った。
そう――――ひじきちゃんは知っている。
忍術学園のみんなはどんな辛いことも、苦しいことも、悲しみも、みんなで乗り越えて行けると。
僕は小さく肯き返す。
その後、最後の一人が泣きやむまで、みんな部屋から出なかった。
みんなひじきちゃんの話をして、まだ悲しみから立ち直ってはいないけど、それでもお互いに励まし合っていた。
それを、ひじきちゃんはとても穏やかな顔で見守っていた。
*
そして学園を見下ろす二つの影があった。
「さて、帰るぞ尊奈門。今夜は土井殿に決闘はしかけるんじゃないよ」
「はい。しかし、これで良かったのでしょうか」
腑に落ちない顔をする部下に、昆奈門は「ああ」と肯く。
その視線は忍たまたちの中で微笑む少女に向けられていた。
尊奈門は首を傾げる。
彼の目にはお互いを励まし合う忍たましか見えてはいない。
「小刀の持ち主の死を今さら知って、それのどこが良いのですか」
「忍びだからね、死ぬのを知られることは名誉なことじゃない。
でも、己が何者か知らないまま彷徨うのは酷だよ」
「――――それは」
昆奈門は空を仰ぎ、言い聞かせるように言った。
「どう生きて、どう死んだのか、最後に何を願っていたのか、―――小刀の持ち主は真実を見つけた。それだけのことだ」
「え?持ち主は死んでるんですよ組頭?」
尚も質問を重ねる尊奈門を放っておいて、昆奈門はさっと木から飛び降りた。
「帰るぞ」
「あ!組頭!!待って下さい!」
借りは返した。
そう言いたいところだけど、君に借りたものは二度と返せない。
だから、せめて心安らかに―――――。
「今度は甘いものでも持っていくよ、ひじきちゃん」
*
しんと澄みわたる夜の静寂の中、私は校庭の真ん中で空を見上げていた。
みんなと流した涙と一緒に、胸につかえていた焦りや悲しみは消えていた。
生きていた頃の記憶と、桜の下で目覚めた後の幽霊としての記憶。
二人の自分がゆっくりと一つになる。
まるきり違う私であったはずなのに、今となってはずっと同じ自分だったように思う。
私は、私なんだ……
夜明けが迫る空が、微かに白み始める。
一日がまた始まるのだ。
今日は一体何をして過そうか。
あれこれと考え始めた私の口元は微笑を湛えていた。
