長編 1ミリ上空の日々
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
実習から数日が経ち、あの夜の恐怖が心の底へ馴染んでいくのを感じていた。
決して忘れることがないよう、自分で意図的に思い出しては、
客観的に振り返る。
あの日から、くノ一として生きることへの考え方が変化した。
これまでは憧れの感情を通してくノ一という道を見つめていた。
山本シナ先生みたいに強くて美しくて賢いくノ一になりたい。
そればかりだった。
でも、ただ格好いいだけの素敵な道ではない。
危険で辛くて苦しくて、時には命のやり取りをする仕事。
今回の実習では逃げ切れたけど、もし相手の忍びが私を追うのを諦めていなければ………。
この先、命を取るか取られるかの瞬間が増えるのは間違いない。
私に、その覚悟はあるのか?
「ひじきちゃん!!!」
「ぎゃあっ!!?」
考え事をして歩いていたら、ユキちゃんに耳元で叫ばれた。
「今の叫び声は乙女としてどうかと思うわよ?」
少し前を歩くトモミちゃんがげらげら笑って言う。
おシゲちゃんも顔を赤くして笑っている。
そうだ、今はユキちゃんたちと買い物に来ているんだった。
「もう!びっくりした!」
恥ずかしさのあまり怒る気も失せて三人と並ぶと、またお店の軒先を物色し始めた。
「でも、咄嗟の悲鳴って可愛くできないものよね」
ユキちゃんがやれやれと言う。
私は「そうねえ」と相槌を打ち、それから提案する。
「きゃあ!とかは無理だし、おほー!とかはどう?誰かさんもよく言ってるし」
すると三人は同時に噴き出した。
和やかな昼下がりだった。
*
女の子の買い物はいくら時間があっても足りない。
今日もあちこちの店を見て歩き回り、すっかり日が傾いてきた。
お腹をすかせた私たちは、そろそろ帰るという意見で一致した。
確か今夜の献立は鯖の煮つけだ。
あったかいご飯とみそ汁、考えただけでお腹が鳴りそう。
しばらく歩いて行くと、坂の上の方から誰かが大声で叫んでいるのが聞こえた。
「え?なに?」
私たちは顔を見合わせる。
すると、坂の上からころころと一つのお芋が転がって来た。
それをひょいと拾い上げてみる。
すると後ろを歩いていたおシゲちゃんが「あ!あれ!!」と、突然大きな声を出した。
みんな揃って前を見ると、坂の上から荷車がすごい勢いでこっちに向かって来ている。
その後ろから農家のおじさんが走って追いかけて来る。
「おーい!!誰か止めてくれええ!!!」
おじさんが必死に叫ぶ。
荷車には芋が大量に積んであり、ごとごとと音を立てている。
しかし、止めてくれと言われても、あんなに勢いのついた荷車を止めるなんて無理に決まってる。
「と、とにかく避けましょ!」
トモミちゃんがそう言うと、ユキちゃんがあることに気がついた。
「ええ!でもこの先は崖よ!?落ちちゃうわ!!」
私は道の下を振り返ってみる。
確かに、ユキちゃんの言ったとおり、急なカーブになっていて下は崖だ。
このままでは荷車は落ちてしまう。
がらがらと音を立てて迫って来る荷車を見て、私は咄嗟に懐から縄を出した。
おシゲちゃんも縄を出し「あの荷車の車輪に向かって投げましゅよ!止まるかもしれません!」と叫んだ。
轟音を立てて下って来る荷車。
私たちは一斉に縄を車輪に投げると、その端を握ったまま道の脇に飛んだ。
ぐいっ!!!
「うわぁっ!!!」
縄が強く引かれ、私たちは一瞬よろける。
それでも歯を食いしばって踏ん張ると、荷車の速度が落ちる。
荷車は木の根に引っかかって大きく跳ねた後、やっと動きを止めたのだった。
「はー。止まった」
こぼれたお芋があっちこちに散乱しているけど、拾えば何とかなる。
とにかく、崖に落ちずに済んで良かった。
私たちは擦り切れてひりひりする掌を眺めて笑った。
ようやくおじさんも追いついて「いやあ、た、助かった……。ありがとう。ありがとう」と、息も切れ切れ。
「いいんですよ!拾うの手伝います!」
私たちはそう言うと、せっせとお芋を拾い始めた。
おじさんはやっと息が整ったところで、私に近づいてきて言った。
「すまんが、この坂の上にも沢山落としてしまってね。手伝ってくれないかい?」
ユキちゃんたちにこの辺のお芋を任せればいいか。
私はそう思い、おじさんと共に坂の上を目指して歩きはじめた。
「いやあ、でも本当に助かったよ」
おじさんがしみじみと言う。
「お芋をたくさん散らかしちゃいましたけど」
私は後ろを振り返る。
咄嗟にあんな手しか思いつかなかったけど、他にもっと良い手があったかもしれない。
「そういえば……」
前を歩くおじさんが思い出したように、こっちを見た。
「そういえば、君、――――忍術学園の生徒だったんだね」
こっちを向いたその顔は、おじさんなんかじゃなかった。
あの、実習の日に見た、―――――目の下に傷がある忍び。
私は驚いて声を上げそうになる。
しかし、その男は唇の前に指を当てた。
「騒ぐな。騒いだらあの荷車に積んである爆薬に火をつける」
荷車の周りではユキちゃんたちがお芋を拾っている。
爆薬に火をつけられたら―――――。
血の気が引く。
男が何事もないように歩きだすのに従い、私もついて行く。
すると、男が抑揚のない口調で話し出した。
「あの日、お前が城へ侵入し会話を聞いていたことで、霧雨城はタソガレドキ城への侵攻を見送ることとなった。…………殿は戦好きだ。今回の件では相当立腹されている。そこで、使いの者を忍術学園へ送った」
私は目を見開く。
「学園に危害を……」
すると男は肩をすくめた。
「それはお前次第だ」
「―――どういうこと」
「殿が学園長に宛てた書状にはこうある。“霧雨城に侵入した生徒を亡き者にしろ。さもなくば、忍術学園を火攻めにする”と。
―――戦ができなくなった腹いせ、というところだな。この先、霧雨城での実習をするな、という脅しの意味もあるだろうが」
私は息をするのを忘れそうになった。
――――――霧雨城に侵入した生徒を亡き者にしろ。
さもなくば、―――――忍術学園を火攻めにする。
「どうして、今、命を取らないの」
私はかろうじて口を開いた。
声が震えそうになる。
男は落ちている芋を拾い上げながら言う。
「もしここでお前を殺せば、忍術学園との争いは避けられない。
殿はそれを望むかもしれないが、家老はそれを危惧している。
霧雨城もそこまで色々な相手と戦ばかりしていられないからな。
だから、いいか。
―――――お前が自ら死を選んだと、学園がわかるように死ね。
お前も、霧雨城と学園が争いになるのは望まないだろう?」
「―――――」
「三日後の夜、この先の崖まで来い」
男はそれだけ言い残すと、私を置いて立ち去った。
*
男の姿が消えても私は動けなかった。
さっき聞いた男の話も、後ろでまだ芋を拾っている三人も、学園にいるみんなのことも、全てがぐちゃぐちゃになって押し寄せる。
――――――――どうしたら良いの。
きっと、いや絶対に、学園長先生やシナ先生たちが守ってくれる。
このことが学園に知れ渡ったら、絶対にみんな私を助けようとしてくれる。
相手が城だろうが国だろうが、みんな決して私を見捨てたりしない。
これは自惚れなんかじゃなくて、―――本当にみんな優しい人たちだから。
だから――――みんなに知られるわけにはいかない。
私の失敗にみんなを巻き込むことは、絶対にしたくない。
勢力のある霧雨城と争うことになれば、忍術学園といえども無傷では済まされない。
誰かが傷つき、…………命を落とすことになる。
学園だって焼けてしまう。
何もかもが上手くいくなんていう、そんなお伽噺のようなことはありえない。
どうしたら、良いだろう。
誰にも覚られずに死ぬためには、どうしたら…………。
決して忘れることがないよう、自分で意図的に思い出しては、
客観的に振り返る。
あの日から、くノ一として生きることへの考え方が変化した。
これまでは憧れの感情を通してくノ一という道を見つめていた。
山本シナ先生みたいに強くて美しくて賢いくノ一になりたい。
そればかりだった。
でも、ただ格好いいだけの素敵な道ではない。
危険で辛くて苦しくて、時には命のやり取りをする仕事。
今回の実習では逃げ切れたけど、もし相手の忍びが私を追うのを諦めていなければ………。
この先、命を取るか取られるかの瞬間が増えるのは間違いない。
私に、その覚悟はあるのか?
「ひじきちゃん!!!」
「ぎゃあっ!!?」
考え事をして歩いていたら、ユキちゃんに耳元で叫ばれた。
「今の叫び声は乙女としてどうかと思うわよ?」
少し前を歩くトモミちゃんがげらげら笑って言う。
おシゲちゃんも顔を赤くして笑っている。
そうだ、今はユキちゃんたちと買い物に来ているんだった。
「もう!びっくりした!」
恥ずかしさのあまり怒る気も失せて三人と並ぶと、またお店の軒先を物色し始めた。
「でも、咄嗟の悲鳴って可愛くできないものよね」
ユキちゃんがやれやれと言う。
私は「そうねえ」と相槌を打ち、それから提案する。
「きゃあ!とかは無理だし、おほー!とかはどう?誰かさんもよく言ってるし」
すると三人は同時に噴き出した。
和やかな昼下がりだった。
*
女の子の買い物はいくら時間があっても足りない。
今日もあちこちの店を見て歩き回り、すっかり日が傾いてきた。
お腹をすかせた私たちは、そろそろ帰るという意見で一致した。
確か今夜の献立は鯖の煮つけだ。
あったかいご飯とみそ汁、考えただけでお腹が鳴りそう。
しばらく歩いて行くと、坂の上の方から誰かが大声で叫んでいるのが聞こえた。
「え?なに?」
私たちは顔を見合わせる。
すると、坂の上からころころと一つのお芋が転がって来た。
それをひょいと拾い上げてみる。
すると後ろを歩いていたおシゲちゃんが「あ!あれ!!」と、突然大きな声を出した。
みんな揃って前を見ると、坂の上から荷車がすごい勢いでこっちに向かって来ている。
その後ろから農家のおじさんが走って追いかけて来る。
「おーい!!誰か止めてくれええ!!!」
おじさんが必死に叫ぶ。
荷車には芋が大量に積んであり、ごとごとと音を立てている。
しかし、止めてくれと言われても、あんなに勢いのついた荷車を止めるなんて無理に決まってる。
「と、とにかく避けましょ!」
トモミちゃんがそう言うと、ユキちゃんがあることに気がついた。
「ええ!でもこの先は崖よ!?落ちちゃうわ!!」
私は道の下を振り返ってみる。
確かに、ユキちゃんの言ったとおり、急なカーブになっていて下は崖だ。
このままでは荷車は落ちてしまう。
がらがらと音を立てて迫って来る荷車を見て、私は咄嗟に懐から縄を出した。
おシゲちゃんも縄を出し「あの荷車の車輪に向かって投げましゅよ!止まるかもしれません!」と叫んだ。
轟音を立てて下って来る荷車。
私たちは一斉に縄を車輪に投げると、その端を握ったまま道の脇に飛んだ。
ぐいっ!!!
「うわぁっ!!!」
縄が強く引かれ、私たちは一瞬よろける。
それでも歯を食いしばって踏ん張ると、荷車の速度が落ちる。
荷車は木の根に引っかかって大きく跳ねた後、やっと動きを止めたのだった。
「はー。止まった」
こぼれたお芋があっちこちに散乱しているけど、拾えば何とかなる。
とにかく、崖に落ちずに済んで良かった。
私たちは擦り切れてひりひりする掌を眺めて笑った。
ようやくおじさんも追いついて「いやあ、た、助かった……。ありがとう。ありがとう」と、息も切れ切れ。
「いいんですよ!拾うの手伝います!」
私たちはそう言うと、せっせとお芋を拾い始めた。
おじさんはやっと息が整ったところで、私に近づいてきて言った。
「すまんが、この坂の上にも沢山落としてしまってね。手伝ってくれないかい?」
ユキちゃんたちにこの辺のお芋を任せればいいか。
私はそう思い、おじさんと共に坂の上を目指して歩きはじめた。
「いやあ、でも本当に助かったよ」
おじさんがしみじみと言う。
「お芋をたくさん散らかしちゃいましたけど」
私は後ろを振り返る。
咄嗟にあんな手しか思いつかなかったけど、他にもっと良い手があったかもしれない。
「そういえば……」
前を歩くおじさんが思い出したように、こっちを見た。
「そういえば、君、――――忍術学園の生徒だったんだね」
こっちを向いたその顔は、おじさんなんかじゃなかった。
あの、実習の日に見た、―――――目の下に傷がある忍び。
私は驚いて声を上げそうになる。
しかし、その男は唇の前に指を当てた。
「騒ぐな。騒いだらあの荷車に積んである爆薬に火をつける」
荷車の周りではユキちゃんたちがお芋を拾っている。
爆薬に火をつけられたら―――――。
血の気が引く。
男が何事もないように歩きだすのに従い、私もついて行く。
すると、男が抑揚のない口調で話し出した。
「あの日、お前が城へ侵入し会話を聞いていたことで、霧雨城はタソガレドキ城への侵攻を見送ることとなった。…………殿は戦好きだ。今回の件では相当立腹されている。そこで、使いの者を忍術学園へ送った」
私は目を見開く。
「学園に危害を……」
すると男は肩をすくめた。
「それはお前次第だ」
「―――どういうこと」
「殿が学園長に宛てた書状にはこうある。“霧雨城に侵入した生徒を亡き者にしろ。さもなくば、忍術学園を火攻めにする”と。
―――戦ができなくなった腹いせ、というところだな。この先、霧雨城での実習をするな、という脅しの意味もあるだろうが」
私は息をするのを忘れそうになった。
――――――霧雨城に侵入した生徒を亡き者にしろ。
さもなくば、―――――忍術学園を火攻めにする。
「どうして、今、命を取らないの」
私はかろうじて口を開いた。
声が震えそうになる。
男は落ちている芋を拾い上げながら言う。
「もしここでお前を殺せば、忍術学園との争いは避けられない。
殿はそれを望むかもしれないが、家老はそれを危惧している。
霧雨城もそこまで色々な相手と戦ばかりしていられないからな。
だから、いいか。
―――――お前が自ら死を選んだと、学園がわかるように死ね。
お前も、霧雨城と学園が争いになるのは望まないだろう?」
「―――――」
「三日後の夜、この先の崖まで来い」
男はそれだけ言い残すと、私を置いて立ち去った。
*
男の姿が消えても私は動けなかった。
さっき聞いた男の話も、後ろでまだ芋を拾っている三人も、学園にいるみんなのことも、全てがぐちゃぐちゃになって押し寄せる。
――――――――どうしたら良いの。
きっと、いや絶対に、学園長先生やシナ先生たちが守ってくれる。
このことが学園に知れ渡ったら、絶対にみんな私を助けようとしてくれる。
相手が城だろうが国だろうが、みんな決して私を見捨てたりしない。
これは自惚れなんかじゃなくて、―――本当にみんな優しい人たちだから。
だから――――みんなに知られるわけにはいかない。
私の失敗にみんなを巻き込むことは、絶対にしたくない。
勢力のある霧雨城と争うことになれば、忍術学園といえども無傷では済まされない。
誰かが傷つき、…………命を落とすことになる。
学園だって焼けてしまう。
何もかもが上手くいくなんていう、そんなお伽噺のようなことはありえない。
どうしたら、良いだろう。
誰にも覚られずに死ぬためには、どうしたら…………。
