長編 1ミリ上空の日々
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――――――――――
桜の蕾が膨らみ始め、春らしい風が吹くある日の午後。
私は穏やかな日差しの下で、ぼんやりとシナ先生の授業を聞き流していた。
目に沁みるような青い空をずっと眺めていたら、不意に先生の話が止まる。
不思議に思って首を戻すと、頭に軽い衝撃が走った。
「こらひじきさん。鼻から魂が出ていますよ」
目の前に先生がいらして、その手には出席簿。
どうやらそれでぽかりとやられたようだ。
「は、はい!すみませんでした!」
鼻に魂を押し戻しながら謝罪したら、教室のみんなが笑った。
ユキちゃんが口ぱくで「これで四回目よ」と言いながら、悪戯っぽく笑う。
私は苦笑いを返しながら、しっかりしなきゃと思った。
明日は実習があることだし、気を引き締めなければならない。
背筋をぴしっと伸ばし、先生の声に耳を傾けた。
*
昼休みになり、食堂でおばちゃんのランチを食べていると、空いていた前の席に誰かが座った。
「聞いたぞひじき。居眠りを五回もかましたそうだな」
腰を下ろしたのはにやにや笑う三郎と、それを肘でどついてくれている雷蔵だった。
私は三郎に向かって顔をしかめる。
「五回じゃなくて四回だよ。それに寝てたんじゃなくて、ぼおっとしてたの!」
「どっちにしろ酷いな」
三郎はやれやれと呟いて、さっそくご飯を食べ始めた。
私もふんと鼻息を荒げ食事を再開した。
それから、ふと明日の実習のことが頭をよぎる。
「そうだ、雷蔵って今日の図書当番?」
訊ねると雷蔵はにこりと微笑み「うん、そうだよ」と言った。
その瞬間を三郎が凝視していたのを私は見逃さなかった。
机の下で三郎の脛を思いっきり蹴ると、向こうからも蹴り返される。
それを無視して、雷蔵に「そっか、今日行くね」と言う。
「調べ物?」
「うん。ちょっと課題のね」
任務の話を他言してはならない。
それはくノ一も同じこと。
実習先の城のことも、みんなに話したりはしない。
雷蔵もそれを察して「わかった。待ってるよ」と肯いてくれた。
「あーあ、雷蔵はこんなに優しくてふわふわなのに、どうして三郎って嫌味なやつなんだろう」
聞こえるように言うと、三郎がわっと大袈裟に顔を覆って泣き真似をした。
*
翌日
日が沈むのを待ち、正門へと向かう。
その途中、蛸壺に落ちかかり、危うく実習直前に捻挫するところだった。
私が穴のぎりぎり一歩前で止まると、明らかに後ろの草むらで誰かが舌打ちをしていた。
誰か、というより、綾部喜八郎なのだけど。
時間がなかったのでそのまま来たけれど、帰ったら追いかけまわしてやろう。
あのくるくるの髪を撫でまわしたら、きっとすごく嫌な顔をされるだろうけど。
上手に穴を隠したねと、素直に褒めるのは照れくさい。
小松田さんに外出届を渡し、出門票にサインをする。
夕方の冷え込みのせいで小松田さんの鼻の頭が赤い。
「気をつけて、いってらっしゃい!」
ぶんぶんと大きく手を振る小松田さんに、私も大きく手を振り返した。
「行ってきます!」
そして、霧雨城へと駆けだした。
*
実習内容はそれほど難しいものではない。
霧雨城へ侵入し、その城の家紋が入った茶碗を一つだけ持ち帰る。
あらかじめ調べておいた霧雨城の見取り図を頭の中で思い出す。
そして、城の警備の行き届いていないような場所から、音もなく城内へ忍び込んだ。
影から影へ、全感覚を研ぎ澄まして廊下を走る。
人の気配がしたらすぐに物陰に身を潜め、無事に通行人をやり過ごした。
城の備品が保管してある部屋から、家紋の入った小さな茶碗を一つ懐にしまうと、再びそっと部屋を出た。
あとは城を抜け出し、学園に帰れば良い。
音もなく廊下を走りだす。
すると、前方に光の漏れている部屋があり、何やら人の声がする。
その部屋の前を通りたくないので他の道を探そうと考えていると、ふと聞き覚えのある単語が耳に入った。
「それで寝所に繋がる裏口はここと、ここと……これは違うのか?」
「ここも経路ですが、警護しているのはタソガレドキの忍者隊です。迂闊には侵入できないでしょう………」
「決行日は五日後じゃ。他に抜け道などはないのか?」
――――タソガレドキ城。
たしか、戦好きの城主がいたはずだ。
霧雨城も好戦的な殿がいるため、タソガレドキ城とは一触即発の状態が続いている。
噂によると、霧雨の殿はかなりの高齢とのこと。
しかし息子に位を譲らないでいるらしい。
どちらの城も勢力があるので、ここで戦になればお互いに痛手を負うことは明白だ。
だから、正面からではなく、裏から攻めようというのだろう。
関わらない方が良いと思い、その場を離れようとしたとき、会話している片方の男が言った。
「タソガレドキ忍者隊のお前が裏切ったと知ったら、あの忍び組頭はどんな顔をするだろうなあ?」
「―――――」
裏切り、か。
その嫌な響きに眉を潜める。
しかし、それも自分には関わりのないこと。
長居は無用だ。
そっと立ち上がる。
その瞬間、真後ろで声がした。
「何者だ」
背筋が凍りつく。
