長編 1ミリ上空の日々
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翌日。
四年の面々と霧雨城へ向かう道中、タカ丸は普段通りに振舞いながらも、頭の中は昨夜のひじきとの会話で一杯だった。
これまで見たことの無い、不安に満ちた表情。
彼女は―――怖がっていた。
でも、だからこそ、その制止を振り切ってでも行かなければいけない。
彼女が怯えるということは、その先に答えがあるはずだから。
しかしタカ丸は、自分が純粋な思いだけで霧雨城へ向かっているかどうか不安だった。
“ひじきちゃんのため”
それは聞こえのいい理由だ。
けれど、それとは別のもっと利己的な何かが自分の中にあるのを感じていた。
―――それは単純な怒りだ。
彼女は自分の死や、その原因に対して何の恨みも怒りも抱いてはいない。
確かに死んだ理由は知りたがっていたが、それは“生前”の自分を思い出すための途中経過に過ぎない。
徐々に学園が関わっていることがわかってきたとしても、彼女は少しも怒りはしなかった。
ただ、切実に真実だけを望んでいた。
タカ丸も最初はそんなこと考えもしなかった。
でも、彼女と過していくうちに、だんだんと憤りを感じるようになった。
この子を死に追いやったのは誰?
タカ丸は、その“誰か”や“何か”に対し、怒りを覚える自分に気付いた。
それはひじきちゃんのためと言えない。
ひじきちゃんを死なせた者を探し出して、それから自分はどうするのだろうか。
*
街道を逸れて霧雨城の裏の山に辿り着く。
周囲を警戒しながら道なき道を進んでいた。
学園を出る時に着ていた普段着は一般の山道までで、今は忍装束に衣を裏返している。
「しかし、どうやって忍び込む?」
城の見下ろせる茂みに身を潜め四人はひそひそと話し出す。
実習先になったことのない城なので、城内の様子を知るものは誰もいない。
滝夜叉丸は難しい顔をして考え込む。
すると喜八郎がどこからか鋤を取り出して「城まで穴を掘ろう」と真面目な顔で言う。
それを聞いた三木エ門はげんなりした顔で首を振る。
「あのなあ喜八郎。私たちには時間が無いんだ。城まで掘って行ったら何日かかると思ってるんだ?」
「……………さあ?」
しばしの沈黙の後、こきりと首を傾げた喜八郎に滝夜叉丸と三木エ門はため息。
こういう時だけは気の合う二人だ。
「あほ八郎は放っておいて、何か良い案はありませんか?タカ丸さん」
気を取り直して滝夜叉丸がタカ丸に訊ねると、彼は困ったように笑って頭を掻いた。
「実は、僕も穴を掘って行けば良いんじゃないかって考えてたんだあ」
「あまり喜八郎の影響を受けないでくださいよ!!」
滝夜叉丸が思わず声を大きくして言った。
すると次の瞬間、三木エ門が何かに感ずいたかのようにはっとすると、咄嗟に周囲を見回した。
滝夜叉丸と喜八郎も同様に、何かの気配を感じ取り神経を研ぎ澄ます。
滝夜叉丸はその際、タカ丸を地面に伏せさせて、周囲から見えにくいようにした。
木々が覆う森の中は暗くなるのが早く、その上、今日は風が強いため物音も聞き取りにくい。
この森も地理を把握しているわけではないから、戦うには不利だ。
自分たちの周囲を回っている気配を追いながら、四人はじりじりと背中合わせになった。
大きな羽音を立てて鴉が飛び去る。
気配は無気味なほど感じるのに、姿だけが見えない。
四人はそれぞれ武器を構え、見えない敵からの攻撃を待った。
先手を許した後、果たして逃げ切れるだろうか。
*
「―――若い男?」
五年生から話を聞いていた仙蔵は、三郎と雷蔵が耳にしたことを反芻した。
二人は肯いて、それから三郎が口を開く。
「土井先生のことではないでしょうか?それに、“老いと若き”というのは、山本シナ先生のことかと……」
仙蔵は真剣な顔で肯くと、「実は、六年生の間でも先生方の行動を不審に思っているんだ」と言った。
「何か隠しているのは間違いない。だが、決定的な何かが無ければ、そう易々と隠しごとを喋るような相手ではない」
すると、思い出したように兵助が顔を上げた。
「そう言えば、タカ丸さんが何か知っているかも……」
「斉藤が?」
「タカ丸さん、ひじきのことを知ってたんです」
それをそばで聞いていた八左エ門が「あっ」と声を上げる。
「さっき、四年生が揃って出かけていったんだ!四人で出かけるなんて珍しいと思ったけど、まさか何か探りに行ったんじゃ………」
それを聞いた仙蔵は切れ長の目を大きくした。
「それは本当か?しかし、一体どこへ向かったのか見当がつかん。待ってろ。他の六年も呼んでくる」
急を要する事態にもたもたとしている時間は無い。
仙蔵はそう言い残すと、次の瞬間には姿を消していた。
*
あれこれと予想を立てる五年生のそばで、私は必死に思い出そうとした。
頭を抱え込み、強く目を閉じる。
私は一体なぜ死んだ?
私の死に関係のある場所はどこだ?
職員室からタカ丸君が知ったこととは?
早く、早く思い出せ!!!!
四年のみんなが、…………タカ丸君が。
私は嫌な予感を振り払うように、ただ自分のことだけを思い出そうとした。
忍術学園のくのたま。
五年生だった。
目が覚めたとき、桜の花びらが降るのを眺めていた。
それ以前の私は――――?
駄目だ。
わからない。
思い出せない自分に苛立って苦しい。
どうして自分のことすらわからないの?
早く思い出せ!!!!
誰にも届かない叫び声。
その瞬間、ある城の名前が頭をよぎった。
*
仙蔵が姿を現し、続いて他の六年生たちが集まってきた。
「どうだ?何か思い当たる場所はあったか?」
「いえ。考え付くのは小刀を見つけた中古屋くらいで…………」
「そうか――――」
すると小平太が
「全員で手分けして学園の付近を探せば良いんじゃないか?
四年の足ならまだそう遠くへは行ってない」と提案する。
「そのほうが良さそうだね」
伊作や、他のみんなも肯く。
かなり大雑把な提案だが、これ以上考えていても何もわからない。
一刻も早く動き出したかった。
するとそこへ、神埼左門が土煙を舞い上げながら走って来た。
作兵衛の努力も虚しく、腰に括られた縄は千切れている。
「三年長屋はどこだーーーー!」
いつもそのまま走りぬけていくが、なぜか左門は急ブレーキをかけて立ち止まった。
不思議に思った文次郎が「どうした神埼?長屋は向こうだぞ」と反対を指さす。
しかし、左門はぱかりと口を開けたまま、身動きをしない。
「?――――おい、神埼」
文次郎が顔を覗き込む。
すると、左門は「し、潮江文次郎先輩!!」と大声を出した。
「うお!?」
突然の大声に文次郎は尻餅をつきそうになる。
左門は落ち着かない様子できょろきょろすると言った。
「田村先輩が霧雨城に行くとおっしゃってました!!!」
その言葉に、その場の全員が「何だって!!!?」と左門を振り返った。
「それは本当か!!?」
文次郎も仰天して左門に詰め寄る。
左門は「はい!では失礼します!長屋はどこだーーーー!!!!」と言いながら、またどこかへ走り去って行った。
「田村が左門に話していたのか?」
文次郎はどこか腑に落ちないように首をかしげた。
「霧雨城か………この人数で動くのは目立つな」
仙蔵が考え込む。
「田村を連れ戻しに行く」
文次郎がそう言うと、小平太も手を上げた。
「私も行くぞ!!!」
すると「俺も行かせてください」と兵助が進み出た。
「よし、ならば私も含めて四人で動くとするか」
仙蔵は肯くと、さっそく学園を出る手はずを決めにかかる。
「学園のほうは僕らに任せて。……あまり無茶はするなよ」
伊作は四人の顔を見ながら言った。
「ああ、頼む。先生方が勘づく頃だろうしな」
仙蔵は暮れゆく空を見上げた。
夜の気配が近づく。
*
一方、左門は――――いや、ひじきは森の中を走っていた。
実は先ほど、走ってきた左門に取り憑いてしまったのだ。
後ろから走って来た左門に体当たりされ、目の前が真っ暗になる。
すると前にポン太に憑いた時のような感覚がして、気が付けば目線が下がっていた。
ポン太のときは言葉で伝えられなかったけれど、今度は違った。
“霧雨城”という単語から蘇る、城への道。
それを全力で走りながら、ひじきは祈っていた。
どうか間に合って。
みんな無事でいて。
死ぬのは、私一人で十分だから。
四年の面々と霧雨城へ向かう道中、タカ丸は普段通りに振舞いながらも、頭の中は昨夜のひじきとの会話で一杯だった。
これまで見たことの無い、不安に満ちた表情。
彼女は―――怖がっていた。
でも、だからこそ、その制止を振り切ってでも行かなければいけない。
彼女が怯えるということは、その先に答えがあるはずだから。
しかしタカ丸は、自分が純粋な思いだけで霧雨城へ向かっているかどうか不安だった。
“ひじきちゃんのため”
それは聞こえのいい理由だ。
けれど、それとは別のもっと利己的な何かが自分の中にあるのを感じていた。
―――それは単純な怒りだ。
彼女は自分の死や、その原因に対して何の恨みも怒りも抱いてはいない。
確かに死んだ理由は知りたがっていたが、それは“生前”の自分を思い出すための途中経過に過ぎない。
徐々に学園が関わっていることがわかってきたとしても、彼女は少しも怒りはしなかった。
ただ、切実に真実だけを望んでいた。
タカ丸も最初はそんなこと考えもしなかった。
でも、彼女と過していくうちに、だんだんと憤りを感じるようになった。
この子を死に追いやったのは誰?
タカ丸は、その“誰か”や“何か”に対し、怒りを覚える自分に気付いた。
それはひじきちゃんのためと言えない。
ひじきちゃんを死なせた者を探し出して、それから自分はどうするのだろうか。
*
街道を逸れて霧雨城の裏の山に辿り着く。
周囲を警戒しながら道なき道を進んでいた。
学園を出る時に着ていた普段着は一般の山道までで、今は忍装束に衣を裏返している。
「しかし、どうやって忍び込む?」
城の見下ろせる茂みに身を潜め四人はひそひそと話し出す。
実習先になったことのない城なので、城内の様子を知るものは誰もいない。
滝夜叉丸は難しい顔をして考え込む。
すると喜八郎がどこからか鋤を取り出して「城まで穴を掘ろう」と真面目な顔で言う。
それを聞いた三木エ門はげんなりした顔で首を振る。
「あのなあ喜八郎。私たちには時間が無いんだ。城まで掘って行ったら何日かかると思ってるんだ?」
「……………さあ?」
しばしの沈黙の後、こきりと首を傾げた喜八郎に滝夜叉丸と三木エ門はため息。
こういう時だけは気の合う二人だ。
「あほ八郎は放っておいて、何か良い案はありませんか?タカ丸さん」
気を取り直して滝夜叉丸がタカ丸に訊ねると、彼は困ったように笑って頭を掻いた。
「実は、僕も穴を掘って行けば良いんじゃないかって考えてたんだあ」
「あまり喜八郎の影響を受けないでくださいよ!!」
滝夜叉丸が思わず声を大きくして言った。
すると次の瞬間、三木エ門が何かに感ずいたかのようにはっとすると、咄嗟に周囲を見回した。
滝夜叉丸と喜八郎も同様に、何かの気配を感じ取り神経を研ぎ澄ます。
滝夜叉丸はその際、タカ丸を地面に伏せさせて、周囲から見えにくいようにした。
木々が覆う森の中は暗くなるのが早く、その上、今日は風が強いため物音も聞き取りにくい。
この森も地理を把握しているわけではないから、戦うには不利だ。
自分たちの周囲を回っている気配を追いながら、四人はじりじりと背中合わせになった。
大きな羽音を立てて鴉が飛び去る。
気配は無気味なほど感じるのに、姿だけが見えない。
四人はそれぞれ武器を構え、見えない敵からの攻撃を待った。
先手を許した後、果たして逃げ切れるだろうか。
*
「―――若い男?」
五年生から話を聞いていた仙蔵は、三郎と雷蔵が耳にしたことを反芻した。
二人は肯いて、それから三郎が口を開く。
「土井先生のことではないでしょうか?それに、“老いと若き”というのは、山本シナ先生のことかと……」
仙蔵は真剣な顔で肯くと、「実は、六年生の間でも先生方の行動を不審に思っているんだ」と言った。
「何か隠しているのは間違いない。だが、決定的な何かが無ければ、そう易々と隠しごとを喋るような相手ではない」
すると、思い出したように兵助が顔を上げた。
「そう言えば、タカ丸さんが何か知っているかも……」
「斉藤が?」
「タカ丸さん、ひじきのことを知ってたんです」
それをそばで聞いていた八左エ門が「あっ」と声を上げる。
「さっき、四年生が揃って出かけていったんだ!四人で出かけるなんて珍しいと思ったけど、まさか何か探りに行ったんじゃ………」
それを聞いた仙蔵は切れ長の目を大きくした。
「それは本当か?しかし、一体どこへ向かったのか見当がつかん。待ってろ。他の六年も呼んでくる」
急を要する事態にもたもたとしている時間は無い。
仙蔵はそう言い残すと、次の瞬間には姿を消していた。
*
あれこれと予想を立てる五年生のそばで、私は必死に思い出そうとした。
頭を抱え込み、強く目を閉じる。
私は一体なぜ死んだ?
私の死に関係のある場所はどこだ?
職員室からタカ丸君が知ったこととは?
早く、早く思い出せ!!!!
四年のみんなが、…………タカ丸君が。
私は嫌な予感を振り払うように、ただ自分のことだけを思い出そうとした。
忍術学園のくのたま。
五年生だった。
目が覚めたとき、桜の花びらが降るのを眺めていた。
それ以前の私は――――?
駄目だ。
わからない。
思い出せない自分に苛立って苦しい。
どうして自分のことすらわからないの?
早く思い出せ!!!!
誰にも届かない叫び声。
その瞬間、ある城の名前が頭をよぎった。
*
仙蔵が姿を現し、続いて他の六年生たちが集まってきた。
「どうだ?何か思い当たる場所はあったか?」
「いえ。考え付くのは小刀を見つけた中古屋くらいで…………」
「そうか――――」
すると小平太が
「全員で手分けして学園の付近を探せば良いんじゃないか?
四年の足ならまだそう遠くへは行ってない」と提案する。
「そのほうが良さそうだね」
伊作や、他のみんなも肯く。
かなり大雑把な提案だが、これ以上考えていても何もわからない。
一刻も早く動き出したかった。
するとそこへ、神埼左門が土煙を舞い上げながら走って来た。
作兵衛の努力も虚しく、腰に括られた縄は千切れている。
「三年長屋はどこだーーーー!」
いつもそのまま走りぬけていくが、なぜか左門は急ブレーキをかけて立ち止まった。
不思議に思った文次郎が「どうした神埼?長屋は向こうだぞ」と反対を指さす。
しかし、左門はぱかりと口を開けたまま、身動きをしない。
「?――――おい、神埼」
文次郎が顔を覗き込む。
すると、左門は「し、潮江文次郎先輩!!」と大声を出した。
「うお!?」
突然の大声に文次郎は尻餅をつきそうになる。
左門は落ち着かない様子できょろきょろすると言った。
「田村先輩が霧雨城に行くとおっしゃってました!!!」
その言葉に、その場の全員が「何だって!!!?」と左門を振り返った。
「それは本当か!!?」
文次郎も仰天して左門に詰め寄る。
左門は「はい!では失礼します!長屋はどこだーーーー!!!!」と言いながら、またどこかへ走り去って行った。
「田村が左門に話していたのか?」
文次郎はどこか腑に落ちないように首をかしげた。
「霧雨城か………この人数で動くのは目立つな」
仙蔵が考え込む。
「田村を連れ戻しに行く」
文次郎がそう言うと、小平太も手を上げた。
「私も行くぞ!!!」
すると「俺も行かせてください」と兵助が進み出た。
「よし、ならば私も含めて四人で動くとするか」
仙蔵は肯くと、さっそく学園を出る手はずを決めにかかる。
「学園のほうは僕らに任せて。……あまり無茶はするなよ」
伊作は四人の顔を見ながら言った。
「ああ、頼む。先生方が勘づく頃だろうしな」
仙蔵は暮れゆく空を見上げた。
夜の気配が近づく。
*
一方、左門は――――いや、ひじきは森の中を走っていた。
実は先ほど、走ってきた左門に取り憑いてしまったのだ。
後ろから走って来た左門に体当たりされ、目の前が真っ暗になる。
すると前にポン太に憑いた時のような感覚がして、気が付けば目線が下がっていた。
ポン太のときは言葉で伝えられなかったけれど、今度は違った。
“霧雨城”という単語から蘇る、城への道。
それを全力で走りながら、ひじきは祈っていた。
どうか間に合って。
みんな無事でいて。
死ぬのは、私一人で十分だから。
