長編 1ミリ上空の日々
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授業の終了を告げる鐘が学園に響く。
生徒たちは校庭に出たり、思い思いの場所で寛ぎ始めた。
良い風の吹く穏やかな午後。
雷蔵と三郎ものんびりと話しながら校庭へ向かっていた。
すると、行く手に緑色の影が立ち塞がる。
歩みを止めた二人は口を噤み、目の前の人物に注目した。
美しい黒髪を風に靡かせながら、その人物は歩み寄って来た。
「お前たちに聞きたいことがあるんだ」
真剣な表情で口を開いた仙蔵は、雷蔵と三郎の顔を一人ずつ見た。
三郎は少し前に出ながら笑う。
「何ですか?立花先輩」
すると、仙蔵はすっと瞳を閉じ、それから再び目を開けた。
「尾浜、久々知、竹谷、お前たちにも聞きたいんだ」
仙蔵が周囲の草むらに呼び掛けると、そこから影が飛び出した。
勘右衛門、兵助、八左エ門が姿を現す。
勘右衛門が頭を掻きながら「やっぱり立花先輩の目は誤魔化せませんね」と小さく苦笑した。
「俺達に聞きたいことって何ですか?」
兵助が長い睫毛を瞬かせる。
五年生たちはみな、一体何を聞かれるのかわからないという顔をしていた。
仙蔵は眉間にしわを寄せる。
「気付いていないふりはもうやめろ」
「何をですか?」
八左エ門が首を傾げる。
仙蔵を見る五年生の眼つきががらりと変わった。
「―――――ひじきのことだ」
きっぱりと仙蔵が告げると、五年生たちは顔を見合わせた。
それから三郎が静かに口を開いた。
「あいつは学園を辞めて、家族と一緒に越したんです。それがどうかしたんですか?」
その物言いは断固とした響きがあり、それ以外は認めないとでも言いたげだった。
しかし、仙蔵は首を横に振った。
「それは――――真実ではない」
すると明らかに嫌悪を浮かべた表情で三郎が噛みつく。
「立花先輩、あなたこそ何を知っているんですか?」
仙蔵は一呼吸置いた後、はっきりと言った。
「――――ひじきはもうこの世にいない」
「そんなの、どうしてわかるんですか?」
兵助が無表情に聞き返す。
長い睫毛の奥の瞳は、じっと仙蔵を睨んでいる。
「ひじきの小刀を覚えているか。あれが今頃出てきた。
それに、学園で以前噂になった幽霊の件だが、伊作が顔を見ている」
すると勘右衛門が笑った。
「顔を見た?存在しないものでひじきの死を認めろって言うんですか?小刀が出てきたからって、そんなの証拠にはならないですよね。先輩方、冷静になってくださいよ」
断固として認めない五年生たちに、仙蔵は怒鳴ることもせず、静かに口を開いた。
「そう思いたくないのは良く分かる。しかし、お前たちも思い当たることがあるはずだ。
ひじきが学園を去るとき、別れの挨拶もせず、それ以来只の 一度も便りが無いことも。
ひじきがそんなことをする奴ではないと、お前たちが一番良く分かっているはずだろ?
頼む。あいつの身に何があったのか突き止めたいんだ。知っていることがあれば教えてくれ」
それだけ言うと、仙蔵は口を噛みしめ黙り込んだ。
「―――何も知りません」
三郎は何の感情もこもっていない口調で告げると、みんなを促してその場を去ろうとした。
しかし、雷蔵だけがそこから動かなかった。
「どうした雷蔵?早く行こう」
三郎は驚いたように言って、雷蔵の手を引こうとした。
しかし、雷蔵はその手から逃れるように一歩下がった。
「ごめん三郎。でも――――」
そう言って雷蔵がぼろりと涙を流した。
堪えていたものが、次から次へ溢れるように零れ落ちる。
雷蔵は仙蔵の方へ向き直ると、涙声で話し出した。
「僕ら、ほ、本当はひじきが、死んだんだろうって、どこかでわかってました。
……でも、確信したのは少し前で、そ、それで、それでっ、悔しくて。
ひじきの様子が変だって、気付いたのに、僕ら何もしなかった。ひじきは何も言わずに行ってしまったんです。だから、認めたくなかった。
本当に、……信じたくなかったんです」
それを見た他の五年生も、我慢できずにぼろぼろと泣きはじめた。
本当は、ずっと泣きたかった。
でも泣いたら、ひじきの死を認めることになる。
兵助は顔を覆って呻くように言った。
「どうして、…………死んだんだよ、ひじき」
*
私は、その場に凍りついたよう立って見ていた。
昨夜、タカ丸君に教えてもらった自分の名前。
その名前の人の死に、みんなが泣いている。
“私”の死を、みんなが悲しんでいる。
でも、私は何も思い出せない。
こんな酷いことがあるだろうか。
みんながこんなに悲しんで、苦しんで、私の死に心を痛めているのに、私はみんなのことを何も覚えていない。
自分が、どうして死んだのかもわからない。
ただ、泣いているみんなを見ていることしかできなかった。
生徒たちは校庭に出たり、思い思いの場所で寛ぎ始めた。
良い風の吹く穏やかな午後。
雷蔵と三郎ものんびりと話しながら校庭へ向かっていた。
すると、行く手に緑色の影が立ち塞がる。
歩みを止めた二人は口を噤み、目の前の人物に注目した。
美しい黒髪を風に靡かせながら、その人物は歩み寄って来た。
「お前たちに聞きたいことがあるんだ」
真剣な表情で口を開いた仙蔵は、雷蔵と三郎の顔を一人ずつ見た。
三郎は少し前に出ながら笑う。
「何ですか?立花先輩」
すると、仙蔵はすっと瞳を閉じ、それから再び目を開けた。
「尾浜、久々知、竹谷、お前たちにも聞きたいんだ」
仙蔵が周囲の草むらに呼び掛けると、そこから影が飛び出した。
勘右衛門、兵助、八左エ門が姿を現す。
勘右衛門が頭を掻きながら「やっぱり立花先輩の目は誤魔化せませんね」と小さく苦笑した。
「俺達に聞きたいことって何ですか?」
兵助が長い睫毛を瞬かせる。
五年生たちはみな、一体何を聞かれるのかわからないという顔をしていた。
仙蔵は眉間にしわを寄せる。
「気付いていないふりはもうやめろ」
「何をですか?」
八左エ門が首を傾げる。
仙蔵を見る五年生の眼つきががらりと変わった。
「―――――ひじきのことだ」
きっぱりと仙蔵が告げると、五年生たちは顔を見合わせた。
それから三郎が静かに口を開いた。
「あいつは学園を辞めて、家族と一緒に越したんです。それがどうかしたんですか?」
その物言いは断固とした響きがあり、それ以外は認めないとでも言いたげだった。
しかし、仙蔵は首を横に振った。
「それは――――真実ではない」
すると明らかに嫌悪を浮かべた表情で三郎が噛みつく。
「立花先輩、あなたこそ何を知っているんですか?」
仙蔵は一呼吸置いた後、はっきりと言った。
「――――ひじきはもうこの世にいない」
「そんなの、どうしてわかるんですか?」
兵助が無表情に聞き返す。
長い睫毛の奥の瞳は、じっと仙蔵を睨んでいる。
「ひじきの小刀を覚えているか。あれが今頃出てきた。
それに、学園で以前噂になった幽霊の件だが、伊作が顔を見ている」
すると勘右衛門が笑った。
「顔を見た?存在しないものでひじきの死を認めろって言うんですか?小刀が出てきたからって、そんなの証拠にはならないですよね。先輩方、冷静になってくださいよ」
断固として認めない五年生たちに、仙蔵は怒鳴ることもせず、静かに口を開いた。
「そう思いたくないのは良く分かる。しかし、お前たちも思い当たることがあるはずだ。
ひじきが学園を去るとき、別れの挨拶もせず、それ以来只の 一度も便りが無いことも。
ひじきがそんなことをする奴ではないと、お前たちが一番良く分かっているはずだろ?
頼む。あいつの身に何があったのか突き止めたいんだ。知っていることがあれば教えてくれ」
それだけ言うと、仙蔵は口を噛みしめ黙り込んだ。
「―――何も知りません」
三郎は何の感情もこもっていない口調で告げると、みんなを促してその場を去ろうとした。
しかし、雷蔵だけがそこから動かなかった。
「どうした雷蔵?早く行こう」
三郎は驚いたように言って、雷蔵の手を引こうとした。
しかし、雷蔵はその手から逃れるように一歩下がった。
「ごめん三郎。でも――――」
そう言って雷蔵がぼろりと涙を流した。
堪えていたものが、次から次へ溢れるように零れ落ちる。
雷蔵は仙蔵の方へ向き直ると、涙声で話し出した。
「僕ら、ほ、本当はひじきが、死んだんだろうって、どこかでわかってました。
……でも、確信したのは少し前で、そ、それで、それでっ、悔しくて。
ひじきの様子が変だって、気付いたのに、僕ら何もしなかった。ひじきは何も言わずに行ってしまったんです。だから、認めたくなかった。
本当に、……信じたくなかったんです」
それを見た他の五年生も、我慢できずにぼろぼろと泣きはじめた。
本当は、ずっと泣きたかった。
でも泣いたら、ひじきの死を認めることになる。
兵助は顔を覆って呻くように言った。
「どうして、…………死んだんだよ、ひじき」
*
私は、その場に凍りついたよう立って見ていた。
昨夜、タカ丸君に教えてもらった自分の名前。
その名前の人の死に、みんなが泣いている。
“私”の死を、みんなが悲しんでいる。
でも、私は何も思い出せない。
こんな酷いことがあるだろうか。
みんながこんなに悲しんで、苦しんで、私の死に心を痛めているのに、私はみんなのことを何も覚えていない。
自分が、どうして死んだのかもわからない。
ただ、泣いているみんなを見ていることしかできなかった。
