長編 1ミリ上空の日々
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とても静かな夜。
私は空を見上げながら物思いに耽っていた。
深刻そうな顔をしていたくノ一三人組、七松君と立花君。
ここ最近、やけにそういう表情ばかり見ている。
「――――ここにいたの?」
声が聞こえて振り返ると、そこにはタカ丸君が寝間着姿で立っていた。
紺色の空にきれいな髪の色が映えている。
「タカ丸君、こんばんは」
「こんばんは」
タカ丸君はよっこいしょと隣に腰かけると、さっきの私のように空を見上げた。
それから少し躊躇うように口を開いた。
「――――あのね、きみの名前がわかったかもしれないんだ」
「え、――――本当?」
私は深底驚いてタカ丸君を見つめ返す。
タカ丸君は肯くと、とても慎重に言葉を発した。
まるで、何か間違えてはいけない呪文を唱えるようにゆっくりとした発音で。
「―――― 海ひじき」
「――海ひじき」
私はその名前を反復する。
これが、―――私の名前?
わからない。
名前を聞いても、何も記憶は戻って来ない。
自分の名前だという確信は持てなかった。
「でも、どうしてわかったの?誰かに聞いたの?」
矢継ぎ早に質問すると、彼は苦笑しながら言った。
「実は職員室に忍び込んだんだ」
その言葉に、私は驚きと共にとてつもない不安に襲われた。
思わず立ち上がると、声を荒げていた。
「どうしてそんなことをしたの!!?私の生前のことを調べてくれるのは嬉しい。でも、あまり無理なことはしないで。お願いだから、危ないことはしないで!」
「え………」
タカ丸君が驚いて私を見上げている。
そんなことも冷静に気付ける自分がいるのに、それでも私の気持ちは静まらなかった。
込み上げる不安。
職員室に入ったからって、何が危ないというんだ?
知らない。
でも、怖い。
これ以上、タカ丸君に関わってほしくない。
突然の感情に戸惑って、私はタカ丸君を突き離すような言葉しか選べなかった。
「これ以上、調べなくて良いよ。もう、良いから。ありがとう」
なんて最低な言い草だ。
今まで一緒に探してきてくれた恩を仇で返すような態度。
縁側に座り、時には夜中まで一緒に悩んで考えてくれた人に対する言葉?
謝りたいけど、謝れない。
私にこれ以上関わらせてはいけない。
気持ちを振り切るように立ち上がると、足早に廊下を歩いた。
するとタカ丸君が追って来た。
「待って!どうしたの?――――待ってよ!」
困惑の表情を浮かべるタカ丸君。
私はそれを見たくなくて、廊下を逸れて壁を通り抜けた。
これで、タカ丸君はこれ以上追って来ることはできない。
私はその場にしゃがみ込んだ。
どうしようもなく悲しくて、苦しくて、自分が嫌だった。
タカ丸君に酷いことを言った。
もしも私に実体があったなら、自分をぶん殴っていただろう。
もしも私に声が出せたなら、自分を罵って叫んでいただろう。
また、この感じだ。
――――幽霊の自分に苛立っている。
もしもタカ丸君に何かあったら、私は助けられない。
だから、怖い。
私のことで何かに巻き込まれてしまうのではと考えると、不安でたまらない。
どうして、もっと前に気付かなかったのだろう?
私に関わると危険だと。
名前という鍵は、知らずのうちに“不安”という記憶を蘇らせていた。
*
兵助は少し遅い夕飯を済ませた後、風呂場に向かっていた。
すると廊下の先に目立つ髪色の後輩が佇んでいるのを見つけた。
いつものほほんとした顔のその人に似合わぬ、とても思い詰めた表情だ。
「タカ丸さん、どうしたんですか?」
声を掛けるとタカ丸さんはゆっくりと顔を上げた。
そして「何でもないよ」と笑う。
「そんな顔で笑っても一年生も誤魔化せませんよ」
兵助は思ったままを口にすると、タカ丸さんは次に困り顔で笑った。
「あはは、そうだよね」
「俺に言わなくても良いんで、誰かに相談したらどうですか?」
「うん。ありがとう」
兵助はそれ以上、何も言うことなくタカ丸さんの前を通り過ぎた。
自分が彼に言ってやれることはもうない。
上級生だからとか、火薬委員の後輩だからとか、そういうことではなく。
あんなに真剣に悩んでいる人に対して、通りすがりの自分が言えることなど無いだろうと思った。
廊下の角を曲がるとき、「兵助くん!」とタカ丸さんが自分を呼んだ。
兵助は足を止め、振り返る。
タカ丸さんはそれを待ってから口を開いた。
「ひじきちゃんってどんな子?」
兵助はゆっくりと瞬きを一つした。
「―――――良い奴ですよ。ここで一緒に育った兄弟みたいなものです」
タカ丸さんの質問に質問で返さず、答えだけを口にする。
そして、そのまま背を向けて歩き出した。
その表情からは何も読み取れず、彼の心の内は誰にも分からなかった。
私は空を見上げながら物思いに耽っていた。
深刻そうな顔をしていたくノ一三人組、七松君と立花君。
ここ最近、やけにそういう表情ばかり見ている。
「――――ここにいたの?」
声が聞こえて振り返ると、そこにはタカ丸君が寝間着姿で立っていた。
紺色の空にきれいな髪の色が映えている。
「タカ丸君、こんばんは」
「こんばんは」
タカ丸君はよっこいしょと隣に腰かけると、さっきの私のように空を見上げた。
それから少し躊躇うように口を開いた。
「――――あのね、きみの名前がわかったかもしれないんだ」
「え、――――本当?」
私は深底驚いてタカ丸君を見つめ返す。
タカ丸君は肯くと、とても慎重に言葉を発した。
まるで、何か間違えてはいけない呪文を唱えるようにゆっくりとした発音で。
「―――― 海ひじき」
「――海ひじき」
私はその名前を反復する。
これが、―――私の名前?
わからない。
名前を聞いても、何も記憶は戻って来ない。
自分の名前だという確信は持てなかった。
「でも、どうしてわかったの?誰かに聞いたの?」
矢継ぎ早に質問すると、彼は苦笑しながら言った。
「実は職員室に忍び込んだんだ」
その言葉に、私は驚きと共にとてつもない不安に襲われた。
思わず立ち上がると、声を荒げていた。
「どうしてそんなことをしたの!!?私の生前のことを調べてくれるのは嬉しい。でも、あまり無理なことはしないで。お願いだから、危ないことはしないで!」
「え………」
タカ丸君が驚いて私を見上げている。
そんなことも冷静に気付ける自分がいるのに、それでも私の気持ちは静まらなかった。
込み上げる不安。
職員室に入ったからって、何が危ないというんだ?
知らない。
でも、怖い。
これ以上、タカ丸君に関わってほしくない。
突然の感情に戸惑って、私はタカ丸君を突き離すような言葉しか選べなかった。
「これ以上、調べなくて良いよ。もう、良いから。ありがとう」
なんて最低な言い草だ。
今まで一緒に探してきてくれた恩を仇で返すような態度。
縁側に座り、時には夜中まで一緒に悩んで考えてくれた人に対する言葉?
謝りたいけど、謝れない。
私にこれ以上関わらせてはいけない。
気持ちを振り切るように立ち上がると、足早に廊下を歩いた。
するとタカ丸君が追って来た。
「待って!どうしたの?――――待ってよ!」
困惑の表情を浮かべるタカ丸君。
私はそれを見たくなくて、廊下を逸れて壁を通り抜けた。
これで、タカ丸君はこれ以上追って来ることはできない。
私はその場にしゃがみ込んだ。
どうしようもなく悲しくて、苦しくて、自分が嫌だった。
タカ丸君に酷いことを言った。
もしも私に実体があったなら、自分をぶん殴っていただろう。
もしも私に声が出せたなら、自分を罵って叫んでいただろう。
また、この感じだ。
――――幽霊の自分に苛立っている。
もしもタカ丸君に何かあったら、私は助けられない。
だから、怖い。
私のことで何かに巻き込まれてしまうのではと考えると、不安でたまらない。
どうして、もっと前に気付かなかったのだろう?
私に関わると危険だと。
名前という鍵は、知らずのうちに“不安”という記憶を蘇らせていた。
*
兵助は少し遅い夕飯を済ませた後、風呂場に向かっていた。
すると廊下の先に目立つ髪色の後輩が佇んでいるのを見つけた。
いつものほほんとした顔のその人に似合わぬ、とても思い詰めた表情だ。
「タカ丸さん、どうしたんですか?」
声を掛けるとタカ丸さんはゆっくりと顔を上げた。
そして「何でもないよ」と笑う。
「そんな顔で笑っても一年生も誤魔化せませんよ」
兵助は思ったままを口にすると、タカ丸さんは次に困り顔で笑った。
「あはは、そうだよね」
「俺に言わなくても良いんで、誰かに相談したらどうですか?」
「うん。ありがとう」
兵助はそれ以上、何も言うことなくタカ丸さんの前を通り過ぎた。
自分が彼に言ってやれることはもうない。
上級生だからとか、火薬委員の後輩だからとか、そういうことではなく。
あんなに真剣に悩んでいる人に対して、通りすがりの自分が言えることなど無いだろうと思った。
廊下の角を曲がるとき、「兵助くん!」とタカ丸さんが自分を呼んだ。
兵助は足を止め、振り返る。
タカ丸さんはそれを待ってから口を開いた。
「ひじきちゃんってどんな子?」
兵助はゆっくりと瞬きを一つした。
「―――――良い奴ですよ。ここで一緒に育った兄弟みたいなものです」
タカ丸さんの質問に質問で返さず、答えだけを口にする。
そして、そのまま背を向けて歩き出した。
その表情からは何も読み取れず、彼の心の内は誰にも分からなかった。
