長編 1ミリ上空の日々
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タカ丸の話を聞き終えた三人は暫く黙った。
ひじき先輩は本当に、もうこの世にいないのか……?
何が起こったのか話を繋げようとするが、肝心の部分がわかって来ない。
おそらく、知っているのは教師陣。
口を割るような相手ではない。
三木エ門はタカ丸の話の中で気になったことを口にしてみた。
「さっき、霧雨城が先輩の実習先になっていたと言ってましたよね?」
「うん。確かに書いてあったよ。どんなお城なの?」
その会話に滝夜叉丸が顔を上げる。
「………その城は忍術学園からほど近い所にあります。しかし、我々の実習先になったことはありません」
「でも、ひじき先輩はその城が実習先だった……」
三木エ門は地面を睨みながら言った。
再び沈黙が流れる。
すると、それまで体育座りのままじっとしていた喜八郎がぱっと立ちあがった。
「行こうか」
タカ丸、三木エ門、滝夜叉丸はぽかんとしてそれを見上げた。
「……ど、どこへだ?」
かろうじて滝夜叉丸が質問する。
喜八郎は鋤を肩に担いで学園の外を指さした。
「霧雨城へ」
こんな突拍子もないこと、普通なら反対するところだが、それしか道は無いように思った。
このまま学園でじっとしていても何も始まらない。
霧雨城に手掛かりがあるにせよ、ないにせよ、それが今の自分達に出来ることだった。
全員が肯いた。
陽が傾いているのを見た滝夜叉丸が口を開く。
「しかし、今から出るのは怪しまれてしまう。出発は明日の授業が終わり次第だな」
「ああ、外出届を貰えば小松田さんの追跡にあうこともないからな」
三木エ門も同意する。
喜八郎は暮れゆく空を見て、あと一刻ほどで始まる委員会のことを思い出した。
「――――ま、いっか」
*
喜八郎が委員会をサボろうと決めたとき、仙蔵は作法室で一人静かに正座していた。
委員会が始まるまで、まだ時間がある。
首実験の練習に使う首フィギュアがずらりと並んでいる風景を、他の生徒はかなり嫌がるが仙蔵は別にどうとも思わなかった。
人の顔を模しているもの。
首たちは動きもしないし、何も語りはしない。
見られているようで嫌だと言う生徒もいるが、首の目はどこも見てなんかいない。
作法室は窓から差し込むわずかな夕日で懐かしい色に染まっている。
その色に誘われるように、仙蔵はあの日のことを思い出していた。
後輩と最後に話したのも、こんな夕暮れ時だった。
*
仙蔵は焙烙火矢の練習を終えて部屋に戻る途中、手裏剣の的の前に人影を見つけた。
一瞬、滝夜叉丸が戦輪の腕の自慢でもしているのかと思ったが、その人影はただ黙々と手裏剣を討っている。
近づいてみると、それは一つ年下の後輩だった。
的を見据え、かまえては討つ。
後輩の手を離れた手裏剣は的の中心を少し逸れた。
それを見届けると、後輩は休む暇も無く次の手裏剣を討つ準備に入った。
的を見据え、かまえては討つ。
それにしても、どれほど練習をしていたのだろうか。
的の板には大量の手裏剣が刺さっていて、木が抉れて薄くなってしまっている。
後輩の横顔は真剣そのもの。
しかし、なぜか仙蔵は違和感を感じた。
集中しているように見えて、的は見えていない。
まるで上の空だ。
手裏剣を討つ手を止めない後輩に、仙蔵は思わず名前を呼んでいた。
「ひじき」
すると、ぴたりと動きが止まった。
「あっ。立花先輩、こんにちは。―――こんばんは?」
振り返ったひじきは、暗くなった空に今気付いたようだった。
その頬には湿布が貼ってある。
たしか、何日か前に実習でこさえてきた傷だ。
いつも通りの、少し抜けているような表情に戻ったひじきを見て、仙蔵は無意識に安堵していた。
「ずいぶん熱心だな。―――明日は槍でも降るんじゃないのか?」
仙蔵の言葉を聞いたひじきはきょとんとして、それからわざと怒ったような顔になる。
「失礼ですね!私はいつも熱心ですよ!!――――まあ、雨くらいなら降るかもしれないですけど」
そう言って声を立てて笑った。
仙蔵はずたずたになった的の板を見やって、それから足元の手裏剣を拾った。
「あまり根を詰めると狙いが悪くなる。今日はこのくらいにしておけ」
「はい」
後輩は素直に肯くと、的に刺さった手裏剣を片付けに走って行った。
山際に日が沈み、辺りが一気に暗くなる。
少し冷たい風に乗って、食堂から夕飯の匂いが漂って来た。
正門の方からはマラソンから帰って来た一年生たちが騒ぐ声が聞こえてくる。
なんら変わり映えのしない、いつもの夕暮れ。
ふと、ひじきが顔を上げた。
「―――――――――しあわせですね」
こちらを振り返り、微笑むひじきは本当に幸せそうな顔をしていた。
仙蔵はやれやれと笑う。
「なんだ、そんなに腹が減っていたのか?」
すると、ひじきはまた声を立てて笑った。
彼女の笑い声を聞いたのは、この日が最後だった。
*
そっと瞳を開いた仙蔵は、目の前の首を一つ手に取った。
「あのとき、どうして私は幸せだと返してやらなかったのだ?どうして、もっと気にかけてやらなかったのだ?」
首は黙ったまま仙蔵の顔すら見えてはいない目を開いている。
仙蔵は首を持って立ち上がると、それを力一杯畳にぶつけた。
“がつん”
鈍い音がして、首フィギュアの鼻が削れた。
仙蔵は立ちつくしたまま自分の顔を覆う。
込み上げる後悔と嗚咽を止められず、指の間から涙がこぼれては落ちる。
「――――――何も、見えていないのは、私だ」
日が沈みきって、薄暗くなる部屋で仙蔵は一人泣き続けた。
そして、その背をひじきは見ていた。
背をさすることも、一緒に泣くこともできない。
その涙の理由さえ尋ねることもできない。
何もできない無力さに耐えられず、その場から立ち去った。
ひじき先輩は本当に、もうこの世にいないのか……?
何が起こったのか話を繋げようとするが、肝心の部分がわかって来ない。
おそらく、知っているのは教師陣。
口を割るような相手ではない。
三木エ門はタカ丸の話の中で気になったことを口にしてみた。
「さっき、霧雨城が先輩の実習先になっていたと言ってましたよね?」
「うん。確かに書いてあったよ。どんなお城なの?」
その会話に滝夜叉丸が顔を上げる。
「………その城は忍術学園からほど近い所にあります。しかし、我々の実習先になったことはありません」
「でも、ひじき先輩はその城が実習先だった……」
三木エ門は地面を睨みながら言った。
再び沈黙が流れる。
すると、それまで体育座りのままじっとしていた喜八郎がぱっと立ちあがった。
「行こうか」
タカ丸、三木エ門、滝夜叉丸はぽかんとしてそれを見上げた。
「……ど、どこへだ?」
かろうじて滝夜叉丸が質問する。
喜八郎は鋤を肩に担いで学園の外を指さした。
「霧雨城へ」
こんな突拍子もないこと、普通なら反対するところだが、それしか道は無いように思った。
このまま学園でじっとしていても何も始まらない。
霧雨城に手掛かりがあるにせよ、ないにせよ、それが今の自分達に出来ることだった。
全員が肯いた。
陽が傾いているのを見た滝夜叉丸が口を開く。
「しかし、今から出るのは怪しまれてしまう。出発は明日の授業が終わり次第だな」
「ああ、外出届を貰えば小松田さんの追跡にあうこともないからな」
三木エ門も同意する。
喜八郎は暮れゆく空を見て、あと一刻ほどで始まる委員会のことを思い出した。
「――――ま、いっか」
*
喜八郎が委員会をサボろうと決めたとき、仙蔵は作法室で一人静かに正座していた。
委員会が始まるまで、まだ時間がある。
首実験の練習に使う首フィギュアがずらりと並んでいる風景を、他の生徒はかなり嫌がるが仙蔵は別にどうとも思わなかった。
人の顔を模しているもの。
首たちは動きもしないし、何も語りはしない。
見られているようで嫌だと言う生徒もいるが、首の目はどこも見てなんかいない。
作法室は窓から差し込むわずかな夕日で懐かしい色に染まっている。
その色に誘われるように、仙蔵はあの日のことを思い出していた。
後輩と最後に話したのも、こんな夕暮れ時だった。
*
仙蔵は焙烙火矢の練習を終えて部屋に戻る途中、手裏剣の的の前に人影を見つけた。
一瞬、滝夜叉丸が戦輪の腕の自慢でもしているのかと思ったが、その人影はただ黙々と手裏剣を討っている。
近づいてみると、それは一つ年下の後輩だった。
的を見据え、かまえては討つ。
後輩の手を離れた手裏剣は的の中心を少し逸れた。
それを見届けると、後輩は休む暇も無く次の手裏剣を討つ準備に入った。
的を見据え、かまえては討つ。
それにしても、どれほど練習をしていたのだろうか。
的の板には大量の手裏剣が刺さっていて、木が抉れて薄くなってしまっている。
後輩の横顔は真剣そのもの。
しかし、なぜか仙蔵は違和感を感じた。
集中しているように見えて、的は見えていない。
まるで上の空だ。
手裏剣を討つ手を止めない後輩に、仙蔵は思わず名前を呼んでいた。
「ひじき」
すると、ぴたりと動きが止まった。
「あっ。立花先輩、こんにちは。―――こんばんは?」
振り返ったひじきは、暗くなった空に今気付いたようだった。
その頬には湿布が貼ってある。
たしか、何日か前に実習でこさえてきた傷だ。
いつも通りの、少し抜けているような表情に戻ったひじきを見て、仙蔵は無意識に安堵していた。
「ずいぶん熱心だな。―――明日は槍でも降るんじゃないのか?」
仙蔵の言葉を聞いたひじきはきょとんとして、それからわざと怒ったような顔になる。
「失礼ですね!私はいつも熱心ですよ!!――――まあ、雨くらいなら降るかもしれないですけど」
そう言って声を立てて笑った。
仙蔵はずたずたになった的の板を見やって、それから足元の手裏剣を拾った。
「あまり根を詰めると狙いが悪くなる。今日はこのくらいにしておけ」
「はい」
後輩は素直に肯くと、的に刺さった手裏剣を片付けに走って行った。
山際に日が沈み、辺りが一気に暗くなる。
少し冷たい風に乗って、食堂から夕飯の匂いが漂って来た。
正門の方からはマラソンから帰って来た一年生たちが騒ぐ声が聞こえてくる。
なんら変わり映えのしない、いつもの夕暮れ。
ふと、ひじきが顔を上げた。
「―――――――――しあわせですね」
こちらを振り返り、微笑むひじきは本当に幸せそうな顔をしていた。
仙蔵はやれやれと笑う。
「なんだ、そんなに腹が減っていたのか?」
すると、ひじきはまた声を立てて笑った。
彼女の笑い声を聞いたのは、この日が最後だった。
*
そっと瞳を開いた仙蔵は、目の前の首を一つ手に取った。
「あのとき、どうして私は幸せだと返してやらなかったのだ?どうして、もっと気にかけてやらなかったのだ?」
首は黙ったまま仙蔵の顔すら見えてはいない目を開いている。
仙蔵は首を持って立ち上がると、それを力一杯畳にぶつけた。
“がつん”
鈍い音がして、首フィギュアの鼻が削れた。
仙蔵は立ちつくしたまま自分の顔を覆う。
込み上げる後悔と嗚咽を止められず、指の間から涙がこぼれては落ちる。
「――――――何も、見えていないのは、私だ」
日が沈みきって、薄暗くなる部屋で仙蔵は一人泣き続けた。
そして、その背をひじきは見ていた。
背をさすることも、一緒に泣くこともできない。
その涙の理由さえ尋ねることもできない。
何もできない無力さに耐えられず、その場から立ち去った。
