長編 1ミリ上空の日々
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夜。
自室の畳に寝そべりながら、七松小平太は天井の木目を眺めていた。
いつもなら塹壕でも掘りに出かけている時間だが今夜はそんな気分になれなかった。
昼間のうどん屋での会話が頭の中を行ったり来たり。
それと、あの後輩の姿が浮かんでは消える。
小平太は瞼の上に腕を乗せると、暗闇の中を見据えた。
*
「へい、いらっしゃい!」
街のうどん屋の暖簾をくぐると、六人は雑談を続けながらも辺りを警戒した。
全員が「狸うどんを食べる」という意味を理解していた。
席に落ち着き、一通り注文を終えると静かに茶を啜っていた仙蔵が口火を切った。
「―――それで、今日はどうしたんだ伊作」
その一言で他の五人は喋るのをやめ、この場にみんなを集めた者の方を注目した。
「あぁ、その、…………みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」
伊作は湯呑の底から視線を上げて話し出した。
普段の優しすぎる笑みとは打って変わって、その眼差しは真剣そのもの。
周囲の和やかなざわめきさえも、六人の周りには近寄れないような雰囲気だった。
「先日、ユキちゃんたちがこの柄の小刀を持っていたと、乱太郎から聞いたんだ」
そう言って、伊作は懐から馬と鹿の角の描かれた紙を取り出した。
それは乱太郎が記憶の通り描いたものだ。
「ずいぶん変わった柄だな!」
小平太が身を乗り出して湯呑をひっくり返しそうになるのを、長次が黙って湯呑をどかした。
留三郎はただ黙っている。
伊作は言葉を続けた。
「これ、ひじきが持っていた物だと思うんだ」
その名前が出ると、その場の全員の顔色が変わった。
「何故そんなものが今さら出てきたんだ?」
文字郎が眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
その言葉に伊作は小さく肯いた。
「おかしいだろ?あれから半年も経っているのに……」
話の成り行きを聞いていた仙蔵が、ふと首を傾げた。
「まて伊作、それではもしや――――ひじきの身に何かあったのではと言いたいのか?」
伊作は少し躊躇った後、ゆっくりと肯いた。
「―――何か、理由があるのだな?」
仙蔵の問いかけに、伊作はもう一度、深く肯いた。
「……学園の校庭で見たんだ。あの子、死に装束だった」
仙蔵は息をのんで黙り込んだ。
長次はそっと瞳を閉じ、小平太は乗り出していた身を戻す。
留三郎と文次郎も何も言えないようだった。
その場の全員が黙り込んだ。
「へい、お待ちどうさん!狸うどんね!」
うどんが運ばれてきて、また店主が去って行った。
沈黙を破ったのは伊作だった。
「―――正直、僕自身も信じられない。
何か夢でも見てたのかもしれない。
こんな縁起でもないこと言うのも、どうかしてると思う。
でも、小刀の件を乱太郎から聞く前だったんだ」
「伊作」
その言葉を留三郎が制止した。
「お前の言葉を軽んじる奴はここにはいない」
「よく話してくれたな」
小平太は再び身を乗り出す。
今度は長次に思いっきりぶつかった。
仙蔵も文次郎も長次も、肯いた。
「――――ありがとう」
伊作はぎゅっと拳を握ると、次の言葉を発した。
「それと、この話を学園で出来なかったわけがあるんだ。
――――いつだったかの幽霊騒ぎのこと、覚えてるかい?」
「幽霊――――、ああ、乱太郎たちが騒いでたやつか」
留三郎が肯く。
「先生方が術を教えてくれないとかどうとかって……」
文字郎が続いて言った。
すると仙蔵が閃いたように顔を上げた。
「その霊がひじきだと言うのか?」
「………あの時の盗賊が幽霊を見て『小娘』と言ってたらしいんだ。
その後の先生達の様子からしても、何か隠している気がしてならない」
伊作は辛そうに言う。
「私たちはひじきが死んだという明確な証拠を探すということか?」
小平太が直球に疑問を口にした。
でも、誰もその質問に答えられなかった。
伊作の言葉を信じること、それはすなわちひじきの死を認めるということ。
だいぶ経った頃、長次が小さな声で言った。
「真実を確かめることができれば――――ひじきが無事であるかもしれない。それなら、それで良い」
それは、いつものように聞きとりにくい声だったが、しっかりと全員の耳に届いた。
六人は伸びたうどんを文句も言わずに食べきると、そのまま各々学園へと戻ることにした。
*
寝そべっていた小平太はがばりと飛び起きると、読書をしていた長次の方を向いた。
「なあ長次」
「…………なんだ」
本に目を向けたまま、もそと長次が返事をする。
机のそばの灯りがぼんやりと部屋の中を照らしている。
小平太は胡坐をかくと顔をしかめた。
「私は伊作を信じているが、やっぱり自分の目で確認しないと気が済まない」
「……………そうか」
「どうしたら良いと思う?」
あっけらかんとして首を傾げる小平太に、長次はやれやれとため息をつく。
小平太はただ本当のことをその目で見たいのだ。
その目で見るまで、“ひじきの死”も“ひじきの無事”も腑には落ちないだろう。
だから、―――彼はまだ悲しんだりしない。
長次は本から顔を上げると、小平太に向き直った。
「……走ってきたらどうだ」
「へ?」
「……校庭を走り回っていれば、ひじきを見つけられるかもしれない。伊作は見たと言っていた」
すると、小平太は「それもそうだな!!」と言って立ち上がる。
「ちょっと行って来るぞ!!」
まるで何もかも解決したかのような笑顔で告げると、夜着のまま部屋を飛び出して行った。
一瞬の騒々しさの後、残ったのは深すぎる静寂。
長次は再び読書に戻りながら、やはり頭の中では後輩を案じていた。
*
「いけいけどんどーん!!!」
お馴染みの掛け声が聞こえてきたので私は校庭の隅に移動しようかと考える。
いくら睡眠が必要でないにしろ、何度も上を行ったり来たりされては落ち着かない。
よっこいせ、と起き上がってみると、向こうから七松君が爆走してきた。
しかも今夜は夜着のままだ。
あんな格好で………風邪でもひいたらどうするんだか。
私は七松君が通り過ぎるのを待って、それから校庭の隅まで行こうと思い立ち止まる。
だだだっと走って来る七松君。
そして、私の前を通り過ぎた。
私は驚いて息をのむ。
すぐに通り過ぎた七松君の、―――その頬が涙で濡れているように見えた。
ただの汗の跡だろうか。
いつになく、真っ直ぐ前を見つめて走っていく、その横顔が頭から離れなかった。
自室の畳に寝そべりながら、七松小平太は天井の木目を眺めていた。
いつもなら塹壕でも掘りに出かけている時間だが今夜はそんな気分になれなかった。
昼間のうどん屋での会話が頭の中を行ったり来たり。
それと、あの後輩の姿が浮かんでは消える。
小平太は瞼の上に腕を乗せると、暗闇の中を見据えた。
*
「へい、いらっしゃい!」
街のうどん屋の暖簾をくぐると、六人は雑談を続けながらも辺りを警戒した。
全員が「狸うどんを食べる」という意味を理解していた。
席に落ち着き、一通り注文を終えると静かに茶を啜っていた仙蔵が口火を切った。
「―――それで、今日はどうしたんだ伊作」
その一言で他の五人は喋るのをやめ、この場にみんなを集めた者の方を注目した。
「あぁ、その、…………みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」
伊作は湯呑の底から視線を上げて話し出した。
普段の優しすぎる笑みとは打って変わって、その眼差しは真剣そのもの。
周囲の和やかなざわめきさえも、六人の周りには近寄れないような雰囲気だった。
「先日、ユキちゃんたちがこの柄の小刀を持っていたと、乱太郎から聞いたんだ」
そう言って、伊作は懐から馬と鹿の角の描かれた紙を取り出した。
それは乱太郎が記憶の通り描いたものだ。
「ずいぶん変わった柄だな!」
小平太が身を乗り出して湯呑をひっくり返しそうになるのを、長次が黙って湯呑をどかした。
留三郎はただ黙っている。
伊作は言葉を続けた。
「これ、ひじきが持っていた物だと思うんだ」
その名前が出ると、その場の全員の顔色が変わった。
「何故そんなものが今さら出てきたんだ?」
文字郎が眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
その言葉に伊作は小さく肯いた。
「おかしいだろ?あれから半年も経っているのに……」
話の成り行きを聞いていた仙蔵が、ふと首を傾げた。
「まて伊作、それではもしや――――ひじきの身に何かあったのではと言いたいのか?」
伊作は少し躊躇った後、ゆっくりと肯いた。
「―――何か、理由があるのだな?」
仙蔵の問いかけに、伊作はもう一度、深く肯いた。
「……学園の校庭で見たんだ。あの子、死に装束だった」
仙蔵は息をのんで黙り込んだ。
長次はそっと瞳を閉じ、小平太は乗り出していた身を戻す。
留三郎と文次郎も何も言えないようだった。
その場の全員が黙り込んだ。
「へい、お待ちどうさん!狸うどんね!」
うどんが運ばれてきて、また店主が去って行った。
沈黙を破ったのは伊作だった。
「―――正直、僕自身も信じられない。
何か夢でも見てたのかもしれない。
こんな縁起でもないこと言うのも、どうかしてると思う。
でも、小刀の件を乱太郎から聞く前だったんだ」
「伊作」
その言葉を留三郎が制止した。
「お前の言葉を軽んじる奴はここにはいない」
「よく話してくれたな」
小平太は再び身を乗り出す。
今度は長次に思いっきりぶつかった。
仙蔵も文次郎も長次も、肯いた。
「――――ありがとう」
伊作はぎゅっと拳を握ると、次の言葉を発した。
「それと、この話を学園で出来なかったわけがあるんだ。
――――いつだったかの幽霊騒ぎのこと、覚えてるかい?」
「幽霊――――、ああ、乱太郎たちが騒いでたやつか」
留三郎が肯く。
「先生方が術を教えてくれないとかどうとかって……」
文字郎が続いて言った。
すると仙蔵が閃いたように顔を上げた。
「その霊がひじきだと言うのか?」
「………あの時の盗賊が幽霊を見て『小娘』と言ってたらしいんだ。
その後の先生達の様子からしても、何か隠している気がしてならない」
伊作は辛そうに言う。
「私たちはひじきが死んだという明確な証拠を探すということか?」
小平太が直球に疑問を口にした。
でも、誰もその質問に答えられなかった。
伊作の言葉を信じること、それはすなわちひじきの死を認めるということ。
だいぶ経った頃、長次が小さな声で言った。
「真実を確かめることができれば――――ひじきが無事であるかもしれない。それなら、それで良い」
それは、いつものように聞きとりにくい声だったが、しっかりと全員の耳に届いた。
六人は伸びたうどんを文句も言わずに食べきると、そのまま各々学園へと戻ることにした。
*
寝そべっていた小平太はがばりと飛び起きると、読書をしていた長次の方を向いた。
「なあ長次」
「…………なんだ」
本に目を向けたまま、もそと長次が返事をする。
机のそばの灯りがぼんやりと部屋の中を照らしている。
小平太は胡坐をかくと顔をしかめた。
「私は伊作を信じているが、やっぱり自分の目で確認しないと気が済まない」
「……………そうか」
「どうしたら良いと思う?」
あっけらかんとして首を傾げる小平太に、長次はやれやれとため息をつく。
小平太はただ本当のことをその目で見たいのだ。
その目で見るまで、“ひじきの死”も“ひじきの無事”も腑には落ちないだろう。
だから、―――彼はまだ悲しんだりしない。
長次は本から顔を上げると、小平太に向き直った。
「……走ってきたらどうだ」
「へ?」
「……校庭を走り回っていれば、ひじきを見つけられるかもしれない。伊作は見たと言っていた」
すると、小平太は「それもそうだな!!」と言って立ち上がる。
「ちょっと行って来るぞ!!」
まるで何もかも解決したかのような笑顔で告げると、夜着のまま部屋を飛び出して行った。
一瞬の騒々しさの後、残ったのは深すぎる静寂。
長次は再び読書に戻りながら、やはり頭の中では後輩を案じていた。
*
「いけいけどんどーん!!!」
お馴染みの掛け声が聞こえてきたので私は校庭の隅に移動しようかと考える。
いくら睡眠が必要でないにしろ、何度も上を行ったり来たりされては落ち着かない。
よっこいせ、と起き上がってみると、向こうから七松君が爆走してきた。
しかも今夜は夜着のままだ。
あんな格好で………風邪でもひいたらどうするんだか。
私は七松君が通り過ぎるのを待って、それから校庭の隅まで行こうと思い立ち止まる。
だだだっと走って来る七松君。
そして、私の前を通り過ぎた。
私は驚いて息をのむ。
すぐに通り過ぎた七松君の、―――その頬が涙で濡れているように見えた。
ただの汗の跡だろうか。
いつになく、真っ直ぐ前を見つめて走っていく、その横顔が頭から離れなかった。
