長編 1ミリ上空の日々
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日、田村三木エ門は眠い目をこすりながら、それでも机に噛り付いて勉強をしていた。
だいぶ夜も更けている。
外から「ぎんぎーん!」という声が聞こえたのは、これで何度めだろう?
潮江先輩は今夜も貫徹するらしい。
三木エ門はぴしゃりと自分の両頬を叩くと、ぶんぶんと首を振った。
会計委員の仕事で貫徹は何度も経験したが、それでも眠いものは眠い。
今にも鼻から魂が抜けそうだ。
「一年坊主や左門でもあるまいし……」
独り言をぽつりと漏らし、井戸で顔を洗いに立ちあがった。
目を覚ますには冷たい水で顔を洗うのが一番良い。
月明かりを頼りに廊下を歩いて行くと、先の方に白い人影がぼんやり見えてきた。
テスト期間中は夜更かしの生徒が多いので、別に不思議なことは無い。
三木エ門は足を進める。
風に乗って、微かな声が流れてきた。
見えてきたのはタカ丸さんで、廊下の柱に寄りかかって庭の方を見ていた。
三木エ門は首をひねる。
タカ丸さんの他には人影はないはずだけど、一体誰と話をしているんだろう?
それとも、独り言?
まあ、タカ丸さんはずいぶん変わったところのある人だからなあ。
三木エ門はそう思って、すたすたと彼に近寄って行こうとした。
すると、夜着の袖をぐいっと誰かに掴まれた。
「!!!?―――――喜八郎、滝夜叉丸!?」
三木エ門が驚いて言うと、二人はそろって「しー」と唇に手を当てた。
よくわからないけど、三木エ門は口をつぐみ数回肯いた。
三人は喜八郎と滝夜叉丸の部屋に入ると、そこでようやく口を開いた。
「二人とも、これは一体何の遊びだ?」
三木エ門はすっかり眠気も覚めていた。
すると滝夜叉丸が偉そうに咳払いをして大袈裟な口ぶりで話し出した。
派手な柄の夜着が目に痛い。
「遊びなどではないぞ三木エ門。我々はタカ丸さんの重大な秘密を知ってしまったのだ」
「秘密?」
「その通り。その重大な秘密を探りだしたこの優秀な滝夜叉丸にとって、それはなんら難しい事ではなかったが、しかし私くらい頭脳明晰であるとぐだぐだぐだ―――――――」
ぐだぐだ言っているばかりで話しにならないので、三木エ門はさっさと帰って勉強の続きでもしようかと立ち上がった。
それを喜八郎が「まあまあ」と言って押しとどめる。
「三木エ門。滝夜叉丸のことはほっといて話を進めるよ」
「……ああ、頼む」
「率直に言うと、タカ丸さんは“見える人”みたいなんだよね」
率直と言う割には抽象的な表現だが、その言葉だけで三木エ門が理解するのは十分だった。
つまり、“この世のものではないものが見える人”。
でも、あのタカ丸さんが?
三木エ門が理解したのを見届けた喜八郎は、あとはどうでもいいとばかりに大欠伸をした。
「ふああ。まあ、そんだけのことだよ。おやすみ」
そのまま敷いてある布団に潜り込むと、喜八郎は一切身動きしなくなった。
ずいぶん勝手だけど、腹を立てるのはとっくの昔にやめている。
喜八郎はこういうやつなのだ。
三木エ門がそのまま部屋を出ていこうとしたら、ぐだぐだ言っていた滝夜叉丸が少し押えた口調でぽつりと漏らした。
「――――三木エ門、お前はどう思った?」
「―――何がだ」
三木エ門は白い障子を見つめながら返事をする。
そこには、小さな灯りが自分の影を薄く映し出していた。
少しの沈黙が流れ、規則正しい喜八郎の寝息だけが聞こえる。
その寝息を確認したかのように、滝夜叉丸はまた話し出す。
「タカ丸さんが“見える人”かどうか見張ろうと言い始めたのは、………喜八郎なのだ」
「喜八郎が?」
その言葉は意外で、三木エ門は小さく振り返った。
てっきり、何にでも首を出したがる滝夜叉丸が言い始めたことなのかと思っていた。
滝夜叉丸はきちんと正座したまま、三木エ門を見上げた。
「おそらく、喜八郎は―――タカ丸さんから言ってほしかったんだろう。最近、よくタカ丸さんの後を追って穴を掘っていたからな」
「……そう、だったのか。喜八郎らしいな」
「そうだろう?まったく、素直には聞けないやつだから……」
滝夜叉丸は喜八郎が潜っている布団の山を見て苦笑した。
それから、少し口を開くのを躊躇った後、再び三木エ門に向き直った。
「三木エ門。お前は、タカ丸さんをどう思った?」
隠しごとをされて?
年下の私たちを頼りないと思った?
それでも信頼できるのか?
三木エ門はその問いかけに答えるのに色々なことを考えたが、結局全て捨ててしまった。
ごちゃごちゃ考えるのは、自分の性に合わない。
「どうもこうも、タカ丸さんは私たち四年生の仲間だ。このことも、隠していたのには理由があったんだろ」
三木エ門が一息に言うと、滝夜叉丸は「そうか」と肯いた。
「ならば、お前にも話しておくことがある」
三木エ門は黙って肯いた。
「タカ丸さんは、――――この学園の生徒と話をしているらしい」
一瞬、滝夜叉丸が何を言ったのかわからなかった。
「は?」
いつもならここで「ふん!それではお前にこの賢く美しい、そして戦輪を使わせたらぐだぐだぐだ―――」となるが、そんな前置きなしで滝夜叉丸は話し出した。
「私と喜八郎がさっきタカ丸さんを見張っていたら、タカ丸さんが言っていたのだ。
『きみが五年生と同い年でこの学園にいたってことは、何か記録が残っているかも知れないよね?それなら、職員室を探すのが一番だけど………』と。
この言葉、変だと思わないか?」
三木エ門は肯いた。
「ああ。――――タカ丸さんが話をしているのは“死人”のはずだろ?」
滝夜叉丸は眉間にしわを寄せた。
「そうだ。―――だが、一つ上の学年で死人が出たという話は聞いたことが無い。六年の実習ではそれらしいことは噂に聞くが」
それきり二人は押し黙った。
何か大切なことに気付いていて、でもそれを追いかけようとすると、するりと指の間から逃げられてしまう。
口に出したら、今まで通りではいられない気がした。
タカ丸さんと忍術学園、
――――――まだ、隠されていることがあるのだと。
*
その頃、同じ学園のなかで、まだ灯りの灯っている部屋があった。
六年は組、食満留三郎と善法寺伊作の部屋だ。
二人も他の生徒同様にテスト勉強の追い込みをしていた。
しばらくして、伊作が筆を止めた。
「……あの、さ」
「ん?何だ伊作」
留三郎は読んでいた本から顔を上げる。
すると、普段より深刻な顔をした伊作は、思い切るように言った。
「明日さあ、テストが終わったら、みんなで狸うどん食べに行かないか?」
留三郎はすぐに返事ができなかった。
なぜなら、その「みんなで狸うどんを食べに行く」という台詞は、六人の間では、それ以上の意味を持っていたからだ。
学園では話せないことがあるときの、外出する口実―――――。
自分達が四年生の頃にふざけ半分で作った文句だった。
ただ「うどん」だと普段の会話でも使ってしまいそうなので、あえて「狸うどん」にしようということになっている。
作って以来、一度も使った事の無いそれは、てっきり卒業するまで耳にすることは無いと思っていた。
留三郎は「ああ、それじゃあ明日みんなも誘うか」と、軽く返事をした。
手もとの本に意識を戻すが、その後は少しも頭に入って来なかった。
丁度、部屋の前を通りかかっていた幽霊は思う。
「へえ、おうどんか。私も食べたいなあ」
だいぶ夜も更けている。
外から「ぎんぎーん!」という声が聞こえたのは、これで何度めだろう?
潮江先輩は今夜も貫徹するらしい。
三木エ門はぴしゃりと自分の両頬を叩くと、ぶんぶんと首を振った。
会計委員の仕事で貫徹は何度も経験したが、それでも眠いものは眠い。
今にも鼻から魂が抜けそうだ。
「一年坊主や左門でもあるまいし……」
独り言をぽつりと漏らし、井戸で顔を洗いに立ちあがった。
目を覚ますには冷たい水で顔を洗うのが一番良い。
月明かりを頼りに廊下を歩いて行くと、先の方に白い人影がぼんやり見えてきた。
テスト期間中は夜更かしの生徒が多いので、別に不思議なことは無い。
三木エ門は足を進める。
風に乗って、微かな声が流れてきた。
見えてきたのはタカ丸さんで、廊下の柱に寄りかかって庭の方を見ていた。
三木エ門は首をひねる。
タカ丸さんの他には人影はないはずだけど、一体誰と話をしているんだろう?
それとも、独り言?
まあ、タカ丸さんはずいぶん変わったところのある人だからなあ。
三木エ門はそう思って、すたすたと彼に近寄って行こうとした。
すると、夜着の袖をぐいっと誰かに掴まれた。
「!!!?―――――喜八郎、滝夜叉丸!?」
三木エ門が驚いて言うと、二人はそろって「しー」と唇に手を当てた。
よくわからないけど、三木エ門は口をつぐみ数回肯いた。
三人は喜八郎と滝夜叉丸の部屋に入ると、そこでようやく口を開いた。
「二人とも、これは一体何の遊びだ?」
三木エ門はすっかり眠気も覚めていた。
すると滝夜叉丸が偉そうに咳払いをして大袈裟な口ぶりで話し出した。
派手な柄の夜着が目に痛い。
「遊びなどではないぞ三木エ門。我々はタカ丸さんの重大な秘密を知ってしまったのだ」
「秘密?」
「その通り。その重大な秘密を探りだしたこの優秀な滝夜叉丸にとって、それはなんら難しい事ではなかったが、しかし私くらい頭脳明晰であるとぐだぐだぐだ―――――――」
ぐだぐだ言っているばかりで話しにならないので、三木エ門はさっさと帰って勉強の続きでもしようかと立ち上がった。
それを喜八郎が「まあまあ」と言って押しとどめる。
「三木エ門。滝夜叉丸のことはほっといて話を進めるよ」
「……ああ、頼む」
「率直に言うと、タカ丸さんは“見える人”みたいなんだよね」
率直と言う割には抽象的な表現だが、その言葉だけで三木エ門が理解するのは十分だった。
つまり、“この世のものではないものが見える人”。
でも、あのタカ丸さんが?
三木エ門が理解したのを見届けた喜八郎は、あとはどうでもいいとばかりに大欠伸をした。
「ふああ。まあ、そんだけのことだよ。おやすみ」
そのまま敷いてある布団に潜り込むと、喜八郎は一切身動きしなくなった。
ずいぶん勝手だけど、腹を立てるのはとっくの昔にやめている。
喜八郎はこういうやつなのだ。
三木エ門がそのまま部屋を出ていこうとしたら、ぐだぐだ言っていた滝夜叉丸が少し押えた口調でぽつりと漏らした。
「――――三木エ門、お前はどう思った?」
「―――何がだ」
三木エ門は白い障子を見つめながら返事をする。
そこには、小さな灯りが自分の影を薄く映し出していた。
少しの沈黙が流れ、規則正しい喜八郎の寝息だけが聞こえる。
その寝息を確認したかのように、滝夜叉丸はまた話し出す。
「タカ丸さんが“見える人”かどうか見張ろうと言い始めたのは、………喜八郎なのだ」
「喜八郎が?」
その言葉は意外で、三木エ門は小さく振り返った。
てっきり、何にでも首を出したがる滝夜叉丸が言い始めたことなのかと思っていた。
滝夜叉丸はきちんと正座したまま、三木エ門を見上げた。
「おそらく、喜八郎は―――タカ丸さんから言ってほしかったんだろう。最近、よくタカ丸さんの後を追って穴を掘っていたからな」
「……そう、だったのか。喜八郎らしいな」
「そうだろう?まったく、素直には聞けないやつだから……」
滝夜叉丸は喜八郎が潜っている布団の山を見て苦笑した。
それから、少し口を開くのを躊躇った後、再び三木エ門に向き直った。
「三木エ門。お前は、タカ丸さんをどう思った?」
隠しごとをされて?
年下の私たちを頼りないと思った?
それでも信頼できるのか?
三木エ門はその問いかけに答えるのに色々なことを考えたが、結局全て捨ててしまった。
ごちゃごちゃ考えるのは、自分の性に合わない。
「どうもこうも、タカ丸さんは私たち四年生の仲間だ。このことも、隠していたのには理由があったんだろ」
三木エ門が一息に言うと、滝夜叉丸は「そうか」と肯いた。
「ならば、お前にも話しておくことがある」
三木エ門は黙って肯いた。
「タカ丸さんは、――――この学園の生徒と話をしているらしい」
一瞬、滝夜叉丸が何を言ったのかわからなかった。
「は?」
いつもならここで「ふん!それではお前にこの賢く美しい、そして戦輪を使わせたらぐだぐだぐだ―――」となるが、そんな前置きなしで滝夜叉丸は話し出した。
「私と喜八郎がさっきタカ丸さんを見張っていたら、タカ丸さんが言っていたのだ。
『きみが五年生と同い年でこの学園にいたってことは、何か記録が残っているかも知れないよね?それなら、職員室を探すのが一番だけど………』と。
この言葉、変だと思わないか?」
三木エ門は肯いた。
「ああ。――――タカ丸さんが話をしているのは“死人”のはずだろ?」
滝夜叉丸は眉間にしわを寄せた。
「そうだ。―――だが、一つ上の学年で死人が出たという話は聞いたことが無い。六年の実習ではそれらしいことは噂に聞くが」
それきり二人は押し黙った。
何か大切なことに気付いていて、でもそれを追いかけようとすると、するりと指の間から逃げられてしまう。
口に出したら、今まで通りではいられない気がした。
タカ丸さんと忍術学園、
――――――まだ、隠されていることがあるのだと。
*
その頃、同じ学園のなかで、まだ灯りの灯っている部屋があった。
六年は組、食満留三郎と善法寺伊作の部屋だ。
二人も他の生徒同様にテスト勉強の追い込みをしていた。
しばらくして、伊作が筆を止めた。
「……あの、さ」
「ん?何だ伊作」
留三郎は読んでいた本から顔を上げる。
すると、普段より深刻な顔をした伊作は、思い切るように言った。
「明日さあ、テストが終わったら、みんなで狸うどん食べに行かないか?」
留三郎はすぐに返事ができなかった。
なぜなら、その「みんなで狸うどんを食べに行く」という台詞は、六人の間では、それ以上の意味を持っていたからだ。
学園では話せないことがあるときの、外出する口実―――――。
自分達が四年生の頃にふざけ半分で作った文句だった。
ただ「うどん」だと普段の会話でも使ってしまいそうなので、あえて「狸うどん」にしようということになっている。
作って以来、一度も使った事の無いそれは、てっきり卒業するまで耳にすることは無いと思っていた。
留三郎は「ああ、それじゃあ明日みんなも誘うか」と、軽く返事をした。
手もとの本に意識を戻すが、その後は少しも頭に入って来なかった。
丁度、部屋の前を通りかかっていた幽霊は思う。
「へえ、おうどんか。私も食べたいなあ」
