長編 1ミリ上空の日々
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日の出の半刻ほど前、私たちは学園の塀を飛び越えた。
学園は静まり返っていて、早起きの小鳥だけがどこかで鳴いている。
「私たちは先生に報告を済ませてくる」
鉢屋君がそう告げて、不破君と竹谷君と共に職員長屋へと消えて行った。
竹谷君は怪我が酷いけどどうにか歩けている。
私と久々知君と尾浜君は井戸へと足を向けた。
風呂場は閉められているので、血と泥を冷水で流すのだ。
ざぶっと頭から水を掛けられ、私はあまりの冷たさに飛び跳ねる。
濡れた毛が嫌で体を震わせると「つめたっ!」と尾浜君が小声で笑った。
「きれいにしてやるからな」
久々知君はそう言うと、袴の結び目を解いて汚れた忍装束を脱ぎ捨てた。
「夏で良かったな」
尾浜君もさっさと装束を脱ぎながら言う。
まったくだと肯く久々知君は逃げようとしていた私に気付き、「おいでポン太!」と言って私を井戸のそばへ引き戻した。
久々知君も尾浜君も肌着一枚、褌一丁という格好なので、目のやり場に困る。
いくら幽霊だと言っても、心は乙女。
これは恥ずかしい。
しかし、二人に押えられているので逃げられない。
私はもそもそと後退りするのをやめ、ぎゅっと目をつぶった。
「よしよし、お前は良い子だな」
尾浜君が背中を洗いながらそう言った。
「吠えてばかりのアホ犬じゃなかったんだな」
久々知君の声もする。
三度ほど水を掛けられ、やっと体を放された。
私は猛ダッシュで草むらに飛び込む。
ほっと息をついていると、水浴びしていた尾浜君が「いてっ」と言ったのが聞こえた。
「火縄銃の傷か?」
久々知君が頭巾を絞りながら訊ねる。
「うん。あの山賊ども城から火縄銃を拝借してたよ」
「城から?」
「あの家紋は霧雨城のだった」
傷を庇いながら水を浴びる尾浜君が答える。
その城の名前を聞いて、久々知君がぽんと手を打った。
「そうか、今は城主が変わって戦をやめているけど、あの城には使われていない武器なんかが残っているのか」
尾浜君は肯くと「お!」と声を上げた。
その視線の先には竹谷君と不破君と鉢屋君がこちらへ向かって来ていた。
「どうだったんだ?」
久々知君と尾浜君が駆けよる。
すると竹谷君はにっと笑って「合格!」と言った。
「まったく、世話掛けるよ!」
「生物委員長代理もほどほどにしろよ!」
二人は口々に言って、「それっ」と井戸の水を竹谷君に浴びせかけた。
「つっめて!!!」
竹谷君は犬みたいに髪を振った。
鉢屋君と不破君がそれを声を殺して笑いながら見ていると、それに気付いた竹谷君が二人に思いっきり水を掛ける。
「お前らも巻き添えだ!!」
「ぎゃっ!つめてっ!」
「やったなハチ!」
こうして水の掛け合いっこが始まってしまい、五年長屋は騒がしくなりゆく。
ふと竹谷君が手を止め、辺りを見回す。
「おーい!ポン太、どこだー!!!」
ポン太、ポン太と何度も呼ぶので、ついに私は水遊びに参加することにした。
草むらから飛び出し、冷水の飛び交う中へ走る。
そちらの方へ近寄って行く途中、奇妙な感覚に襲われた。
「“勘ちゃん”“兵助”“はっちゃん”“雷蔵”“三郎”!」
頭の中で自分が五人の名を呼ぶ声が聞こえる。
それと共に、視界が黄色ばんだように変色した。
五年のみんなが私に気付き振り返る。
はっちゃんはまだ眠そうに欠伸をして、勘ちゃんと雷蔵が「おはよう」と笑いかける。
兵助は長い睫毛をぱちぱちして手を上げる。
一番最後に三郎が振り返って、やれやれとばかりに腕を組んだ。
「まったく、朝寝坊とは、ろくなくノ一になれないぞ“ ”」
「―――え?」
聞こえない。
私の名前を、もう一度呼んで…………。
「わんわんわん!!!!!」
はっ!?
視界が色を取り戻し、私は“いつか”の記憶から引き戻された。
ポン太は五年のみんなの周りを跳ねまわって、嬉しそうに吠えている。
私はそれを草むらの前で立ち止まって見ていた。
さっきのは、――――私の生前の記憶?
私、五年のみんなをあんなふうに呼んでいたの?
ぎこちなく心の中で呼んでみる。
「勘ちゃん、兵助、はっちゃん、雷蔵、三郎………」
今まで口にしていなかった言葉なのに、しっくりとそれは響いた。
私、―――ここにいたんだ。
*
騒がしい五年長屋の方を気にしながら、五年い組実技担当の木下鉄丸が茶を啜った。
そしてろ組の実技担当教師に向かって「甘いですな」と漏らす。
それを聞いたろ組の教師は頭を掻いた。
「いやあ、自分でもわかってはいるんですがね……」
それから、外から聞こえるぎゃあぎゃあと騒がしい声に苦笑する。
「無事に帰って来てくれて、うんと褒めてやりたくなるんですよ」
それを聞いた木下も苦笑いを浮かべた。
「まあ、わしも同じようなもんです」
「あの子のことがあった後は、なおさら……ね」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「おい!八左エ門が貧血で倒れたぞ!!」
学園は静まり返っていて、早起きの小鳥だけがどこかで鳴いている。
「私たちは先生に報告を済ませてくる」
鉢屋君がそう告げて、不破君と竹谷君と共に職員長屋へと消えて行った。
竹谷君は怪我が酷いけどどうにか歩けている。
私と久々知君と尾浜君は井戸へと足を向けた。
風呂場は閉められているので、血と泥を冷水で流すのだ。
ざぶっと頭から水を掛けられ、私はあまりの冷たさに飛び跳ねる。
濡れた毛が嫌で体を震わせると「つめたっ!」と尾浜君が小声で笑った。
「きれいにしてやるからな」
久々知君はそう言うと、袴の結び目を解いて汚れた忍装束を脱ぎ捨てた。
「夏で良かったな」
尾浜君もさっさと装束を脱ぎながら言う。
まったくだと肯く久々知君は逃げようとしていた私に気付き、「おいでポン太!」と言って私を井戸のそばへ引き戻した。
久々知君も尾浜君も肌着一枚、褌一丁という格好なので、目のやり場に困る。
いくら幽霊だと言っても、心は乙女。
これは恥ずかしい。
しかし、二人に押えられているので逃げられない。
私はもそもそと後退りするのをやめ、ぎゅっと目をつぶった。
「よしよし、お前は良い子だな」
尾浜君が背中を洗いながらそう言った。
「吠えてばかりのアホ犬じゃなかったんだな」
久々知君の声もする。
三度ほど水を掛けられ、やっと体を放された。
私は猛ダッシュで草むらに飛び込む。
ほっと息をついていると、水浴びしていた尾浜君が「いてっ」と言ったのが聞こえた。
「火縄銃の傷か?」
久々知君が頭巾を絞りながら訊ねる。
「うん。あの山賊ども城から火縄銃を拝借してたよ」
「城から?」
「あの家紋は霧雨城のだった」
傷を庇いながら水を浴びる尾浜君が答える。
その城の名前を聞いて、久々知君がぽんと手を打った。
「そうか、今は城主が変わって戦をやめているけど、あの城には使われていない武器なんかが残っているのか」
尾浜君は肯くと「お!」と声を上げた。
その視線の先には竹谷君と不破君と鉢屋君がこちらへ向かって来ていた。
「どうだったんだ?」
久々知君と尾浜君が駆けよる。
すると竹谷君はにっと笑って「合格!」と言った。
「まったく、世話掛けるよ!」
「生物委員長代理もほどほどにしろよ!」
二人は口々に言って、「それっ」と井戸の水を竹谷君に浴びせかけた。
「つっめて!!!」
竹谷君は犬みたいに髪を振った。
鉢屋君と不破君がそれを声を殺して笑いながら見ていると、それに気付いた竹谷君が二人に思いっきり水を掛ける。
「お前らも巻き添えだ!!」
「ぎゃっ!つめてっ!」
「やったなハチ!」
こうして水の掛け合いっこが始まってしまい、五年長屋は騒がしくなりゆく。
ふと竹谷君が手を止め、辺りを見回す。
「おーい!ポン太、どこだー!!!」
ポン太、ポン太と何度も呼ぶので、ついに私は水遊びに参加することにした。
草むらから飛び出し、冷水の飛び交う中へ走る。
そちらの方へ近寄って行く途中、奇妙な感覚に襲われた。
「“勘ちゃん”“兵助”“はっちゃん”“雷蔵”“三郎”!」
頭の中で自分が五人の名を呼ぶ声が聞こえる。
それと共に、視界が黄色ばんだように変色した。
五年のみんなが私に気付き振り返る。
はっちゃんはまだ眠そうに欠伸をして、勘ちゃんと雷蔵が「おはよう」と笑いかける。
兵助は長い睫毛をぱちぱちして手を上げる。
一番最後に三郎が振り返って、やれやれとばかりに腕を組んだ。
「まったく、朝寝坊とは、ろくなくノ一になれないぞ“ ”」
「―――え?」
聞こえない。
私の名前を、もう一度呼んで…………。
「わんわんわん!!!!!」
はっ!?
視界が色を取り戻し、私は“いつか”の記憶から引き戻された。
ポン太は五年のみんなの周りを跳ねまわって、嬉しそうに吠えている。
私はそれを草むらの前で立ち止まって見ていた。
さっきのは、――――私の生前の記憶?
私、五年のみんなをあんなふうに呼んでいたの?
ぎこちなく心の中で呼んでみる。
「勘ちゃん、兵助、はっちゃん、雷蔵、三郎………」
今まで口にしていなかった言葉なのに、しっくりとそれは響いた。
私、―――ここにいたんだ。
*
騒がしい五年長屋の方を気にしながら、五年い組実技担当の木下鉄丸が茶を啜った。
そしてろ組の実技担当教師に向かって「甘いですな」と漏らす。
それを聞いたろ組の教師は頭を掻いた。
「いやあ、自分でもわかってはいるんですがね……」
それから、外から聞こえるぎゃあぎゃあと騒がしい声に苦笑する。
「無事に帰って来てくれて、うんと褒めてやりたくなるんですよ」
それを聞いた木下も苦笑いを浮かべた。
「まあ、わしも同じようなもんです」
「あの子のことがあった後は、なおさら……ね」
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「おい!八左エ門が貧血で倒れたぞ!!」
