長編 1ミリ上空の日々
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洞窟の中は薄ら寒い空気が流れている。
先ほどまで気にならなかったのに、急に背筋を伝う汗が冷たく感じた。
山賊たちは、何か異様な雰囲気を感じ取る。
しかし、この時はまだその違和感をはっきりと感じていなかった。
大体の山賊は犬一匹を始末するくらい何の造作もないことだと、高を括っていたからだ。
その中で、一人の山賊だけが“異常”を感じ取っていた。
男は吠えている犬に近寄って行く仲間を見て、言い知れぬ危険を感じた。
空気が張り詰める。
突然、喧しく吠えていた犬が大人しくなった。
そればかりか、息づかいも聞こえないし、ぴくりとも動かずに檻の中を見つめている。
男は鳥肌が立つのを感じる。
槍を持つ手が小刻みに震える。
しかし、男は頭を振ってその考えを消そうとした。
何を恐れることがあるものか。
大きいと言っても所詮は犬。
狼や熊を相手にするわけでもあるまい。
しかし男の恐れたことは現実のものとなる。
近づいて行った仲間が、犬の首根っこを捕まえようと手を伸ばした。
その瞬間、何の前触れもなく犬が振り返り、仲間の腕に食らいついた。
驚きと痛みに叫び声が上がる。
他の連中が咄嗟に犬を蹴り飛ばす。
犬は地面に叩きつけられるが、少しも怯んだ様子は無く蹴った相手に飛びかかった。
強靭な四本脚と牙にやられ、仲間が血まみれになる。
強く腕の肉を噛まれ、もがいても離れない。
「おいどうなってやがる!!?」
「早く助けてやれ!!!」
近くの者が助けに入ろうと動いた瞬間、その犬は狙いを変え次の者に襲い掛かかる。
武器を振りまわしても難なく避けられてしまう。
焦った誰かが、持っていた松明を犬に向かって投げつけるが、それすらも避けられた。
犬は振りまわされる槍を高い跳躍で交わすと、そのまま相手に飛びかかった。
何だこの犬は!?
まるで人を殺すように訓練されているみたいだ。
低い唸り声を上げ、鋭い牙から唾液と血を滴らせながら襲いかかって来る狂犬に、その場の全員が怖れをなした。
大の男が震えあがるような唸り声を上げると、その犬は機敏な動きで次の獲物に食らいつく。
煌々と燃える松明に照らされ、瞳が光っている。
真っ赤なそれは、決して松明のせいなどではないだろう。
男が後ずさりしていると、犬がその音に気付いて振り返る。
顔の周りは血で赤い。
仲間達は動けないほどの怪我を負っていて、残るは自分一人。
こうなったら腹を括るしかあるまい。
男が槍を繰り出すのと、犬が向かって来るのはほとんど同時だった。
距離が一気に縮まった。
しかし、槍の先は犬の背をかすめただけで、男の手から離れて行く。
そして男は逃げる隙もなく犬に飛びかかられた。
大きな犬の身体を退けようともがくが、びくともしない。
「くそっ!!!」
血で生臭い息が顔にかかり、男は死を覚悟した。
犬の牙が男の首を噛み切ろうと迫った。
しかし、その牙が男に届く一瞬前、誰かの声が洞窟内に響いた。
「やめろ!ポン太!!!」
その瞬間、犬の動きがぴたりと止まった。
圧し掛かっていた重みが消えて、そのまま足音が遠ざかって行く。
恐る恐る身体を起すと、犬が檻の方へ駆けて行ったのが見えた。
「た、助かった………?」
男は安堵の息を吐く。
すると背後で「いいや。あんたたちは誰一人助からないよ」という、清々しい声が聞こえた。
「え?」
ばきっ!!!!
男は振り返る間もなく、後ろから飛び蹴りを喰らって伸びてしまった。
倒れた男の横に軽やかに着地したのは勘右衛門だ。
他の三人も洞窟に入って来た。
犬の遠吠えは、見事三人を呼ぶことに成功したのだった。
