短編
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深々と冷える夜、私は小さく灯りをともして書きものをしていた。
穏やかに寝息を立てる友人が、もぞもぞと布団の中で寝返りをうつ。
私は気持ちよさそうに眠る友人の横顔を羨ましそうに見やり、自分も早く寝床に入ってぐっすりと眠りたいと願う。
今すぐにでも横になって、寒さで凝り固まった身体を伸ばしたい。
しかし、目の前に広げられた課題を終わらせない限り、私は眠ることができない。
投げ出してしまいたいけど、自分の課題を終わらせることが出来るのは自分だけだ。
期限ぎりぎりまで手をつけない自分が悪い。
背中が冷えないようにと頭からかぶっている布団を引っ張ると、もう一度気を取り直して机に向かった。
しかし時刻はとっくに丑三つ時。
潮江先輩ならともかく、私の思考回路は睡魔に邪魔されてさっきから途切れ気味だ。
長時間の正座で足も痛いし、布団をかぶっていても筆を握る手先はどうしても冷える。
一度筆を置いて両手を握り合わせてみるけれど、仄かな明かりの下でさえ手先が赤くなっているのがわかった。
こっそり食堂に行ってお茶でも淹れてこようかな。
少し身体を動かして、外の空気を吸ったら頭もすっきりするだろう。
うん、そうしよう。
私はさっきまでの眠気を忘れ、熱いお茶を求めて立ち上がる。
肩から滑り落ち、布団が足元で丸まる。
籠っていた熱が一瞬にして冷やされ、私は両肩をぶるっと震わせた。
小声で「寒い寒い寒い」と呟きながら、つま先立ちで廊下へ出た。
そのとき、ひゅっと風が吹き抜け、素足の間や首筋から更に熱を奪っていく。
私はぎゅっと首をすくめると、足音を殺して走り出した。
こんな寒い廊下をゆっくり歩いてなんかいられない。
氷みたいに冷えた廊下の床板を、なるべく面積が小さくなるように爪先で蹴り、跳ねるように歩く。
ぴょこんぴょこんと、周囲から見たら楽しそうに見えるかもしれないが、私の表情は不快な冷たさに顰められている。
子どもは風の子だなんて言うけれど、私はやはり人の子らしい。
そんなことを考えていたら、曲がり角の死角から不意に黒い影がぬっと現れた。
「っわ!!」
私は突然のことに驚いて小さく叫んで仰け反った。
すると向こうも「っ!」と息をのむ気配がして、どうにか立ち止まったようだ。
危なくぶつかりかけた相手を確認しようと顔を上げると、向こうも訝しげな顔でこちらを見ていた。
疲れているみたいで、いつもの目障りな輝きははないけれど、彼はこんな寒い夜更けでも整った顔だった。
「……三木エ門」
何となくぽつりと呼ぶと、彼は更に険しい表情になった。
「寝ぼけてるんじゃないだろうな?」
そんなことを言うものだから、私は首を横に振る。
「いやいや。この寒さですごく目が覚めてるよ」
「ならどうしてこの寒い中を、しかも夜更けに走り回ってるんだ」
「寒いからお茶でも飲もうかと思ってね。ちょっくら食堂へ」
驚いた拍子に忘れていた寒さを思い出し、私は腕で肩を抱く。
三木エ門はまだ制服のままで、しかも何故か手には蜜柑を一つ持っていた。
私の視線の先を見て、三木エ門も蜜柑をちらりと見下ろす。
「さっき会計委員が終わるときに貰ったんだ」
「またこんな時間までやってたの?」
「ああ。一年坊主はとっくに返したけどな。私と左門と潮江先輩は残ってたんだ」
「…そう」
三木エ門と彼の好敵手である滝夜叉丸の共通点は、“うざいくらいナルシスト”と“委員会で苦労する”ことだ。
ときどき不憫なくらいそう思う。
そして、その苦労を嫌々ながらも投げ出さないところが二人の美点だと思うが、口に出すとその美点が台無しになると思うので、何も言わずにおく。
「茶を飲みに行くなら、これやるよ」
三木エ門は突っ立っている私の手首を引いて、掌に蜜柑を押しつけるように乗せた。
掌に果物のひんやりとした感覚が伝わる。
でもそれ以上に手首に触れた三木エ門の指の冷たさに驚いた。
「手、冷たいね」
「今まで算盤はじいてたからな」
「……お茶でも淹れましょうか」
普段ならそんなこと言わないけど、三木エ門の手があまりに冷たくて、かわいそうに思ったから、つい言葉が出てしまった。
手の中の蜜柑を見ながら、少しばかり後悔する。
すると三木エ門は「すぐ寝たいし、また淹れてくれ」と返した。
「うん」
何となくがっかりしてるのを悟られないよう、すぐに返事をするつもりで顔を上げると、三木エ門の両手が頬に伸びてきた。
目を丸くして固まる私の頬に、冷たい掌と指が触れた。
「お前の頬、湯たんぽみたいだな」
吹き出した三木エ門は「じゃ、温まったし寝る」と言ってぱっと手を離すと、さっさと歩いて行ってしまった。
私はその背を見送りながら、何も言うことが出来なかった。
どんな罵詈雑言も、今口にしたらきっとただの照れ隠しになる。
それが悔しくて何も言えなかった。
でも何も言えずに赤い顔をして立っているだけの方がよっぽど恥ずかしかったと、後になって気付くのだった。
「こんな蜜柑、食べてやる」
そう言ってその場で皮を剥いてむしゃむしゃ食べていたら、喉に詰まる蜜柑の甘さと変な息苦しさで、余計腹が立って悔しかった。
穏やかに寝息を立てる友人が、もぞもぞと布団の中で寝返りをうつ。
私は気持ちよさそうに眠る友人の横顔を羨ましそうに見やり、自分も早く寝床に入ってぐっすりと眠りたいと願う。
今すぐにでも横になって、寒さで凝り固まった身体を伸ばしたい。
しかし、目の前に広げられた課題を終わらせない限り、私は眠ることができない。
投げ出してしまいたいけど、自分の課題を終わらせることが出来るのは自分だけだ。
期限ぎりぎりまで手をつけない自分が悪い。
背中が冷えないようにと頭からかぶっている布団を引っ張ると、もう一度気を取り直して机に向かった。
しかし時刻はとっくに丑三つ時。
潮江先輩ならともかく、私の思考回路は睡魔に邪魔されてさっきから途切れ気味だ。
長時間の正座で足も痛いし、布団をかぶっていても筆を握る手先はどうしても冷える。
一度筆を置いて両手を握り合わせてみるけれど、仄かな明かりの下でさえ手先が赤くなっているのがわかった。
こっそり食堂に行ってお茶でも淹れてこようかな。
少し身体を動かして、外の空気を吸ったら頭もすっきりするだろう。
うん、そうしよう。
私はさっきまでの眠気を忘れ、熱いお茶を求めて立ち上がる。
肩から滑り落ち、布団が足元で丸まる。
籠っていた熱が一瞬にして冷やされ、私は両肩をぶるっと震わせた。
小声で「寒い寒い寒い」と呟きながら、つま先立ちで廊下へ出た。
そのとき、ひゅっと風が吹き抜け、素足の間や首筋から更に熱を奪っていく。
私はぎゅっと首をすくめると、足音を殺して走り出した。
こんな寒い廊下をゆっくり歩いてなんかいられない。
氷みたいに冷えた廊下の床板を、なるべく面積が小さくなるように爪先で蹴り、跳ねるように歩く。
ぴょこんぴょこんと、周囲から見たら楽しそうに見えるかもしれないが、私の表情は不快な冷たさに顰められている。
子どもは風の子だなんて言うけれど、私はやはり人の子らしい。
そんなことを考えていたら、曲がり角の死角から不意に黒い影がぬっと現れた。
「っわ!!」
私は突然のことに驚いて小さく叫んで仰け反った。
すると向こうも「っ!」と息をのむ気配がして、どうにか立ち止まったようだ。
危なくぶつかりかけた相手を確認しようと顔を上げると、向こうも訝しげな顔でこちらを見ていた。
疲れているみたいで、いつもの目障りな輝きははないけれど、彼はこんな寒い夜更けでも整った顔だった。
「……三木エ門」
何となくぽつりと呼ぶと、彼は更に険しい表情になった。
「寝ぼけてるんじゃないだろうな?」
そんなことを言うものだから、私は首を横に振る。
「いやいや。この寒さですごく目が覚めてるよ」
「ならどうしてこの寒い中を、しかも夜更けに走り回ってるんだ」
「寒いからお茶でも飲もうかと思ってね。ちょっくら食堂へ」
驚いた拍子に忘れていた寒さを思い出し、私は腕で肩を抱く。
三木エ門はまだ制服のままで、しかも何故か手には蜜柑を一つ持っていた。
私の視線の先を見て、三木エ門も蜜柑をちらりと見下ろす。
「さっき会計委員が終わるときに貰ったんだ」
「またこんな時間までやってたの?」
「ああ。一年坊主はとっくに返したけどな。私と左門と潮江先輩は残ってたんだ」
「…そう」
三木エ門と彼の好敵手である滝夜叉丸の共通点は、“うざいくらいナルシスト”と“委員会で苦労する”ことだ。
ときどき不憫なくらいそう思う。
そして、その苦労を嫌々ながらも投げ出さないところが二人の美点だと思うが、口に出すとその美点が台無しになると思うので、何も言わずにおく。
「茶を飲みに行くなら、これやるよ」
三木エ門は突っ立っている私の手首を引いて、掌に蜜柑を押しつけるように乗せた。
掌に果物のひんやりとした感覚が伝わる。
でもそれ以上に手首に触れた三木エ門の指の冷たさに驚いた。
「手、冷たいね」
「今まで算盤はじいてたからな」
「……お茶でも淹れましょうか」
普段ならそんなこと言わないけど、三木エ門の手があまりに冷たくて、かわいそうに思ったから、つい言葉が出てしまった。
手の中の蜜柑を見ながら、少しばかり後悔する。
すると三木エ門は「すぐ寝たいし、また淹れてくれ」と返した。
「うん」
何となくがっかりしてるのを悟られないよう、すぐに返事をするつもりで顔を上げると、三木エ門の両手が頬に伸びてきた。
目を丸くして固まる私の頬に、冷たい掌と指が触れた。
「お前の頬、湯たんぽみたいだな」
吹き出した三木エ門は「じゃ、温まったし寝る」と言ってぱっと手を離すと、さっさと歩いて行ってしまった。
私はその背を見送りながら、何も言うことが出来なかった。
どんな罵詈雑言も、今口にしたらきっとただの照れ隠しになる。
それが悔しくて何も言えなかった。
でも何も言えずに赤い顔をして立っているだけの方がよっぽど恥ずかしかったと、後になって気付くのだった。
「こんな蜜柑、食べてやる」
そう言ってその場で皮を剥いてむしゃむしゃ食べていたら、喉に詰まる蜜柑の甘さと変な息苦しさで、余計腹が立って悔しかった。
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