長編 1ミリ上空の日々
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
硝煙蔵から帰る途中のことだった。
斉藤タカ丸は人気のない中庭に山田伝蔵が佇んでいるのを見かけた。
こちらに背を向けているため面持ちはわからない。
挨拶をしようと口を開きかけたとき「父上」と凛とした声が響いた。
はっとしたタカ丸は咄嗟に木陰に身を隠していた。
「父上、お久しぶりです。珍しく文が届いたので、一体何事かと思えば…」
利吉は少々呆れたような声色で肩を下げる。
父親譲りの鋭い眼差しが和らいだ。
「ああ、すまない。補習授業で学園を離れられんのでな」
山田先生は苦笑交じりに弁解する。
「それで、これが例の物です」
利吉は懐から一枚の紙を取り出し、山田先生に手渡した。
「御苦労」
先生はそれをすぐに懐に入れる。
しかし、タカ丸はその一瞬を見逃さなかった。
タカ丸にとって馴染みのある、実家でよく目にしていた紙。
「ですが父上。本当にそんな物が必要なのですか?」
利吉は腑に落ちないとばかりの口調で山田先生に質問する。
「……はっきりしたことは何も言えん。だが、手は尽くしておくほうが良いだろう。万が一にも、な」
山田先生の口ぶりは断固とした響きがあった。
―――先生方が生徒に言えない忍術学園の秘密。
陽が大きく傾いてきた。
利吉と別れて、校舎に戻って行く山田先生の後をタカ丸は気配を消してつけて行く。
あの紙の正体、それは“御札”だ。
タカ丸の実家は祖父の代から髪結い処を営んでいる。
髪を美しく結い上げるため、鋏を入れることは珍しくない。
“髪”
髪には知らず知らずのうちに人の情念が乗り移っているもので、店で切り落とされる髪も何らかの“おもい”を背負っている。
時には、人を殺すほど強い念が宿っているものもある。
それは形を持ち、店の隅にうずくまる。
タカ丸がその姿を目にするようになったのは店の手伝いを初めてからすぐだったと記憶している。
あの日は父の手伝いで、閉店後に床の掃き掃除をしていた。
黒々とした髪を集めていると、ふと視線を感じた。
父か母がやって来たのだと思ったタカ丸はぱっと顔を上げる。
しかし、そこにいたのは見知らぬ女だった。
「もうお店は終わりなんです」と声をかける。
すると女はずずとタカ丸に近づいてきた。
なにか背筋が寒くなって、タカ丸は箒を捨てて後ずさる。
女はタカ丸には目もくれず、彼の掃き集めていた髪に目を向けていた。
それからそっと手を伸ばしてその中から一番長い髪を一筋拾い上げた。
魚の腹のように青白い、細い指先。
「後生です。すてないで………」
突然、女は顔を覆うとしくしくと泣きはじめた。
タカ丸はどうしたら良いのかわからず、その女に近づいた。
そっと肩に手を触れようとしたときだ。
「タカ丸」
父の声がして、我に帰る。
タカ丸ははっとして手を引っ込めた。
振り返ると父が手に一枚の紙を持って立っていた。
その顔つきは普段とは打って変わって真剣そのもの。
「奥に入っていなさい」
父に質問も許されない口調で告げられ、タカ丸は履物を脱ぎすてて走って家に上がった。
その後、あの女の人がどうなったのかは知らない。
でも店の一番立派な柱に貼られていた御札を見て、タカ丸はそれがどういうものか理解することは出来た。
そこに留まる魂を消し去るためのものだと。
そして、この学園に留まる“あの子”を、山田先生は隠そうとしている。
ふと前方を見やると、山田先生の姿が見えない。
ばんやりしていたせいで見失ったのだろうか?
タカ丸は足音を殺して廊下を急ぐ。
すると、真後ろで咳ばらいが一つ。
肩を飛び上がらせてタカ丸は振り返る。
「タカ丸、こんな所で何をしているんだ?」
斉藤タカ丸は人気のない中庭に山田伝蔵が佇んでいるのを見かけた。
こちらに背を向けているため面持ちはわからない。
挨拶をしようと口を開きかけたとき「父上」と凛とした声が響いた。
はっとしたタカ丸は咄嗟に木陰に身を隠していた。
「父上、お久しぶりです。珍しく文が届いたので、一体何事かと思えば…」
利吉は少々呆れたような声色で肩を下げる。
父親譲りの鋭い眼差しが和らいだ。
「ああ、すまない。補習授業で学園を離れられんのでな」
山田先生は苦笑交じりに弁解する。
「それで、これが例の物です」
利吉は懐から一枚の紙を取り出し、山田先生に手渡した。
「御苦労」
先生はそれをすぐに懐に入れる。
しかし、タカ丸はその一瞬を見逃さなかった。
タカ丸にとって馴染みのある、実家でよく目にしていた紙。
「ですが父上。本当にそんな物が必要なのですか?」
利吉は腑に落ちないとばかりの口調で山田先生に質問する。
「……はっきりしたことは何も言えん。だが、手は尽くしておくほうが良いだろう。万が一にも、な」
山田先生の口ぶりは断固とした響きがあった。
―――先生方が生徒に言えない忍術学園の秘密。
陽が大きく傾いてきた。
利吉と別れて、校舎に戻って行く山田先生の後をタカ丸は気配を消してつけて行く。
あの紙の正体、それは“御札”だ。
タカ丸の実家は祖父の代から髪結い処を営んでいる。
髪を美しく結い上げるため、鋏を入れることは珍しくない。
“髪”
髪には知らず知らずのうちに人の情念が乗り移っているもので、店で切り落とされる髪も何らかの“おもい”を背負っている。
時には、人を殺すほど強い念が宿っているものもある。
それは形を持ち、店の隅にうずくまる。
タカ丸がその姿を目にするようになったのは店の手伝いを初めてからすぐだったと記憶している。
あの日は父の手伝いで、閉店後に床の掃き掃除をしていた。
黒々とした髪を集めていると、ふと視線を感じた。
父か母がやって来たのだと思ったタカ丸はぱっと顔を上げる。
しかし、そこにいたのは見知らぬ女だった。
「もうお店は終わりなんです」と声をかける。
すると女はずずとタカ丸に近づいてきた。
なにか背筋が寒くなって、タカ丸は箒を捨てて後ずさる。
女はタカ丸には目もくれず、彼の掃き集めていた髪に目を向けていた。
それからそっと手を伸ばしてその中から一番長い髪を一筋拾い上げた。
魚の腹のように青白い、細い指先。
「後生です。すてないで………」
突然、女は顔を覆うとしくしくと泣きはじめた。
タカ丸はどうしたら良いのかわからず、その女に近づいた。
そっと肩に手を触れようとしたときだ。
「タカ丸」
父の声がして、我に帰る。
タカ丸ははっとして手を引っ込めた。
振り返ると父が手に一枚の紙を持って立っていた。
その顔つきは普段とは打って変わって真剣そのもの。
「奥に入っていなさい」
父に質問も許されない口調で告げられ、タカ丸は履物を脱ぎすてて走って家に上がった。
その後、あの女の人がどうなったのかは知らない。
でも店の一番立派な柱に貼られていた御札を見て、タカ丸はそれがどういうものか理解することは出来た。
そこに留まる魂を消し去るためのものだと。
そして、この学園に留まる“あの子”を、山田先生は隠そうとしている。
ふと前方を見やると、山田先生の姿が見えない。
ばんやりしていたせいで見失ったのだろうか?
タカ丸は足音を殺して廊下を急ぐ。
すると、真後ろで咳ばらいが一つ。
肩を飛び上がらせてタカ丸は振り返る。
「タカ丸、こんな所で何をしているんだ?」
