短編
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「くそ。………降ってきたか」
突然ばらばらと降りだした雨。
あまりにうんざりしていたせいで、思わずひとり言にしては大きな声が出ていた。
「あら、雨ですか」
近くに誰もいないだろうと思っていたけれど、ちょうど茶屋の娘さんが奥から出てきたところだった。
洗い物をしていたのか手ぬぐいで手を拭きつつ空を見やる。
「もう発たれるところですか?確か置いていかれた傘が………」
「あ、いえ、もう少し様子を見てからにします。そこまで急ぎの用でもなくて」
口の悪いところを聞かれたかもしれないなと反省しつつ、脇に置いてある大きな風呂敷を一瞥する。
ただでさえ父上の洗濯物を山ほど学園に届けなくてはいけないのに、雨まで降って来るとは。
せっかく乾きかけていた道がまたぬかるんで、峠道を超えるのがさらに億劫になった。
茶をすすり、深いため息が漏れる。
娘さんは「そうでしたか。ではごゆっくり」と微笑むと、他の席を片付けに離れていった。
茶屋はちょうど客足が途絶え、店には私しかいない。
雨の音と湿気た土の匂い。
暗く立ち込める雲は厚く、止むまでしばらくかかりそうだ。
足止めされるのは好きではない。
常になにか進め、自分のペースに乱れがないことを確認しているときこそ充実感を覚える。
別段、休養したいほどの疲労も感じていない自分にとって、これはただ無駄な空白だった。
そんなせっかちなきらいのある己の性格をわかっているからこそ、今日はわざわざ茶屋により“ほっと一息”の真似事をしたというのに。
雨ごときの足止めで苛ついているようではまだまだだな………。
二度目の大きなため息をつきそうになり飲み込む。
くさくさした天気のせいで、気持ちまでどんよりとしてはたまらない。
何か暇をつぶす軽い読み物などあればと店内を見回す。
壁際に小さな棚があるけれど、読み物は見当たらず、代わりにその横にお盆を抱えた娘さんがぽつんと立っていた。
そちらを見ている私の視線も気づかず、じぃっと空を凝視したまま、ちょっとも動かない。
私は興味が湧いて、つい声を掛けた。
「あの」
すると娘さんははっとして、それからとことこと私の方へ歩いてくる。
「お茶のお代わりでしょうか」
私は慌てて首を振った。
「あ、そうではなくて」
娘さんはぱたりと目を瞬いて首を傾げる。
おそらく「お茶じゃないなら、団子のお替りかしら」とでも思われてるのだろうか。
「その、天気が気になりますか?じっと空を見てらしたので」
注文で呼ばれたのではないとわかった娘さんは、おっとりと笑った。
柔らかそうな頬だな、と思う。
「この先の道の奥に、竹林があるんですけどね」
「はぁ」
雨とどんな関係があるのかと気の抜けた返答をしてしまう。
「雨が降ると土が柔らかくなって、お水をたくさん浴びた筍がどんどん顔を出すんです」
娘さんは目の前に筍を見ているようにうきうきとした顔をする。
「次の日は朝から父と筍掘りに出かけて、その日は筍料理がたくさん………」
そこまで話すと、娘さんはお盆をぎゅっと抱えなおして「ごほん。ですから、わたし、雨はそんなに嫌いじゃありません」と、手遅れながらも取り繕って微笑んだ。
そんな様子についこちらも笑みが漏れてしまう。
「それは良い。この季節の雨の楽しみ方ですね」
外は未だに雨が降り続き、一向に止む気配はない。
しかし、さっきのような苛立ちはおさまっていた。
娘さんは照れてしまったようで「お茶の湯を沸かしてきます」と、また奥に引っ込んでしまった。
*
忍術学園に荷物を届けた帰り、土井先生とお会いした。
本日も父に逃げられたことを伝えると「それはご苦労様」と、いつものように労われる。
「雨、降られなかった?」
「ええ。ちょうど茶屋に寄っていたので助かりました」
「峠の竹林の近くの茶屋かい?」
「はい。ご存じでしたか」
「は組の子らが帰省から戻る道中で寄るらしくてね。なんでもその辺りの竹林で娘さんをよく見かけるからかぐや姫だ何だと騒いで………」
言葉を切る土井先生の意図はわかる。
“それで、どうだった?”という言葉の続きがあることを。
男同士がよればそんな会話もあるだろうが、土井先生にその手の話を振られるのは少し意外だった。
私は別段隠し立てもすることはなかろうと思ったまま口にする。
「かぐや姫………、というより雀みたいな可愛らしい娘さんでしたよ。あと、食いしん坊かな」
その返答に土井先生は「え?まさかもう連れ立って外出を?」とぎょっとしている。
年上の人が自分の言動に動揺しているのが少し気分が良く、なんとなく見栄などはって「さてどうでしょう」なんて適当なことを口にする。
言いつつ、娘さんの柔らかそうな頬を思い出していた。
また雨の日に茶屋に寄ろうか。
あの頬を撫でても怒られないくらい仲良くなるには、どれくらいかかるだろうか。
そんなことを考えるくらいには、あの時の自分は心安らいでいたようだった。
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