短編
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某城の依頼で姫の外出の護衛を任されることになった。
学園を通しての正式かつ個人的なもので、そうなると私に断る権限などないも同然。
穏健派な城主からの依頼ということもあり、学園長も気安く請け負ったというところだ。
しかし、こちらは遅れに遅れている授業の進捗に胃を痛める日々。
正直なところ半日の外出ですら「これは後に響く」と覚悟をしなければならないほどだった。
当日、出かける支度をしている私を見かけ、山田先生が珍しく口を出してくる。
「今回の件は私でも良かったと思わんか」
それもそのはず。
城主からの依頼は姫の外出を“女装”して護衛することだった。
指名を受けなかった伝子さんのプライドは傷ついたに違いない。
仕上げの紅を引き終えながら苦笑する。
「学園長のお考えはいつも突飛ですから」
まさか学園長に城主から年がなるべく若い人で頼むと言われて、とは言えない。
山田先生にうっかり余計なことを言う前にと早々に出立した。
*
城に参上すると、殿から直々に本日の依頼を呑んでくれたことについて感謝を伝えられた。
お目にかかるのは初のことだったが、学園長の言うように温厚でいかにも田舎に城を持つ根の良い御仁だ。
好戦的な城とは違い、城内の雰囲気もまったりとしたもので、これで他国に攻め入られずにいることが不思議なほどだった。
「ほら、こちらへ」
殿が隣室に声をかけると、侍女に付き添われながら一人の少女が広間に入ってくる。
少女と言っても六年生より少し年は上かもしれない。
日の下で労働をしてこなかった証である美しく艶のある黒髪。
これから外出のため打掛は羽織らず、鶯色の小袖姿に控えている侍女が市女笠を携えている。
伏し目がちに部屋に入ってきた姫は私の姿を見るなりぱっと顔を明るくした。
「貴女ね、今日ともに街歩きをしてくださるのは」
何の警戒心もなく嬉しそうに近寄ってくるものだから、座したままやや後退する。
指を揃えて両手をつき、頭を低く、声音は高く。
「名を半子と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「ひじきです」
姫の声がすぐそばで名乗る。
内心では侍女か殿が姫を引き離すだろうと思っていたが、「良かった良かった。仲良くな」なんて話していて、こちらものほほんとしてる。
これは護衛のし甲斐がありそうだ。
*
「すぐに発ちましょう」と待ちきれない姫の要望で、対面から間もなく城を出発することとなった。
粘り強く続いた冬の寒さもようやく落ち着き、肩の力が抜ける春先の暖かな晴れの日。
城門を潜ってから、姫は傘の下からあちこち覗くように景色を楽しんでいる。
嬉しそうに風の匂いをかぐような横顔に、こないだきり丸のアルバイトで散歩した柴犬のことを思い出しかけ、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。
姫をそこらの犬と重ねて見るなど、とんでもない無礼だ。
前を行く姫が振り返る。
「半子さん、どうかなさった?」
「あ、いっいえ~、とても興味深そうになさっているので、出かけられるのを楽しみにされていたのだなと思いまして」
うふふ、なんて取ってつけたように笑っておく。
姫は私の言葉に小さな子供みたいに頷いた。
「そうなの。いつも城で退屈していたから。双六や簡単な遊びばかりで。こんなふうに自由に出歩いていいと許されたのは初めてなの」
それから「実はね、あまりに楽しみにしていたものだから、2日前に熱を出してしまったのよ」なんて言って、そのことさえ面白がっている。
城下町の散策は杞憂していた問題もなく、穏やかに進んだ。
姫はあちこち店が気になるようだったが結局入ったのは数件ほど。
もっと街中を引きずり倒されるかと思っていたのが意外だった。
むしろ一番の難関となってしまったのは昼食に入ったうどん屋で、うっかりかまぼこ抜きにして注文するのを忘れたときだった。
かまぼこを箸でつまんだまま顔面蒼白で硬直している私に、「あの、大丈夫?代わりにいただきましょうか?」と姫が心配そうに言う。
だが高貴な身分の姫君に自分の食べ残しのかまぼこを食べさせるわけにはいかない。
その申し出に泣きそうになりながら、いや、すでに半泣きになりながら、かまぼこを口に押し込んだ。
化粧がすべて落ちた気がするというか、化け物みたいな形相になっていた気がするがもう構うまい。
これが今日一番の難所だなんてあまりに情けなさすぎる。
おぞましきかまぼこを食した後、げっそりとして肩を落としていると、横に並んで座っている姫が心配そうに私の背にそっと手を当てる。
「大丈夫?お茶のお替りをもらってきましょうか?」
いけない、いけない。
私は練り物ダメージを瞬時に切り捨て、ごく自然に姫の掌から身体を遠ざける。
「お気遣いありがとうございます。でもご心配には及びませんので。さて、城に戻る時間まで間がありませんから、次のお店を見に行きましょう」
「………ええ、そうね」
私が生粋の女であれば、もう少し気を抜いた距離感で接しても良いのかもしれない。
むしろ、そうしてあげられたら良かった。
姫の身分の奢りのない接し方や距離感は近く、こちらが離れなくてはとやんわり避けてしまう。
それがわかるのか、姫は時折、少し寂しそうな目をした。
けれどこちらの意を汲み取って、口に出さないくらいには姫は分別のある方だった。
*
あらかじめ言付かっていた時刻が迫る。
帰るのをごねられるかと思いきや、姫はあっさりと帰路へと足を向けた。
街中から両脇に畑が広がる田舎道へと景色が移り変わる。
まだ陽は高く、畑には作業をしている人々が多い。
水路は綺麗な水が流れ、道の脇の木の下には赤い前掛けをつけたお地蔵様が微笑んでいた。
もうしばらく歩けば城が見えてくるだろう。
数歩先を歩く姫の後姿を見やる。
対面したときはどんな苦労の多い一日になるかと気を揉んだが、こうして何事もなく無事に任務を終えられそうだ。
それなのに、もやもやとして気が済まない。
大好きな外を思いっきりはしゃいで楽しみたいのに、羽目を外さないよう慎重に振るまっているのがわかるから。
それに私との距離をもっと縮めたそうにしていた素振りも、見て見ぬふりをして遠ざけてきたから。
あの柴犬だって私を引きずって全速力で駆けたときに一番いい顔をしていたではないか。
だから、姫と犬っころを重ねて見るなとあれほど………。
ごちゃごちゃとした頭を掻いて、えいっと声をかけた。
「姫!お待ちください」
呼び止められ、少し先を歩く姫は不思議そうに振り返る。
私はどんどん姫に近づいていき、ついに目の前まできて足を止めた。
「あらま、こうして近くに並ぶと半子さんって本当にすらっとしてるわね」
目を丸くした姫はそんなことを言ってこちらを見上げている。
率直にデカいと言わないなんて本当に優しい方だ。
「おみ足を怪我されております。歩くのがお辛いのではありませんか?」
そう告げると、姫は少し気まずそうに視線を逸らした。
いつもはこんなに草鞋で歩き回ることが無いからだろう。
痛みからややぎこちなくなっている足取りは、わかるものには隠せない。
姫は明らかに落ち込んだ顔をした。
「今日は上手くやりたかったの。我が儘を言ったり、歩き疲れて困らせたりしないように。でも最後は駄目だったわね」
私は首を振る。
「そんなことありません。もっと我が儘をおっしゃっても良いくらいでしたわ」
その言葉に姫はちらりと私を見上げ、「でも」と口ごもっている。
葛藤しているのだろう、目の前の女にどれくらい素直になって良いのか。
言ってしまえ、と念じる。
あくまで主は姫君。
姫の要望を聞き届けるまでは動くまいと、すぐに甘やかしたくなる自分を制する。
しばらくして姫は私の手を自ら遠慮がちに握った。
「あの、半子さん。こうして帰ってもいい?このほうが歩きやすいの」
何度か私から距離を取ったものだから、覚悟して言い出したのだろう。
その命令ではない問いかけに、私は笑顔で応えた。
「もちろんです」
姫の手を握り返し、ゆっくりと道を歩いていく。
「今日はね、うんと楽しかった。半子さんはどのお店がよかった?」
こんな体たらくでは、帰った後で城主にお叱りを受けるかもしれない。
けれど先ほどより懐いた笑顔を見せる姫に、そのお叱りも罰だって受けたっていいと思った。
*
後日、「また遊んでやってほしい」と例の城主から依頼されるとは、この時は思ってもみなかった。
